上 下
10 / 10

最終話 この先もずっと一緒に

しおりを挟む


 なんで、どうして……
 次々湧き出る疑問は、尽きない。
 それも、当然のことだろう。

 目の前で、ニコニコと笑顔を浮かべて、手を振っているのは……
 異世界にいるはずの、カリィなのだから。

「お前、どうして……」

 足が、震える。声が、震える。
 英治は覚えている……忘れるはずが、ない。

 目の前で、まるで踊るように次々と仲間を殺していった姿を……
 仲間を殺しているというのに、笑みさえ浮かべていた姿を……

「あー、エイジったら、やっと起きたんだね。
 もうっ、心配したんだから」

「……っ」

 それは、誰もが見惚れる笑顔……
 男であれば、こんな笑顔を向けられれば一発で、落ちてしまうだろう。 

 しかし、英治の抱いている感情は、そんな甘ったるいものではない。
 疑問が、恐れが、絶望が、英治をかき乱す。

 カリィがいるのも、もちろんおかしい。が、さらにおかしいのはその姿だ。
 今の彼女は、背も伸び胸も膨らみ……全体的に、大人びている。

 彼女は……初めて会ったとき、多分高校生くらいだったと思う。
 だが、今目の前にいる彼女は、英治と同じ……大学生ほどの容姿になっている。

 そんな混乱の中、カリィは気にもした様子はなく……そっと、英治に近づいて……
 耳元に、唇を寄せる。

「また会えて、嬉しいよエイジ♪
 でも、勝手に居なくなっちゃうなんて、悲しかったよ?」

「!」

 ゾワッ……と、背筋が震える。
 それは、間違いなく……カリィは、あの異世界のカリィと同一人物であることを、決定づけていた。

 他人の空似でも、まして幻想でもない。
 しかも、それだけではない……

「お、まえ……どう、して……」

「なあに? 私がここにいる理由? 私がこの世界に来れた理由?
 それとも……私が、エイジの幼馴染になってる、理由?」

 まるで英治の心を見透かしたかのような、言葉。
 どうしようもなく、震えが……止まらない。

 今、まさにカリィが挙げたこと。
 それらすべてが、英治にとって理解不能なことで、そして最悪だ。

「ふふ、さあ、どうしてでしょう。
 あ、でも……あの王女様には、ちょっとお仕置きしちゃったかな? だって、勝手にエイジを帰しちゃうんだもん」

「っ、お前……!」

 くすくす、と喉を鳴らして笑うカリィの言葉に、英治は一瞬あっけにとられ……次に湧いてくるのは、怒りだ。
 思わず、目の前の女の胸ぐらを、掴み上げたくなる。
 だが……

「しーっ?
 あんまり変なことすると、カナちゃんに不審がられちゃうよ?」

「!」

 指摘するのは、もう一人の……本来、英治にとって一人だけの幼馴染、花奈の存在。
 今は小声で話しているが、もしなにか行動を起こそうものなら、花奈にも気づかれてしまう。

 現に、今だってすでに、なにを話しているのだろうと気になっている様子。

「カナちゃんは、私にとっても大事な……大事な、幼馴染だから。ね?」

 その笑顔は……英治を恐怖に陥れるには、充分だった。
 カリィには、大切な仲間を殺したという、前科がある。

 世界が違う……とはいえ、カリィがなにかの間違いで、花奈を手に掛ける理由だってあるのだ。
 そう……これではまるで……

 花奈を、人質にされたようなものだ。

「ねえ、二人してなに話してるの?」

「んー? なんでもないよ。
 エイジが無事で、よかったなって」

 なんの不信も抱かずに、花奈はカリィと会話をしている。
 長年連れ添った……幼馴染として。

 あぁ、なんたる悪夢だろう……
 花奈の中では……いや、きっとこの世界では。
 カリィは、英治や花奈と共に育ち、年を重ねてきた……幼馴染なのだ。

 どういう手段を用いてか、この世界にやってきた。
 どういう理由があってか、その容姿は英治と同年代へと成長した。

 どういう理屈が通用したのか、彼女は英治と花奈の幼馴染として……ずっと、この世界で生きてきた。
 記憶が、記録が……英治の知っているものと、変わってしまった。

「そういうカナちゃんこそ、エイジとずいぶん仲がいいじゃない?」

「え、そ、そんなことは、ないよー?」

「そんなことあるよー、幼馴染でも差があるって感じ?
 本当……羨ましいよ」

「……!」

 もはや、気を緩めることなどできないのかもしれない……
 カリィの言動すべてが、英治を刺激する。

 かつて仲間にやったように。
 英治を手に入れるために、花奈にまで手を掛けることが……ないとは、言えない。
 今の言葉に、そういう意図がなかったのだとしても……そう、考えてしまう。

 どうして、こうなってしまったのか。
 どこから、なにを間違ってしまったのか。

 勇者として、あの世界に召喚されてから……もう、逃げられないと、決まっていたのだろうか。
 たとえ世界を渡っても、彼女からは……カリィからは、逃げられない。

「英治? どうかした?
 なんか、顔色悪いけど」

「え、そ、そんなことは……」

「まだつらいなら、私が付きっきりで看病してあげよっか?
 エ、イ、ジ♪」

「!」

 ……平和な日常に。勇者になる前のいつもの日常に。
 帰ってきた……はずだった。

 だが日常は、英治の知っているものと姿を変えていた……
 もう、逃げられない……それが、わかってしまった。

 この先、一生……

「これからも、ずぅっと一緒だからね?
 エイジ♪」

 カリィからは……逃れることは、できない。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...