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第1章 復讐者の誕生
転生……そしてその先は
しおりを挟むミーロが……ママ……?
「だ……」
なんだ、そりゃあ。殺されたかと思ったら、赤ん坊で、しかも母親が幼馴染……? 待て、待て待て。なんなのだそれは、意味が分からなさすぎるだろう。だいたい、これは現実なのか?
……体を抱かれ、撫でられている。このぬくもりが、現実でないとは、残念ながら思えない。なら、そもそもなんで赤ん坊の姿に……
「……ぁ」
……そういえば、聞いたことがある。魔法という超常の力が存在するこの世界には、究極の魔術として"転生魔術"なるものが存在すると。自身または他者を転生の贄とし、別の存在として生まれる……要は、生まれ変わりだ。
その際、生前の記憶は引き継がれるものや、まったく別の存在として成るという。聞いただけの話なので、詳細はよくわからないが
過去に、膨大な知識を持った研究者がその知識を他の者に譲渡等することなく、自らのものとしてのみ保持していたいという理由で自身を転生させた……という逸話もあるほどだ。その転生した研究者は、今もどこかで研究を続けていると、よく子供の頃に読み聞かせられたっけ。
……だが現実問題として、そのような魔法の存在は単なる伝説だけのものだ。実際にあったとして、俺はあの時死んだが……魔法なんて、かけられていなかったはずだ。
俺自身が魔法を使えなかったし、仲間の中で魔術の使えるのは四人中彼女一人だけだ。いやそもそもの問題として、この世界で魔法を使える者の存在が限られている。その彼女は、最期俺に一瞥もくれなかった。だから俺に転生魔術を使うなど、ありえない。他の存在も、考えられない。
転生魔術は、ありえない……が、現にこうして俺はここにいる。これが死後の世界、転生だというのなら、生前の記憶も保持したままに。よりによって、幼馴染であるミーロの子供として。
「よしよーし」
赤子を抱き、笑うミーロ。その笑顔は、今までに見たことがないほどに慈愛に溢れたものだった。
俺が俺であること、ミーロの幼馴染ライヤであることを伝えようにも、言葉を話すことのできない口ではなにも伝えられない。伸ばした手も、短すぎてなにも掴めやしない。ただ空をさ迷うのみ。俺は、なにも、できない。
「お、楽しそうな声が聞こえるな」
そこへ、俺でもミーロでもない第三者の声が聞こえる。男のものだ。この状況……無関係の人間の者とは思えない。まさか……この赤ん坊、いや俺の父親? つまりミーロの夫……?
誰だ、いったい。ミーロを妻にして、幸せそうな家庭を築いている。いったい誰が……
ドクンッ
その時だ。心臓が、音でも鳴ったのではないかと思うほどに強く脈打つ。なんだ、これは……いや、知ってる。生前も感じたことのあるもの。
本能的に危険と察知したものや、見たくないものがそこにあるとき……のような、そんな脈打ち。つまり、いい予感のしない時に鳴る警報のようなものだ。それが……
「あら、おかえりなさい」
「あぁ、ただいまミーロ」
……その顔を見た瞬間、あれだけやかましかった心臓が止まったかのように感じられた。心臓をわしづかみにされる、とはこういうことを言うのだろうか。強制的に心臓を、止められたかのよう。
第一声で、どこかで、聞いたことのある声だなと感じていた。聞き覚えのある懐かしく、それでいて憎たらしい、声だと思っていた。
「ただいまー、ヤークー」
妙な猫なで声が腹立たしい。今すぐにその口を塞いでやりたい。
俺を殺した時に浮かべていた冷たい表情はそこにはなく、赤子に向けるデレデレした表情がそこにあった。体が動けば、まず殴りに行っていただろうに。
「あぅぁ……」
なんで、なんでここに……俺を殺した、ガラドがいるんだ……!
「今日は早かったのね?」
「そりゃあ、愛する妻と息子に一秒でも早く会いたかったからな」
「もうっ」
とは、俺を置き去りにして会話する二人のものだ。
……はぁ? と、俺は耳を疑った。ガラドがこの場にいたことで予感していたものが、現実になりつつある。
なんだ、今の会話は、なんなのだ。愛する、妻、息子ぉ? それは、それはつまり……
「ぅっ……」
想像しただけで、吐き気がする。実際に吐きそうなのかはわからないが……とにかく、事実はここにある。もっと早くにわかっていたものが、現実として追いついてきただけだ。
あいつの声がした時点で、親しんだ様子でここに現れた時点で。いや、もっと前に……俺が死ぬ直前、目の前でミーロと口づけを交わしていた時点で。
わかってしまった、わかりたくなかったことが……あいつは、ガラドは、俺を殺したその後にミーロを妻に娶(めと)り、ミーロはあいつとの子を生んだ。そしてよりにもよって、ガラドに殺された俺は、ガラドとミーロの子供に、転生してしまった。
「あ……ぅう、あぁ……!」
なんだ、これは。なんなのだ、これは。どうなっているんだ、これは。
ふざけるな。なぜ俺は仲間に殺されて、好きだった人に想いも告げられず、俺を殺した仇に初恋の相手を取られ、あまつさえその二人の子供として生まれ変わったんだ……!
こんな、こんなことがあっていいのか……!? ふざけるな……!
「うぁああぁあ、ほぎゃあああぁ!」
「あらあら、どうしたのかしら。さっきまでおとなしかったのに……ごめんねー、お父さんの顔怖かったでちゅねー」
「おい」
やめろ、やめてくれ。悔しい、なんでこんなことになっている。
やめろ、やめてくれ。その男をお父さんと呼ばないでくれ。俺を、そんな母性愛で満たそうとしないでくれ。
死んだ方がよかった。こんな思いをするくらいなら……あの時、死んでいた方がよかった。誰がこんな……俺をこんなところに、こんな形で、転生させたんだ……! なんのために!
悔しさは涙となり、しかしそれを止める術はない。手も、思うほど思い通りに動かない。二人に、この涙の理由はわからない。ただの、赤ん坊の癇癪程度にしか思っていないだろう。
「よっしゃ、ほーれ高い高いだ! これ好きだろう?」
「ほぎゃあぁあああ!」
俺を殺した仇の、その手に持ちあげられている。あぁ、いっそのことこのまま突き落としてはくれないか……そんな思いさえ、湧いてくる。湧いてくるが……それとは別に、胸の奥で渦巻く感情があった。
…………ダメだ。なんで、こんな奴に二度も殺されなくてはならない。
「まったく、ヤークには甘々なんだから」
「そりゃあ俺の息子だからな! 親バカで結構!」
そうだ……考え方を変えろ、ライヤ。なんで、こんな姿で、こんな形で転生した? なんで、憎いはずのガラドの子供として生まれてきた?
俺から命も、人生も、ミーロも奪った男に…………思い知らせてやるためでは、ないのか?
「あぅあぅ……!」
「お、泣き止んだぞ!」
そうだ、悪いことばかり考えるな……せっかく与えられた二つ目の命、有効に使わなくちゃ。そうだ、返してもらわないと……お前に奪われた人生を、お前の命を以って。
あのときの屈辱も、この屈辱も、忘れてはならない。
「ホントだ、笑ってるわ。やっぱりお父さんも大好きなのかしら?」
「あっはは、照れるなー!」
「きゃっ、きゃっ」
今は、そうやって笑っておけ。俺がいつか……お前を殺してやる!
どこの誰が、どんな腹積もりで俺を転生させたのか……もしくは、なにかの事故で転生したのか……そんなことは知らないが……そこにどんな思惑があろうと、構わない。
これが俺の……復讐のための、転生だ!
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