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第2章 エルフの森へ
モンスターとの初戦闘
しおりを挟むその夜、非常食を食べ終えた俺たちは、早々に眠りについた。寝袋に入り込み、眠る……先ほどまで魔石で明かりを灯していたが、寝るときには当然消している。あぁ、家の布団が恋しい……
が、実はちょっと懐かしい。転生前の冒険していた夜も、こうして寝袋に入って眠っていた。だからこれが初めてではないし、アンジーが心配するほどでもない。当然アンジーはそのことを知らないから、心配するのは当然ではあるが。
俺とアンジーと隣り合って眠る。考えてみれば、アンジーがこうして隣にいるのは妙な感じだ。アンジーはメイドとして雇ってはいるが、1日中というわけではない。夜には、彼女は自宅へと戻る。
だから、アンジーがこうして夜に、1日中一緒にいるというのは初めてだな。アンジーのような綺麗な女性とこうして隣で眠ることに緊張する。かと思ったが、俺の体は俺が思っていた以上に疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
意識は、いつの間にか消えて……
「……ク様……ヤーク様」
「はっ!」
体を揺らされ、名前を呼ばれ、意識は覚醒する。目を開けると、その先に広がるのは雲ひとつない青い空……なんて晴れ晴れした天気だろう。
目を開けてそこに広がるのは天井……ではなく青空なんて、転生してからまず初めての経験だ。いつも当然のように部屋の中だったし。
「アンジー……おふぁよぅ」
「おはようございます。でもあくびしながらはだらしないですよ」
ううむ、外ではあったが意外とすんなり眠れたな。寝苦しいとかそんなことはなく、途中で起きることもなかった。よほど疲れていたのか。
疲れは、ちゃんと取っておかないとな。もしもいざというとき疲労で動けなくなったりしたら、アンジーに抱えられることになりかねない。それは恥ずかしいというより、情けないので遠慮したい。
「ふぁあ……アンジー、早いのね……」
「いつもの日々と変わりませんよ。夜中、モンスター等の気配はありませんでした。幸運なことです」
アンジーはいつものことだと、軽く笑みながら寝袋を片づけている。いかんいかん、こんなことまでアンジーの世話になりっぱなしでは。
もっと俺も、アンジーに頼られるような……
「朝食の用意ができています。といっても、昨夜と同じものですが」
「……ありがとう」
ホント、至れり尽くせりだな。
軽い朝食を終え、出発の準備を整える。転生前に冒険をしていたときの記憶はあるが、知識だけだ。この体と、アンジーと2人のみ……もっと頑張らねばな。
日々鍛えているため思いのほか体力はついているはずだが、それと旅の疲労とはまた種類が違うからな。俺は体力があるからと慢心しないようにしなければ。
「そういえば……大事なことを聞き忘れてた」
「なんでしょう」
「エルフの森……ルオールの森林って、どれくらいの距離があるのかなって」
「距離、ですか……正確なところはなんとも言えませんが、普通に歩いて1週間とちょっと、といったところですね」
歩きながら、気になっていつつ聞いていなかったことを確認。国からルオールの森林までの距離が、どれほどあるのかというものだ。
アンジーの答えは、普通に歩いて1週間とちょっと、だ。それは、歩く人のスピードによって変わるから正確なところは言えない、という意味か。天候にも左右されるという意味も含まれているだろうか。
……もしかして、アンジーは俺に気遣って……
「なら、せめて一週間。できればそれより早く着きたい。アンジーも、気にしなくてもいいから」
「ヤーク様、私はそういうつもりは……」
「わかってるよ」
歩くスピードで到着時間が左右されるというのなら、アンジーは俺の歩幅に合わせているから普通にアンジーが歩くよりも、時間が掛かっているってことだ。鍛えていても転生前の記憶があっても、歩幅はどうしようもない。8歳の一歩が大人の一歩に追いつけるはずもない。
ならば、俺が早く進むしかない。アンジーは俺を気にしてくれているのだろうが、気にする必要はない。それに俺は、着いていくだけだ。
「しかし……」
「お願い。足手まといになりたくないから」
自分で行くと言っておいて、足手まといになるなんて。そんなことあっていいはずがない。
……転生前の俺は、魔王討伐という、世界の命運がかかった旅でもその気になれないでいた。それは、俺は他のメンバー4人に比べて劣っていると自覚があったし、俺が頑張らなくても4人がなんとかしてくれるという甘えがあったからだ。なにより、俺がこの旅をしているのは『国宝』に選ばれたから……自分の意思で選んだわけでは、ないからだ。
けれど、今回は違う。救いたい人がいるから。あの子の笑顔をもう一度見たいから。俺が、やらなければいけない気がするから……
「! ヤーク様!」
アンジーが、警戒を含んだ声を上げる。それに合わせて足を止めると、正面を見据える。そこにいたのは……モンスターだ。
あれは……ゴブリンか。ゴブリンの中では小柄な方、人間の子供くらいのサイズ……ちょうど、今の俺と同じくらいの身長だ。黒ずんだ緑色の肌に、身に付けているのは腰に巻いている布切れ1枚のみ。ゴブリンという種族はモンスターの中でも気性が荒く、あの布切れはもしかして人里を襲い奪ったものかもしれない。
手に握るのは太い丸太……いやこん棒か。赤く鋭く光る目で、こちらを見ている。
「ヤーク様、下がって……」
「いや、アンジー……俺にやらせて」
アンジーは、予想通り俺を下げようとする。だが、そうはいかない。アンジーに頼り切らないと、決めたばかりだ。なんでもかんでも任せていては、本当に俺は着いてきただけだ。
モンスターとの初対戦……しかしゴブリンは、気性こそ荒いがモンスターの中では比較的討伐しやすいとされている。今の俺がどこまでやれるのか……ゴブリンなんかに手こずるようなら、あの男を殺すなんて夢のまた夢だ。
「し、しかし、危険です!」
「もし、アンジーの身になにかあったとき……俺がひとりになったとき……そんなときにモンスターに襲われたら、なんにもできなくなって終わっちゃうかもしれない。だから、経験を積んでおきたいんだ」
「あ……」
もちろん、これも理由のひとつ。アンジーに任せっきりでは、もしものときひとりでなにもできなくなってしまう。そんなのは、勘弁だ。アンジーが見てくれていれば、危なくなっても彼女なら瞬時に助けてくれる。どのレベルのモンスターと相対すればどのような対処をすればいいか、判断がつく。
時間のことも含めるなら、俺よりもアンジーに任せた方が手っ取り早いのは確かだ。でも、それでも……
「俺だって、やってやる……!」
時間と、経験と、決意と……それらが複雑に絡んでいくのを感じながら、木刀を抜き構えた。
「ギェエエエエ!」
「!」
まるで俺が構えるのを待っていたかのように、ゴブリンが向かってくる。こん棒を構え、獣のような鋭い牙から涎を垂らして、向かってくる。
呼吸を整えろ、先生との稽古を思い出せ。相手は人間ではないが、見た目だけで言えば人間近いものがあるし、手に持っているこん棒は剣にも見立てられる。あれは、ちょっと見た目が悪いだけの人間の剣士。同い年くらいの子供剣士。なんか奇声を発しているが、まあ人間興奮するとあんな声は出るし。
人間相手の稽古なら、もう幾度繰り返してきた。もちろん先生は手加減していたが、それでもこんな、がむしゃらに向かってくるだけのゴブリンとはレベルが違う。
「ウェエエエ!」
「遅い!」
俺の目の前まで迫ってからの、大振りのこん棒振り下ろし。動きを読めれば、避けるのは訳はない。ただ横に飛べばいい。
人間に似ていても、知性は獣のそれだ。これならば……
ベコッ……
「え……」
こん棒が振り落とされ、それが直撃した地面は陥没し、ひびが入っていた。もしもあれが直撃したらと思うと……ゾッとする。
今までゴブリンを目撃しても、俺がなにかする前に仲間たちが即座に倒していたから知らなかったけど……ゴブリンって、子供サイズでこんな威力があるの!?
やっぱ訂正、こいつは人間とは全然違う……
「エァアア!」
「うそぉ!」
ゴブリンから距離を取る……が、充分な距離を取る前にゴブリンが動いた。近くの岩を、振り抜いたこん棒をぶつけ粉々に砕いたのだ……その粉々になった岩の破片が、無数に俺に向かって飛んでくる。
それは投げた石ころが向かってくるようなもの……しかしそれは無数の数で、それもかなりの勢いで飛んでくる。
「くっ……!」
接近戦しかできなさそうなのに、こんな方法があるなんて……いや、考えている暇はない。とにかく、石の弾丸を避けないと……
背を向けるのは危険。なので、急所に当たりそうなものだけを剣で弾くことに集中し、範囲外へと走る。
「っつ……!」
「ヤーク様!」
「だい、じょうぶ!」
いくつかの石が、腕や足をかすめていく。顔に当たりそうなものはなんとか弾けたが、それでも無数の擦り傷を浴びせられる。
幸運なことに、弾丸が飛ぶのは一方向。曲がるわけではないし、その軌道上から逃れれば……
「キシャシャシャ!」
「え……!」
逃れた先に、回り込むようにして……いや、まるで俺がそこに逃げることを予期していたかのように、回り込んでいた影があった。それは岩の弾丸を放ったはずのゴブリンだった。
こいつ、俺がこの方向に逃げることを予期して……まさか、誘い込まれたのか? モンスターってのは、知識のない獣のはず……まるでこれじゃあ……
「ギジャアアアア!」
すでに振りかぶっていたこん棒……それが、俺の頭目掛けて、振り落とされる……
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