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第5章 貴族と平民のお見合い
においの先へ
しおりを挟む「ヤネッサ、ミライヤの居場所は、わからないか?」
とにかく、ここで立ち往生していても拉致が明かない。ミライヤがなんの目的で居なくなった……いや攫われたのか、それを考えるのは二の次だ。
まずは、ミライヤは今どこにいるのか、それを突き止めないと。
「え、それはさすがに……」
「任せて! ねぇ、ミライヤちゃんが常に身につけてるようなもの、ないかな」
ミライヤの捜索には、ヤネッサ頼りになる。ノアリはさすがに難しいのでは、といった様子だが、対してヤネッサはやる気満々だ。
リィは、一度部屋の中に戻り……少しして、戻ってくる。その手に、ハンカチが握られていた。
「これ、ミーちゃんがよく持ってるハンカチだよ。でも、これでどうするの?」
「こうするの。くんくん……」
リィからハンカチを受け取り、ヤネッサはそれを鼻に当てにおいを嗅ぐ。突然の行為に、ノアリとリィはただ困惑している。
だが、俺とアンジーは黙って見つめる。それが、ミライヤを見つけるのに必要なことだと知っているから。
「ね、ねぇ、これ……」
「あぁ、ヤネッサはすごく鼻がいいんだ。だから、ミライヤの持ってた物からにおいを嗅いで、ミライヤのにおいを辿る作戦だ」
「いや、犬じゃないんだから……」
どうにも、ノアリは半信半疑だ。まあそりゃそうだろうな。
しかし、ヤネッサの鼻がいいのは、『呪病』の件で旅をした際、わかっている。アンジーもなにも言わないし、わかっているのだろう。
それから、少しして……
「よし、わかったよ!」
と、ヤネッサが自信満々にうなずく。すんすんと鼻を動かし、この場から移動していく。俺たちも、それに従って着いていく。
ヤネッサの足取りに迷いはない。女子寮の外へ……すでに暗くなり始めている。闇が深まれば目は使えなくなるが、鼻は関係ない。俺たちは、ヤネッサに着いていけばいい。
「こっちからミライヤちゃんのにおいがする。あと、ミライヤちゃんじゃない誰かのにおいも」
「……そうか」
ミライヤ以外のにおい……リィでもないのだろう。リィならば、先ほど言及していたはずだ。そのにおいの主が、ミライヤを……?
学園の敷地内を、出る。歩く……思いの外と言うべきか、向かう先は、人通りの少なくない場所。多いとは言わないが、いないわけでもない。人を攫うなら、人通りのない場所をと思っていたが。
足取りは、まっすぐ……しかし、ここで想定外のことが起こった。雨だ。ポツポツと……しかし、1分としないうちに本降りになった。まさか、こんなにもいきなり降ってくるとは。
体が濡れる、よりも心配なことがある。においだ。雨によって、においがかき消えてしまわないかというもの。その心配を察したのか……
「大丈夫、こんなことじゃ見失わないよ!」
振り向き、ヤネッサはそう言ってくれた。なんとも心強いものだ。
雨のせいだろう、人は少なくなっていく。その中でも、傘もささずに多人数で移動している俺たちは、目立っているだろう。
と、そんな時だ。見知った顔を、見つけた。
「……ノラム?」
「! ら、ライオス、様?」
雨を避けるように、屋根のある場所へと駆けていく人々。そこに……ここ最近で、よく見るようになった顔を見つけた。ビライス・ノラム……ミライヤにお見合いを申し込んだ男で、すでにデートもした仲だ。
彼が、なぜここにいるのか。学園は今日休日だ、町中にいても不思議ではない。買い物をしていたのか、単に散歩をしていたのか……暗くなってきたし、寮に帰ろうとしていたところへ、雨に降られて、といったところか。
彼も俺たちを見つけ、不思議そうに目を丸くしている。俺とノアリ、リィがここにいても同じように不思議ではないだろうが、見たこともないエルフが2人いるのだ、困惑していることだろう。
「ど、どうされたんですか? こっちは学園とは逆方向ですよ?」
「実は……」
この際だ、協力者は多い方がいい。なにより、ノラムもミライヤのことを心配していた。
あまり長く説明している時間はない。なので、端的に……
「ミライヤの居場所が、わかった」
「!」
「今、このヤネッサの案内で向かってるところだ」
「どもども~。……?」
ミライヤの居場所、と聞きノラムは目を見開く。当然だろう、これまで手がかりすらもなかったのに、いきなり居場所がわかったなどと。
ヤネッサははいはいと手を上げて、自分がヤネッサですと言わんばかりのアピール。しかし、ノラムを見てからなぜだか、首を傾げている。どうしたのか。
もしかして……いやノラムは、まあイケメンの部類には入ると思う。そうか、そういうことなのか? けどノラムにはミライヤが……
「自分も、行っていいですか?」
「お? おうもちろん」
危ない危ない、変な妄想に囚われるところだった。集中しなければ。
ノラムも、騎士学園に通う生徒だ。授業で打ち合いの姿を見た時も、動きはなかなか様になっていた。実力は、あるはずだ。
ミライヤが攫われた可能性が高い以上、この先になにがあるかわからない。戦力があるに越したことはない。
「じゃあ、行こう」
ミライヤのにおいを辿った先に、ミライヤの部屋にあったにおいの主もいるのかわからない。本当にそいつがミライヤを攫ったのかもわからないが、ミライヤとリィ以外のにおいがしている段階で、怪しいのは確実だ。
2人の部屋は、平民の部屋だ。こう言ってはなんだが、貴族が好き好んで訪れるとは思えない。実際、リィは誰も来たことがないと言っていた、せいぜい教師。
教師といっても、入り口で少し話をする程度。誰も入れたことのない部屋に、謎の人物のにおいがあった……そう考えれば、やはり怪しすぎるな。
「! あの建物から、においがする」
しばらく歩き、ふとヤネッサが足を止める。それに従い俺たちも足を止める。場所は、いつしか人気のない広々とした景色になっていた。
木々の間を潜って歩き、視界が開けた先にあったのは、ひとつの家……一軒家、にしては少し広い。だがそれよりも、全体的にボロい。辺りが暗くなっていても、建物の様子はよくわかる。
草陰に、隠れる。人気はない。あそこに、ミライヤがいる。やはり、ミライヤがひとりでこんな所に来るなんて思えない……何者かに、連れ去られたんだ。
ヤネッサの話だと、ミライヤの部屋にあった。においはひとりのもの。だが、連れ去ったのがひとりであって単独犯とは限らない。何人、あの建物の中にいるのかわからない。
とはいえ、ここには俺を含め、ノアリ、アンジー、ヤネッサ、リィ、そしてノラムがいる。リィの実力はわからないが、騎士学園に入学できた時点で相応の実力はあるはずだ。
「行こう」
このメンバーでなにがあるとも思えない。が、油断してはならない。未知の場所に足を踏み入れるときは、いつだって慎重に。
誰もいないのを今一度確認し……俺たちは、建物に向かって歩き始める。
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