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第5章 貴族と平民のお見合い
真犯人は
しおりを挟む戦いが終わり、ミライヤを無事救出。ノアリが調べたところ、外傷はないとのこと。少し記憶が混濁しているようだが、それも一時的なものだと思う。
ひとまず、部屋を出る。結局あの刺激臭の正体はわからなかったが、また追々調べればいい話だ。部屋に居続けては、俺たちはともかくヤネッサがヤバそうだ。
ガルドロとギライ・ロロリアは、とりあえず俺とノラムで運び出すことに。出口はひとつしかないから逃げられる心配もないし、一旦放置して後々取りに来ても良かったのだが、さすがにこのまま放置していたら失血死してしまいかねないから、仕方なく。
来た道を、戻る。地下から出て、それだけでも空気が新鮮だと感じた。ヤネッサなんか露骨に嬉しそうだ。
「ヤーク様、みなさん」
「ミーちゃん!」
建物の扉から外へ出ると、待機していたアンジーとリィが向かえてくれる。見張りにと残ってくれた2人だが、結果的には誰も来なかったらしい。
雨は、相変わらずひどかった。
「ミーちゃん、ミーちゃん!」
「大丈夫、気を失っているだけよ」
ミライヤは、一度意識を取り戻した後、また眠ってしまった。心配しないよう、ノアリが優しく話しかけている。
アンジーによる治癒魔法で、ガルドロとギライ・ロロリアの傷を塞ぐ。塞ぐだけだ、あくまで血を流し過ぎてしまわないために。
その後、俺たちは寮へと戻った。アンジーとヤネッサは最後まで一緒に見届けたかったようだが、さすがに学園の敷地内には入れない。学園に戻れば、もう狙われる心配もないだろう。
「2人とも、ありがとう。ミライヤを助け出せたのは、2人のおかげだよ」
「ありがとうございます!」
「よしてください、私はなにもしていませんので」
「なので、わたしをもっと褒めるといいよ!」
ここに戻ってくるまでの間に、ヤネッサはすっかり気分を取り戻した。あの部屋を出た直後は、気持ち悪そうにしていて、あのヤネッサが静かだったもんな。
普段なら、調子に乗るなと言うところだが……今回の件に関しては、ヤネッサがいなければそもそもなにも解決しなかった。ミライヤがいないことの認識をずらされていること、ミライヤが捕らえられている場所の追跡……『呪病』事件の時には、道中鼻の良さを役立ててもらうことはなかったが、今回はホントに、ヤネッサのおかげだ。
「そうだな、サンキューヤネッサ」
「!」
なので、俺はヤネッサの頭に手を置く。こんなもんでお礼になるとは思っていないが、今出来るのが頭を撫でることくらいだ。
昔は、見上げる高さにあったヤネッサの顔が……今は、俺の方が少しだけ高い。なんだか、不思議な気分だ。
ヤネッサは、頭を撫でられ驚いた様子だったが、それも最初だけ。
「えへへ……」
嬉しそうに、表情を緩めてくれた。
「ところで、ヤネッサはしばらくこっちにいるのか?」
「うん、そのつもり。本当はヤークのお母さんに、数日泊めてもらおうと思ったんだけど、それを頼む前に出てきたから……」
「なら、私の家に来たらどう? 私もいない時間はあるけど、寝床には困らないわよ」
「え、いいのアンジーお姉ちゃん!」
ヤネッサははるばるここまで来たが、まさか日帰りをする予定はなかったのだろう。
アンジーとの間で話がまとまりそうだ。アンジーも寝泊まりには自分の家に戻るが、それ以外の時間は実家にメイドに行っていることが多い。ヤネッサもそれに着いていけば、退屈しないだろう。
というか……母上に頼もうとしていた、か。もしかして……というか、ヤネッサは今俺があの家にいないこと知らないんだな。そりゃそうか、俺が騎士学園に通っていることも、その寮で生活していることも、ヤネッサが知るよしはない。
俺の居ないあの家で寝泊まりするよりは、姉と慕うアンジーの家の方がいいだろう。そういえば、これだけ長く一緒にいるのに、アンジーの家に行ったことないや。
「ヤーク、私たちはミライヤを部屋に運ぶわ。先生に報告もしないといけないし」
「おう、頼んだ」
「皆さん、今日は本当に、ありがとうございました!」
ノアリとリィは、一足先に女子寮へと戻る。本当なら俺も最後まで見送りたいところだが、さすがにさっき無理やり押し入っただけに入りにくい。ここはノアリたちに任せよう。
……あぁ、これがアンジーとヤネッサが感じている気持ちなのだろうか。
最後にリィが、ミライヤの分と言わんばかりに深くお辞儀をしていたのが、印象的だった。
「それで、そちらのお二方はどうします? なんでしたら、私から旦那様に届けますか」
「そうだな……」
お二方……とは、俺が抱えているガルドロと、ノラムが抱えているギライ・ロロリアだ。
今回、この2人は貴族にあるまじき行為をした。理由ははっきりしないものの、おそらく個人の腹いせでミライヤを……いや、騎士学園に通う生徒のひとりを誘拐し、監禁した。しかも、彼女がいなくなったことが公にならないよう、魔石まで使ったのだ。
本人たちの様子がおかしかったとはいえ、罪は免れない。個々の問題ではなく、家の問題にまで発展するだろう。
しかるべきところで裁いてもらうのが、一番だ。問題は、相手が平民であるため、今回の一件が握り潰されてしまわないかというところだが……
ガラド……父上を経由すれば、そのようなことも起こらないだろう。ならば、ここはアンジーに任せるべきか……
「横から失礼。この2人は、学園側に引き渡した方がいいかと思います」
と、そこで待ったをかけたのは、ノラムだった。彼は、意識のない人間ひとり抱えているというのに、息も乱していない。さすがだ。
それよりも、学園側に引き渡す、とはなにか考えがあるのだろうか。
「今回の一件は、許されざるものです。だからこそ、事の重大さをはっきりと明らかにする必要があります」
「それは、確かに」
「ガラド様に預ければ、いずれ事態は解決するでしょう。しかし、今回の件は学園の生徒が襲われるというもの……事件の解決を一生徒が導くまで学園が気づかず、その上後始末を押し付ける形になれば、学園の面子に関わるでしょう」
「ふむ」
学園の、面子か……俺としては、事件の全貌が明らかになればいいのだが、やはりそればかりではダメなのだろう。
ノラムの言うように、今回の件は学園側はなにも気づかなかった。気づいた上で放置していたなら問題だが、そうするメリットはない。
それを解決したのが、学園に通う生徒である俺、ノアリ、ノラム、リィ。アンジーとヤネッサももちろんだが、それは今は置いておこう。そう、事件解決の中に『勇者』ガラドの息子がいるのだ。俺だ。
その上で、事件の全貌解明に今度は『勇者』本人の力を借りたとなれば、それは学園の面子に関わると言われても、まあわかる。
「まあ、俺としては真犯人がわかればそれでいいんだ。誰に渡すのは問題じゃない」
「真犯人、ですか?」
「あぁ」
この事件は、ガルドロとギライ・ロロリアによるもの、それは間違いない。だが、それだけではない。この事件の裏には、糸を引いている人物がいる。
というのも、ガルドロとギライ・ロロリアが正気でなかったから……という理由ではない。正気でなかったのは、単に変な薬でもやってたのではないかというもので片づけられる。
引っかかったのは、ここに戻ってくるまでに聞いたヤネッサの言葉だ。
ヤネッサが言うには、ミライヤを誘拐し、部屋に魔石を置いた人物は、ガルドロでもギライ・ロロリアでもない。第三の人物。なぜそれがわかるかといえば、においだ。
「だよな、ヤネッサ」
「うん。今は雨と刺激臭のせいでまったくわからないんだけどね」
ヤネッサは恐るべき嗅覚を持っている。それにより、部屋を訪れた人物のにおい、さらわれたミライヤの現在地まで暴いた。だが、ヤネッサには他に、嗅いだにおいの場所でなにが起こったか、過去を見ることが出来るのだとか。
過去を見る能力、それは『呪病』事件の時にも聞いていたが、発揮されなかった。それは今回、発揮されたのだが……
「その第三者は、お面付けてて顔がわからなかったんだ。おまけに全身をすっぽりフードで覆っててさ」
「真犯人のにおい……しかし、今鼻が利かないのであれば、この2人のどちらかという可能性もあるのでは? 顔が見えなかったのならなおさら」
ノラムも、ヤネッサの能力に疑いは持ってないようだ。過去云々はともかく、においを追ってミライヤを見つけたのは事実なのだから。
そのノラムの言い分も、もっともだ。第三者は顔を隠していた。雨と刺激臭のせいで鼻が利かないのなら、そもそもあの部屋に入った時点でガルドロ及びギライ・ロロリアのにおいは嗅げなかったということだ。
ならば、その2人のどちらかが顔を隠し、ミライヤの部屋に侵入した……それも考えられる。いや、それが有力な線だろう。第三者の影なんて、まったくないのだから。
もっとも、その疑問については後日、ヤネッサの鼻が機能するようになれば、改めてガルドロとギライ・ロロリアのにおいを嗅いでもらう……それで解決する。部屋に侵入した人物のにおいと一致すればよし、しなければ第三者がいることになる。
「……ん?」
……あれ、そう考えたら、やっぱりこいつらは学園に預けた方がいいのか? 父上に渡せば、その時点で2人はしかるべき機関に渡され、会うのが困難になる。
が、学園ならば……ノラムの面子の話を考えるなら、2人の処分はあくまで学園内で済ませるはず。変なところに渡されたりはしないだろう。学園に、一般人が入るには許可がいるが……許可さえあれば、いつでも会える場所だ。
2人が……そこまでの覚悟があるかわからないが、死ぬまで口を割らない可能性もある。それでも、ヤネッサの鼻ならば正確だ。あっさり口を割るとも限らないし、それよりはヤネッサの鼻が回復するのを待った方が早いように思う。
「あの2人の可能性はないと思うんだよねぇ」
と、ヤネッサが先ほどの質問に答えていた。
「……なぜ?」
「うーん、なんていうか、勘?」
違うと言うヤネッサは、腕を組み首を傾げながら、あくまでも勘だと話す。それは、予想していたものとは違った答えだっただろう……今のノラムの、呆然とした顔がそうだ。
だが、ヤネッサが勘だと言うのなら。
「俺は、ヤネッサを信じるよ」
俺に、迷いはない。勘という曖昧なものでも、ヤネッサがそうだと言うなら、そうなのだ。
それを聞いて、ヤネッサが目を輝かせている。なんか恥ずかしい。
「……そう、ですか」
「納得しにくいとは思うけど、な。……じゃ、こいつらを学園に引き渡しに行くか」
今日は、いろんなことがあった。久しぶりにヤネッサと再会できたと思ったら、ミライヤを救出に向かうことに。本当に、ヤネッサが来てくれて良かった。
今日は、疲れているだろう。込み入った話はまた、時間のある時にしよう。それから俺たちは、一言二言を交わして、別れた。
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