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第5章 貴族と平民のお見合い
最悪
しおりを挟む「あぁああああ!」
ヤネッサの右腕が、舞う……その光景を目にしたノアリは、牙を剥く獣のごとく声を上げ、走る。今度こそミライヤに剣を向けようとするビライスを、斬るため。
が、力任せの横薙ぎの一閃は簡単に避けられ、ビライスは距離を取る。
「あっははは」
「ヤネッサ、ヤネッサしっかり!」
「はぁ……ふぅ……」
右腕を切断されたヤネッサの顔色は、みるみる悪くなっていく。傷口からの出血も、ひどい。俺はヤネッサを守るように移動し、ノアリは怯むことなく、ヤネッサの右腕を拾った。
そうだ、切断されたからって焦ることはない。さっき、見たばかりではないか。
「ほら、早く。斬られたばっかりなら、ミライヤにやったみたいにくっつけられるんでしょ?」
「はぁ、うん……ぁ、あふ……」
俺に、腕を切断された経験はない。殺された経験はあったが、あれは明確な『死』の前に恐れが、そして憎しみが痛みを上回り、痛みはあまり感じなかった。
腕を斬られた程度で、死にはしないだろう。だからといって、放置していい問題ではない。少なくとも、気を抜けば気絶してしまうほどの激痛だろう。
しかし、気絶はしない。それは腕を斬られた痛みだけでは足りないのか、ヤネッサが強いからか。どのみち、気絶したら治癒魔法を使えない。だから、意識があるうちに、早く……
「くくく……」
「なにが、おかしい」
いやらしい笑みを浮かべ、ヤネッサの状態を楽しげに見ている……ビライス! こいつ、いったいどれだけ手を汚せば気が済むのか。
……いや待て。そもそもなんでこいつは、こんなことをしている? 平民が暮らしている家、そこに押し入り、そこに住む人々を殺し、ミライヤの足を切断した。しかし、ミライヤは殺さなかった……足を切断する時間があるなら、殺せたはずだ。
……まるで、ミライヤの足を治癒する誰かが現れるのを、待っていたように。さっき、「こんなにも早く見つかってしまうとは」と言っていたが、それの意味するところはまさか。
それに、今もそうだが……治癒の様子を、まじまじ見ている。その間、襲い掛かってくることはしない。たとえ襲ってきても俺が壁となるが、それでは意味がないと言わんばかり。
……治癒魔法を見ることに、意味がある、のか?
「どうして!」
「!」
そこまで考えたところで、ノアリの切羽詰まった声に、弾かれるように振り向いた。その間、ビライスが隙を狙ってくる可能性も考えないわけではなかったが……どうしてか、大丈夫だと、思ったのだ。
そして見た、ヤネッサの右腕は……くっついて、いなかった。
「なんで! さっきは、両足がくっついたのよ! なのに……」
「もしかして、魔力が……」
「ふふふ……くふ、はははは!」
ヤネッサの右腕が、くっつかない……その状況に動揺するのは、俺とノアリだけ。だが気がかりなのが、耳障りに笑うビライスと、張本人のヤネッサが「やはり」といった表情をしていることだ。
張本人のヤネッサはともかく、なぜビライスまでそんな表情を……?
「やっぱり、魔法ではそれが限界か……他者の傷を癒すことは出来ても、自分の傷は癒せない!」
「なに、言ってる? 他の人間は治せるのに、自分は治せないっていうのか? そんなの……」
「ちが、うよ……」
他者を治せるが、自分は治せない。もしそれが、魔法というもののリスクだとしたら、それはなんとお粗末なのだろう。それでは、意味がないとまではいかないが、あまりにも……
だが、ヤネッサはそれを違うという。
「魔法、は……自分の、ま、りょくに……干渉、する。だから、しゅう、ちゅう、できないと……つかえ、う、げほ!」
「ヤネッサ、いい、喋るな! ノアリ!」
「わかってるわ!」
腕からだけでなく、口からも血が流れている。腕が斬られて内臓まで傷つくことはないだろうが、危険な状態だ。魔法での治癒が無理なら……俺は、即座に服の腕部分を斬り、それをノアリに渡す。ノアリは、それを応急処置として傷口に巻いていく。
綺麗な布でもあればよかったんだが、この状況で贅沢は言えない。今は、血を止めることが最適だ。
「これで、2人退場したでしょう? 腕を失ったエルフは戦闘不能。そして彼女を放置しては戦えまい……つまりひとり、彼女の側にいる必要がある、戦線離脱というやつかな? いやはや、直接エルフの彼女を狙えば防がれたでしょうが……横の女を狙っただけで、こうも簡単にいくとは」
「あんた……!」
ヤネッサを狙えば、目が使えなくてもきっとヤネッサならそれを防ぐ。だから、無防備なミライヤを狙った……ミライヤへ危害が及ばないよう、ヤネッサは文字通り体を張って阻止した。
腕を失えば、ヤネッサは戦えない。腕がくっつかなかったのも、やっぱりと言っていたからどうやらわかっていたようだ。ヤネッサを放って戦うことは出来ない、俺かノアリがヤネッサの側にいることになる。これも、計算か。
ミライヤのことも、すでに『女』と冷たい目を向けている。こいつにとって、ミライヤは……
「だい、じょうぶ……私なら、へいき、だから……」
「いいから、動かないで!」
「そうだ、じっとしててくれ。ノアリ、任せた」
頭に血を登らせるな、俺。落ち着け。
構え直す中で、俺は先ほどの言葉を思い出していた。途切れ途切れではあったが、魔法を使うには自分の魔力に干渉する……そう言ったのだ。そう言えば、以前アンジーも同じことを言っていた気がする。
自分の魔力に干渉とは、つまり魔力を感じ取るため集中すること。火を出すにも空を飛ぶにも傷を治すにも、集中力がなければいけない。
……だが、今のヤネッサは、自分の魔力に干渉できていない。腕を斬り落とされるほどの激痛が、ヤネッサから集中力を奪っている。つまり、そういうことか。
纏めると、痛みにより魔力に集中できないから、魔法を使えない。それも、治癒魔法……斬られた腕をくっつけるとなれば余程の集中力が必要だろう。
ビライスは、それを知って……いや、確認するために、ミライヤとヤネッサを襲った? 他者の傷と自分の傷、欠損した部位を治せるのかどうかを確かめるために。
「なら、お前の目的はなんなんだ!」
もしも、確認のための行為だとして、その目的がわからない。ミライヤは治ったが、ヤネッサは……それに、実際に殺された人もいる。冗談では済まされない。
もっとも、俺がそれを聞いたところで、素直に答えてくれるかは疑問だが。
「目的、目的ですか……そんなの、決まっているでしょう。魔導書を手にするためですよ」
「……あぁ?」
「でなければ、誰がこんな小汚い家に来るというのですか」
意外にも、素直に答えた。だが、魔導書……? なにを言っているんだ、こいつは。書というからには本だろう。そんなものを手に入れるために、こんな事態を起こしたっていうのか? 第一、魔導書とやらと、今の切断行為が繋がらない。
しかも、ここは明らかに他所の家……つまり、その魔導書とやらを強奪するために、家主を殺したってことか……!
……待てよ、魔導書? どこかで、聞いた覚えがある……? ……そうだ、それに、なんでこの場にミライヤが、いるんだ……?
「……まさか」
そこで、思い出した……頭の中で、なにかがかちりとハマる。この家は……あの男女、いや夫婦は、まさか……!
「ん……」
「ミライヤ!?」
小さくか細い声、しかしそれをノアリは聞き逃さない。意識を取り戻したミライヤが、目を開く。
……よりにもよって、このタイミングで……
「あ、れ、ノアリ様……? 私、ノラム様と……ん、ヤネッサ様? ヤーク様も……なんで、ノラム様と、剣を向け合って……?」
起きたばかりのミライヤに、この状況は訳がわかるまい。いるはずのない俺たち、なぜか抜かれた剣、なにより……
「え……え、なに、これ……え、え?」
体の傷は治っても、服に付いた血までは消えない。それに、室内を埋め尽くす血のにおい……側にいるヤネッサの様子がおかしいのも、気づいたはずだ。
寝起きにぼんやりしていたミライヤに、目は、驚愕に……いや、恐怖に染まっていく。室内を見渡し、状況を確認するように……そして……
見て、しまった。
「や……おとう、さん……? お母さ、ん……?」
そして、震える声で、それを口にした。
俺の頭に浮かんだ、最悪の言葉を……
そうだ、あの夫婦は、ミライヤの両親だ。
「いやぁああああああああぁあああ!!!」
そしてここは、ミライヤの実家だ。
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