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第5章 貴族と平民のお見合い
幕間 女子会
しおりを挟む……これは、『魔導書』を巡る事件が一応の終わりを見せ、各々の心境に様々な変化が訪れた、そんな時の物語。
「イェーイ! ここに第一回、女子会を開くことを宣言しまーす! はい拍手ー!」
「……イェーイ」
「い、いぇーい?」
ここはとあるお店の、テラス席。この場に集うは、3人の少女たち。彼女らの前には、美味しそうなスイーツが並べられている。
ふわふわのクリームケーキ。バニラとチョコがミックスしたパフェ。ぷるんぷるんのプリン……三者三様、それぞれお好みのスイーツを頼んだ3人、そのうちひとりが、高らかに宣言した。
残る2人は、戸惑いながら拍手している。
「……って、いきなり呼び出されたと思ったらなに!?」
拍手をやめ、その内のひとり……ノアリが、困惑を口にする。それに同意するようにうなずくもうひとりの少女は、ミライヤ。
そして、その2人の視線を受けるのが……
「女子会だよ、じょ、し、か、い」
ウインクをする、ヤネッサであった。
ヤネッサは今日、ノアリとミライヤを呼んだ。そして、食事でもしようと誘ったのが、このスイーツ店。食事というかデザート食べに来ただけだが。
そして、いきなり先ほどの宣言である。
「いや、女子会って……そんな、言われても」
「……ひどいやノアリちゃん! 私はエルフだし、見た目はノアリちゃんやミライヤちゃんとあんまり変わらなくても、中身はおばあちゃんなんだから女子じゃないって言うんだね!?」
「言ってないし思ってもないけど!?」
エルフ族であるヤネッサは、見た目通りの年齢をしているとは限らない。現に、ノアリは10年前に彼女と会っているが、ヤネッサの姿は全く変わらない。まああまり覚えていないが。
外見よりも中身は歳を取っている。だから、文字通り女子というには若干の誤りがあるかもしれないが……
「そういうことじゃなくて。なんでいきなり女子会なのかってこと」
ノアリが聞きたいのは、それだ。なんの脈略もなく、いきなり呼ばれて女子会。ヤネッサの中のなにが、そうさせたのだろうか。
別に嫌とかではなく、どういった経緯で思いついたのか。
「なんでって言われてもな……ほら、私たちって、もうひと月以上の付き合いなのに、あんまり話したことないじゃない?」
「そうだっけ」
「あ、えっと……うん。私たち、いつも誰かしらヤークと一緒にいるからさ。こうして女の子だけで話す機会なかったなって」
「あー」
言われてみれば、そうだ。ノアリもミライヤも、大抵ヤークワードと一緒にいる。特に、ミライヤは彼からあまり離れたがらない。
ヤネッサは、この国に来てもうひと月以上だ。それなりに国にも馴染み、『魔導書』事件の件から学園にも気安く足を運べるようになった。だが、2人はほとんどヤークワードと一緒だ。
ゆえに、こうしてヤークワードのいない時間、というのはなかったのだ。
「まったく、2人ともヤークにベッタリなんだから」
「べ、別にそんなこと、ないわよ……!」
「んん……」
腕を組むヤネッサは、やれやれとばかりにため息を漏らす。しかし、正確には今ヤネッサの腕は組まれていない。腕を組む、仕草をしているだけだ。
……ヤネッサの右腕は、『魔導書』事件の際に失われてしまった。あの後、騎士学園のエルフ教師や、アンジーにも治癒魔法をかけてもらったが、千切れた腕がくっつくことはなかった。
腕が千切れて時間が経ち過ぎたせいだ。もうひとつの理由として、あの雨だ。それにより、腐敗が進んでしまっていた。
そのため、ヤネッサは現在左腕のみの生活をしている。この国にまだ残っているのは、そういった理由もあってだ。左腕の生活には多少慣れたが、エルフの森に帰るにはまだ心配だ。
もっとも、ヤネッサは今の自分に後悔はしていない。ミライヤにも幾度謝られたが、気にしていないと笑ってすらいた。
「ふふ、2人とも赤くなっちゃってかわいー」
「むむ……」
話は戻って、ヤークワードと一緒にいることを指摘されたノアリとミライヤは、それぞれ顔を赤らめている。まったく、初な少女たちだ。
2人がヤークワードにどのような感情を抱いているか……聞かなくても、わかる。わかるが……
「せっかくの女子会だからね。で、女子会と言えば恋バナ! 恋バナしよ!」
「こっ……」
「ぅえぇ……?」
「まあ、2人がヤークに気があることくらい知ってるんだけどね、あははは!」
妙にテンションの高いヤネッサ、彼女にノアリとミライヤは見事に振り回されてしまっている。
「ま、待ってよ! 別に私、ヤークのことなんて好きじゃ……」
「じゃあ嫌い?」
「……」
ダン、とテーブルを叩き身を乗り出すノアリだが、すぐに赤くなって黙ってしまう。なんともかわいらしいものだ。
それを見て、ミライヤが口を開いた。
「わ、私は、その……ヤーク様のこと、お慕い、しています……」
「ミライヤ!?」
「ひゅーひゅー!」
「あぅ……」
あのおとなしいミライヤが、まさかこうも自分の気持ちを素直に告げるとは……ノアリにとって、驚きであった。
確かに、最近はミライヤはヤークと一緒にいることが、以前にも増して多くなった。男が苦手になってしまったミライヤが、唯一以前通りに接することのできる相手。シュベルトでさえ、ミライヤは怖がってしまうのに。
ヤークは、それを依存だと言っていたが……ノアリには、それだけには見えなかった。そして、実際にはそれだけではなかったらしい。
「はい、ノアリは?」
「! ……わ、私より、ヤネッサはどうなのよ! ヤークのこと、す、好きなの!?」
「好きだよー?」
自分で場を回して、恥ずかしい立場にいないのは卑怯だ。だから、逆に質問して恥ずかしがらせてやる……その思いは、あっという間に砕けた。
あまりにも、あっけらかんと、ヤークに対しての好意を告げた。
「え……そうなの?」
「そうだよ?」
「……いつから?」
「うーん、10年前くらい?」
10年前……それはつまり、『呪病』事件で旅を共にしてからだろうか。なんてことだ、そんな前からなんて、自分とそう変わらないではないか……と、ノアリはがっくりと肩を落とした。
「ねーねーノアリちゃん、ほらノアリちゃんも言っちゃいなヨ」
「ふ、ふん。ていうか、別に女子会だからって、好きな人を言う必要はないじゃないの。私は別に……」
「じゃあ、ヤークは私とミライヤちゃんでもらうってことでいい?」
「だめ!」
……もはやなにを言ってもなにをしても墓穴を掘るしかない気がしたため、ノアリは素直に認めた。
「そうよ、私もヤークがす、好きよ。悪い?」
「悪くはないよ」
「はぁーあ、でも……なんでバレるのよ。私、うまく隠してたつもりなんだけど? はっ、まさかエルフ族の魔法で?」
「いや、それくらい誰でもわかると思うよ」
「気づいていないのはヤーク様本人だけ、だと思いますよむしろ」
「!?」
女子会……それはどんなものかと、若干警戒をしていた。だが、蓋を開ければ共通の話題で、友達とわいわい話せる素晴らしい会ではないか。
それに……好きな人のことについて話せるなんて、わりと嬉しいのだと、ノアリもミライヤも思っていた。
「ノアリ様とヤーク様は幼なじみなんですよね。じゃあ、昔から想いを?」
「まあ……そうね。きっかけは……あー……」
幼い頃、友達が出来なかったノアリ。そんな彼女に紹介されたのが、ヤークワードだ。彼は、初めて出来た異性の同年代の友達だ。
それを、本格的に異性と意識し始めたのは……やはり、『呪病』事件だろう。ヤークワードは、ノアリを命がけで救ってくれた。
しかし、世間ではこれを解決したのは、ヤークワードの父ガラドとなっている。実際に『呪病』の原因を作った魔族はガラドが倒したため間違いではないのだが、そこにヤークワードが関わっていることは本人の希望で伏せられている。
それを知るのは、当事者と一部の者のみ。ミライヤは、知らない。しかし、ミライヤになら真実を伝えても、問題はない……そう、思えた。
「実は……」
ノアリは、『呪病』にかかり、死ぬ寸前だった自分をヤークワードが助けてくれたことをミライヤに語った。途中、旅に同行したヤネッサが補足を入れながら。
ミライヤには、なるべく秘密は作りたくない。それに、この場でノアリとヤネッサだけが知っているというのも、不公平だろう。
「まあ、そうだったんですか!」
事件のあらましを聞いたミライヤは、驚きに手で口を押さえている。その瞳に、うっすら涙をためて。
「まさかノアリ様が命を危なくしていたとは」
「ま、命を救われたからコロッとしちゃったなんて、ロマンの欠片もないでしょ」
「むしろロマンチックですよ。それに、命を救われたというなら私もですし」
「じゃあ、恋心を自覚したのは、つい最近?」
「はい。でも、もしかしたら初めて会った時に、すでに惹かれていたのかもしれません」
初めて出会ったのは、自分が貴族に囲まれ、罵られているとき……そこに、平民だからと関係なく、助けてくれた。思えば、あの時にはもう、特別な感情があったかもしれない。ミライヤは、そう思っていた。
「命救われちゃったかぁ……なら、仕方ないわよねぇ」
「ですねぇ」
それぞれスイーツを口にしながら、感慨深げに話す。
「じゃあ、次はヤネッサの番よ。ひとりだけ内緒なのはなしよ」
「私も、気になります!」
「私は、二人に比べたら。ただ、一緒に旅して、小さな男の子をかっこいいって思っちゃって。再会したら、もっとかっこよくなってて。……私のほうがかなり歳上なのに、こんなのおかしいよね」
「おかしくないわ!」
「おかしくないです!」
3人の話は、盛り上がっていた。いつしか、頼んでいたスイーツも完食し、新たに別のものを頼んでいた。
結局、3人の共通の話題と言えばヤークワードになる。なので、彼が話の中心にいた。
「で、2人は告白とかしないの?」
「なっ……それは、その……恥ずかしい、っていうか……」
「ノアリちゃんってホントそういうとこかわいいよねー。ミライヤちゃんは?」
「わ、私ですか? いや、私は……想いを伝えるなんて、そんなこと。恐れ多いですし」
「そう思ってるのはミライヤちゃんだけだと思うけどなー」
思えば、こうして誰かと、恋だなんだという話をした経験は、3人ともない。最初は恥ずかしがっていたが、だんだん楽しくなってきたようだ。
「こほん。そういうヤネッサこそ。ヤークのこと、好きなんでしょ?」
「そうだけど……でも、私はエルフだから。一緒に歳を取れないのは、ヤークにとっても嫌だろうし……」
「そんなことないわよ! だいたい、そんなことを気にしてヤネッサを振るような奴だったら、私たちだって好きにならないわ!」
「です!」
そう言って、ノアリは思い出す。現に、身近にそういった例がいるのだ……アンジーと、ノアリをヤークワードの剣の先生、ロイ。あの2人は、なんだかいつの間にかいい雰囲気になっていた気がする。
それを理解するまでは、ただ仲が良いんだなと思う程度だったが……聞いた話では、今ロイは、キャーシュの家庭教師という新たな仕事でライオス家に通っているらしい。
剣だけでなく、普通に頭もいいとは。なかなかの優良物件だと、思う。
「でも、3人共同じ人を好きなんて……」
「なにか問題? アンジーお姉ちゃんに聞いたけど、この国っていっぷたさいってやつなんでしょ?」
ヤネッサの言う通り、このゲルド王国は一夫多妻制が認められている。とはいえ、実際にそれを導入しているのは王族や貴族だ。
逆に、王族や貴族なら、ひとりの夫に複数の妻を娶っているのだ。エルフ族にはそんな習慣はなかったが、それならば3人一緒に居られるではないか、とヤネッサは思ったのだ。
「それはそうなんだけど……そういう制度があるってだけで、誰もがそうってわけじゃないのよ。ウチの親だってそうだし、ヤークの家も」
「私は、平民ですから……」
どうやら、ノアリとミライヤの両親は、一夫多妻ではなく、一夫一妻らしい。特に、ノアリの実家カタピル家はそれなりに地位のある貴族でありながら、複数の妻を持っていないというのは、珍しいらしい。
ちなみに、ヤネッサはちょっと前に聞いたのだが、今回殺されてしまったミライヤの両親は、本当の両親ではないらしい。元々別の国の生まれだったが、そこで盗賊に襲われ、両親は殺されてしまった。
それが今回、引き取ってくれた両親まで……不憫で、ならない。
「ヤークのとこは、確か昔の勇者パーティーの仲間同士なんだっけ?」
「戦いの中で愛が芽生えて、他の女なんか目に入らなくなったのね」
「美しいですね」
周りに、一夫多妻の両親を持つ者はいない。学園の、同じ組の人間の中にはいるかもしれないが……
そう考えれば、王族であるシュベルト。彼の親が、まさにそのはずだ。
「だから、ヤークがそういう制度になにを思っているのか、わからないのよ」
親の影響があれば、一夫多妻制を受け入れにくいとは思う。そもそも、ヤークワードが3人にどういった気持ちを抱いているのか、わからないのだ。
……もし、そういう対象として見られてすらいないとしたら、とんでもなくショックを受けるだろう。
「ヤークがどう思ってるかか……確かめるのは、確かに怖いね」
「そう。だから、変にこじれるよりは、今のまま……」
「でも、そのままだと誰かにとられちゃうかもしれませんよ?」
「それはそれで困るのよね……んん?」
ふと、この3人のものではない声が、割り込んでくる。聞き覚えのある言葉だ。
振り返るノアリ。そこにいたのは……
「あ、アンジェリーナ様!?」
「リエナさん!」
「ふふ、どうも。でも、気軽にアンジェでいいですよ」
そこにいたのは、アンジェリーナ・レイとリエナ。シュベルトの婚約者と、侍女だ。2人も、どうやらこのお店にスイーツを食べに来たようだ。
今の話を聞かれただろうか。ノアリは、顔が熱くなるのを感じた。
「ご一緒してもいい?」
「もちろん!」
「ノアリ、この人は?」
「あら、かわいらしいエルフさんですね」
3人の女子会、そこに新たな2人を加える。初対面のヤネッサに、紹介も兼ねて会話を弾ませていく。
この女子会を機に、仲が深まっていく各々であったが……それはまた、別の話。
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