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第6章 王位継承の行方
いろいろな出来事
しおりを挟む……『魔導書』事件。ある貴族が平民の夫婦を殺害するという痛ましい事件から、早くも1年もの月日が過ぎた。時間の流れは、あっという間だ。
あの『魔導書』事件以来、特に大きな事件は起きていない。『魔導書』事件といっても、そう呼んでいるのは俺やノアリなど、接に関わった者だけだ……『魔導書』というものの存在自体、公には公開されていないのだから。
小さないざこざこそあれど、『呪病』、『魔導書』に並ぶほどに大きな事件は、起こっていない。まあ、そうそう起こってもらっても困るのだが……それでも、身の回りでこうも事件が起こってしまうと、身構えてしまうというものだ。
さて、1年という時間は、長いようで短い。俺は、17歳を迎えた。ひとつ歳を取ったからといって、特に感慨があるわけではないが……それでも、最近になって少し胸がざわつくのだ。というのも……夢を、見るからだ。
『21年の月日が経った後、我は再び甦る……その時が、楽しみだよ』
最近になって、あの頃の夢をよく見る。俺たちが、魔王を倒したあの時の出来事だ。死に際の魔王の、捨て台詞に決まっている。なにせ、魔王は国宝『魔滅剣により滅せられたのだから。
国宝『魔滅剣』とは、魔なる邪悪な存在を消滅させることのできる剣だ。これを使えば、魔族という邪悪な存在は、例外なくその存在を消滅させられると言うのだ。その剣により、魔王の消滅はしっかり確認した。
ただその剣は、必要でないときには鞘から抜くことができないというものであり、実際に魔王相手以外に、抜くことができなかったため、効果を発揮したのは魔王が初めてだ。だが、国宝と呼ばれる武器、それに実際魔王が消滅した場面を見た立場からすれば、魔王は間違いなく消滅した。
……最期の言葉、「あれから21年」……それは、俺が18歳になった年だ。つまり、あと1年……その時、なにが起こるというのか。なにも起きるはずがない、そう言い聞かせていても……まるでなにかの前触れが起こるのではないか、という不安を持たせるように、最近はその夢ばかりだ。
「……気にしすぎな、だけか」
そう、気にしすぎなのだ。もう20年も前の話……かつての仲間だった、ガラドやミーロ、エーネ、それにヴァルゴス。誰も、その時のことなんてもう、覚えていないだろう。
ただ、俺はその直後にガラドに殺されたから、その直前の光景や言葉が色濃く、残っているだけだ。
「……また、うなされていたぞ」
「あ、すみません、うるさかったですか……シュベルト」
寝起きの俺の耳に、別の声が届く。その声は、俺を心配しているものだ……同室の相手が、こう、最近寝ている最中にうなされていたら、心配するのも無理はないか。逆の立場でも、俺は心配するだろう。
顔を、上げる。カーテンを開け、部屋に朝日を届けている人物……シュベルト・フラ・ゲルド。このゲルド王国の、第一王子だ。彼とは、ルームメートである。
「いや、ボク……いや私のことはいいんだ。それより……」
「俺の方こそ、心配はいらないですよ。ちょっと、寝心地が悪いだけで」
実際、この夢のせいでなにか生活に影響が出ているわけではない。それに、どう説明してもいいか、わからないしな。俺が転生者で、消滅したはずの魔王のことを考えているなどと。
……転生者と言えば、1年前に出会った謎のエルフ。あれ以来、彼とも会っていない。積極的に探そうとしたわけではないが、彼の存在もまた、心に引っかかっているわけで。
「心配ない、か……しかし、キミはそう言って1年前の『魔導書』事件について相談してくれなかったじゃないか」
「いや、だからあれはその場の、勢いで事が進んでいったわけで……」
「わかっている。が……そう言って、大事なことはひとりで抱え込んでいるんじゃないか? ボ……私は、心配だ」
「大丈夫、なにかあったら、ちゃんとシュベルトに話しますから」
……シュベルトは、俺も心配だと言いつつ、その理由をしつこくは聞いてこない。俺のことを考えてだろうか、ありがたいことだ。
シュベルトのことは、一緒に暮らしているうちになんとか、シュベルト様と様付けをなしで呼べるようになった。本人の希望とはいえ、ここまでくるのに長い時間を要した。とはいえ、今でも、敬語が交じることはあるが。それは許容してほしい。
ちなみに、シュベルトは以前まで一人称は『ボク』であったが、最近は『私』に変えようとしている。俺たちは騎士学園の2年生。2年生になったことで、後輩も入ってきた。この騎士学園は、入学するにあたって年齢制限はない。だが、いかなる年齢で入学しても、3年間をこの学び舎で学ぶことになる。
つまり、年上の後輩がいたり、年下の先輩がいたりするわけだ。
後輩も入ってきたということで、本格的に、次期国王としての自覚が出てきたようで、まずは一人称から変えようということだ。
「ふぁ、あ……」
さて、俺もいつまでもベッドに居るままではいられないな。軽くあくびをしてから、ベッドから立ち上がる。あんな夢を見てしまったからか、なんだかいろいろと思い出してしまうな。
……この1年で、いろいろなことがあった。『魔導書』事件に関するものなら、小さなことでも思い出せる。
ガルドロとギライ・ロロリアの処罰。それは、彼らを操っていた黒幕が明らかになったことで、大きく変化することとなった。もちろん、やったことの罪が消えるわけではないが……ビライス・ノラムという黒幕が、2人を操っていたことは事実。黒幕が判明し、また本人も2人を操った件について認めているという。
それに、なにより……当の被害者である、ミライヤの発言があった。2人は操られていただけだ、罪を軽くしてほしいと……それが、なので、ガラドとギライ・ロロリアの処罰が、大きく減刑された理由だ。
だが、裁かれる罪が軽くなっても、世間の目が変わることはないだろう。操られた被害者……と言えなくもないが、俺は別に減刑なんてしなくても良かったと思う。そう思うのは、俺がこの2人の人間性が嫌いだからだろうか。
「……」
ビライス・ノラム。彼がどこで『魔導書』の存在を知ったのか。それに、どのようにしてガラドとギライ・ロロリアを操ったのか。いや、操った件については、実はもうわかっている。
魔石だ。人の心を操る魔石……それが、ビライス・ノラムの部屋から発見された。ミライヤを攫った時に使っていた、人の認識をずらすものと似た、嫌な気配を放つ魔石。
この魔石を見つけたのはヤネッサだ。だが、ビライス・ノラムがそれらの魔石をどのようにして手に入れたのか、未だにわかっていない。
情報源と、魔石の入手源……これがわからない以上、『魔導書』事件は完全に解決したとは言えないだろう。
「ヤーク、そろそろ出よう」
「あぁ、そうですね」
顔を洗い、着替えを済ませ、荷物を持ち……朝食を取るために食堂に向かうことに。そのため、部屋を、出る。
ヤネッサも、この1年で大きな変化があった。なんと、エルフの森からこのゲルド王国に、本格的に移住したのだ。アンジーの家に仮住まいしていたが、今や家を借りてそこに暮らしている。
ヤネッサの右腕は『魔導書』事件で、ビライス・ノラムに斬り落とされてしまった。本人は気にしていないようだったが、やはり心配だ……だから、当初ひとり暮らしには反対したものだ。
だが、ヤネッサは俺の見ていないところで、短い時間で、片腕でもちゃんと生活できるように、練習していた。彼女は、俺が思っているよりもずっと強かった。
ヤネッサ移住に際して、彼女は一度エルフの森、ルオールの大森林に戻った。そして、その道行には俺も同行した。片腕のヤネッサが心配……なのはもちろんあるが、俺が行きたかったからだ。
『おぉ、久しぶりじゃの。えーっと……ヤーズ』
『ヤークです』
10年ぶりの、再会。いつかはまた行かなきゃと思っていたが、結局こんな形で、来ることになってしまった。
ヤネッサが右腕を失くしたこと、ヤネッサがゲルド王国に住むこと……それは、彼らを大いに驚かせたが、最終的には納得してもらえた。俺も、ヤネッサをこんな有様にしてしまったことを謝罪したが、責める者はいなかった。
ジャネビアさんの孫であるアンジーも連れてきたかったが、いろいろと忙しいとのこと。ちなみに王国では、移動手段としてここ最近、新たなモンスターが商売されており、王国との往来に以前より時間はかからなくなった。学園の休日だけで、行き来できてしまうほどの速度だ……知らなかったが、自然界の進化は恐ろしい。
そして、再会したのはジャネビアさんや数々のエルフたち……だけでは、ない。
『……久しぶり』
『……あぁ』
『お、大きく、なったわね』
『まあ、生きてるんだから成長もするさ』
かつての勇者パーティーの仲間、エーネ。彼女はハーフエルフであり、10年ではまったく見た目の変わらない面々と比べ、少し成長していた。
再会したばかりで、俺は皮肉を言ってしまったのだが……その時の、エーネの複雑そうな顔は忘れられない。彼女は、俺が転生者であると知っている。本音を話せる相手でもある。
憎むべき相手だったが、俺を直接殺したのはガラドであること……なにより、『呪病』事件の時にいろいろと協力してくれたのが、俺の彼女に対する認識を複雑にしていた。
「……お、いたいた。ノアリ、ミライヤ!」
「あ、ヤーク」
「ヤーク様!」
エルフの森での出来事を思い出している間に、食堂にたどり着く。そこにはすでにたくさんの生徒がいた。そんな中で、2人の姿を見つける。
ノアリと、ミライヤ。彼女たちとの仲は相変わらずだ。今も変わらず、仲良くしてる。
……相変わらず、ミライヤは男が苦手なようだ。『魔導書』事件を機に、男が苦手になってしまった。だが、今ではそれも少しは緩和されている、と思う。当初はシュベルトと話すことさえままならなかったが、今では普通に話せる。
もっとも、相手が王族だから緊張している、という点では、うまく話せていないのかもしれないが。
ノアリは、そんなミライヤをフォローしてくれている。教室ではノアリが、寮では同室のリィが……そうやって、同性だからこそ助け合える関係。この1年で、その絆は増したように思う。
「2人とも、今来たところか?」
「えぇ。相変わらず人が多くて嫌になっちゃうわ」
「ふふっ、そういうわりに、いつも食堂で食事をするのは、どうしてでしょうね?」
「なっ……そ、それは食事する場所が、ここしかないからよ」
「購買で買って部屋で食べる人も、いますよノアリ様?」
「あ、み、ミライヤあんたねぇ……!」
うん、なんか以前よりもかなり親しくなっている。特に、ミライヤの方に遠慮が無くなった、というか。
ノアリも、それに少し壁を感じると言っていたし……うん、仲良きことはいいことだ。
「仲がいいねぇ、2人は」
「先に行くぞー」
「な、ま、待ちなさいよ!」
「待ってくださーい!」
変わっていくものもあれば、変わらないものもある。それを実感しつつ、俺とシュベルトは券売機に向かう。その後ろを、ノアリとヤネッサがついてくる。
騒がしくも、平和なひと時。こういう時間を、いつまでも続けていきたい……続けていけると、そう、思っていた。
……あるひとりの『後輩』が、現れるまでは。
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