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第6章 王位継承の行方
未知の剣
しおりを挟む……時を少し、遡る。
「はっ、は……」
ひとり、走る少女がいる。彼女はリエナ……ゲルド王国第一王子であるシュベルト・フラ・ゲルドの、侍女だ。元は平民の出でありながら、王族の、それも第一王子の侍女を務めているのは、ひとえにその実力の高さからだ。だから、現在彼女の立場は平民でもなければ、貴族でも、まして王族でもない。
剣だけでなく、肉体的な強さは、実に大人の男よりも上だ。しかし、彼女がそういった実力を表に出すことはない。
侍女である彼女は、あくまでシュベルトを害悪から守るためだけに力を振るう。だから、公に力を誇示し、注目を集めようなんて思っていない。
……主を、害悪から守る。それが、彼女の役割であるはずだ。なのに……
「……っ」
先日の、第二王子であるリーダ・フラ・ゲルドによる、シュベルトの出生の秘密の暴露。なんの前触れもなかったとはいえ、とんでもないことが起こってしまった。
国王と、側室の子……その事実は、王族及びその家臣たちの中でも、一部しか知らない事実だ。
シュベルトの侍女であるリエナ、婚約者であるアンジェリーナは、まだ幼いながらも知らされてはいた。そして、その事実を知りながらも、2人はシュベルトから離れようとはしなかった。
その事実は、表に出ることのないもののはずだった。だと、いうのに……
「なぜ、リーダ様が……」
よりにもよって、身内から、それも本当の国王と本妻の子が、その事実を暴露してしまうとは。あの時の、シュベルトの衝撃を受けた顔は、忘れられない。
自分は果たして、主のためになにができるのか。主にあんな顔をさせて……守らなければいけない、人なのに。リエナの家は、大昔に王族となにかがあり、それから一族は王族に仕えることとなっているらしい。理由は、聞いたが教えてもらえなかった。
あの人は、己が主として慕う人物……いや、そんな義務感ではない。それ以上に、あの人は……
「! いけない……」
ふと、頭の中に浮かんできた雑念を振り払うように、首を振る。今考えるべきは、そのようなことではない。
今は主のピンチ、他にかまけている余裕はない。だが、その他でもない主が、友人を助けたいと必死でいるのだ。ならば、それに応えるのが自分の務めだ。
……ヤークワード・フォン・ライオス。不思議な人だ……第一王子であるシュベルトを、初対面で知らないと言ってみたり。それが気に入ったのか、シュベルトは妙にヤークワードを気に入ったようで。
同年代の、同性の友達などいなかったシュベルトにとって、彼の存在は大切なものなのだろう。だから、ああも必死に、自分たちに頭まで下げて、協力してくれと……
「……いた!」
今の状況は、実はあまりよくわかっていない。だが状況を知らせてきたリーダ曰く、ヤークワードとその友人、ノアリとミライヤは謎のエルフと交戦中とのこと。
あの温厚そうな人が、戦闘などと……そこに、なにか譲れないもの、許せないことでもあったのだろうか。
そして、エルフの張った結界を抜け、彼らと合流した。騎士学園の入学試験で、張られていた結界と似たようなものだった。
合流したが、そこにはヤークワードとノアリしかいなかった。どうやら、ミライヤは遠くへと吹っ飛ばされてしまったらしい。彼女の無事を確認するために、リエナは走っている。
「ミライヤさん!」
倒れている少女へ、リエナは駆け寄る。
ミライヤ……本人と話したことは、実はあまりない。だがミライヤは、リエナと同じ組であるリィという少女とルームメートだ。
リィの口から、何度もミライヤという人物を聞かされてきた。優しい人物だ。それだけに、1年前の事件ではひどくショックを受けていたという。
「! ひどい……」
リエナは、ミライヤの顔を覗き込む。彼女の右側頭部からは激しく出血があり、本人も気を失っている。また、ここに倒れるまで何度も体を打ち突けたのだろう……身体中、傷だらけだ。
早く、治療しなければ。応急処置だけでも……本格的な治療は、確か彼女らの友人にエルフがいたはずだ。その力ならば……
「……え?」
とにかく、頭部の出血だけでも止めなければ……そう、手を伸ばした時だった。閉じられていたミライヤの目が、開いたのだ。
さらにミライヤは……まるでなんでもなかったかのように、起き上がる。その動作はゆっくりしたものなれど、傷を感じさせないもので。
「あの……ミライ、ヤ……さん?」
呆然と、声をかける。しかし、反応はない。さっきから、リエナの方を一度も見ていない。
ただ、一点を……自分が飛ばされてきた方角だけを、一心に見つめていて……その目は、まるで……
バリバリッ……
「きゃ!?」
なにかが、迸るような……そんな音が聞こえた直後、風が吹いた。
正確には、走り出した……まるで打ち出されたかのように、走り出したミライヤのその余波によって起こった風だ。
「な、なに……?」
後に残されたのは、リエナだけ。……先ほどまでミライヤがいた場所は、まるでなにかに焼かれたかのように、焦げていた。
リエナは、ミライヤとあまり話したことはない。いつも周りにはシュベルトやヤークワードがいた。2人きりで話したことなど、ない。
それでも……あんな、人形のような目を浮かべる少女では、なかったはずだ。
【ヤークワード視点】
「ぬ、ぅううう!」
「……」
なにが、起こっている……あまりに一瞬の出来事で、よく理解できない。でも、目の前で起こっていることは現実だ。
この場にいなかった、ミライヤ……彼女が、突然現れた。突然と言っても、この場にいきなり現れたわけではない……かすかに見えたあれは、ミライヤの居合い。とんでもない速さの、居合いの太刀筋で現れた。
速い、なんてもんじゃない。あれは、もはや超速とか音速とか、そういった類いのものだ。
『そう、雷みたいな! こう、バリバリぃって感じで! バリッ、ヒュンッ、って!』
以前、ノアリがミライヤの居合いを、こう表現していたのを思い出した。雷が走ったかのような、速度……
それに……ミライヤの、足元。向こうからここまで移動してきたんおだろう地面が、焼けたように焦げている。まるで、本当に雷が走ったように。
いや、でもあれはただの比喩で……
「ぐ、ぬぬ……!」
それに、驚くのはその速度だけではない……ミライヤの剣が、セイメイを押している……!
俺でも、受け止めるのがやっとだったものを。いくらセイメイが受けに回っているとはいえ、あのセイメイが押し返せず、さらに押し負けているなんて……
「どう、なってんだ……?」
「ええい、しゃらくさい!」
セイメイが吠えると、直後にミライヤが弾き返される。その体は、少しムキムキになっているようだ。
あれは、魔力による身体強化、か? てことは、さっきまでのはやはり素の力で……
「! ミライヤ、大丈夫!?」
弾かれたミライヤは、俺たちの側へと着地する。その姿に、ノアリが声を張り上げた。
……なんだ、ミライヤの目が、虚ろのような……? いや、それよりも、なんだあの傷……!?
あんな状態で、大丈夫なのか!?
「……! あ、れ……ノアリ、様……ヤーク様?」
「ミライヤ!」
その後も何度か呼びかけると、ミライヤはようやく返事をした。目に光も、戻った。
その様子に、ほっと一安心。だけど……なんだったんだ、あの力は……? これまでに、転生前も含めて見たことのない剣だ。
あの速さも、力も……未知の、剣だ。
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