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第8章 奪還の戦い
かすかな勝機
しおりを挟む「キミたちの目的はわかっています。ヤークワード・フォン・ライオスくんの奪還ですね?」
落ち着いた様子で、淡々と話す校長ゼルジアル・フランケルト。
一見隙だらけのように見えて、その実隙がない。戦いを挑んでも返り討ちにあうだろうし、逃げることさえ……
「ここでおとなしく帰ると言うのなら、私としては望ましい。愛する生徒に手を上げたくはないので」
「……リエナをこんなにして、よくも……」
「そちらのエルフのお嬢さんがいれば、顔は元に戻るでしょう。外にも、あなた方のお友達はいるのでしょう?」
珍しく、アンジェリーナが激情を露にする。しかし、校長はそれを軽口で受け流す。
確かに、エルフ族のヤネッサやアンジーがいれば、よほどの傷でない限りきれいに治してくれるだろう。
……だが、そういう問題では、ない。
「おとなしく、帰れ……ですって?」
「えぇ。彼のことは、きれいに忘れなさい。それが、キミたちのためです」
本当に、こちらのことを思ってくれているかのような……そんな、優しい声。思わず、うなずいてしまいそうになる。
しかし、ここではいわかりました、とうなずくわけには、いかない。
「そんなこと、できません!」
「……」
「というか、おかしいです! ヤークがやったって確たる証拠はなにもない! もし彼が本当にガラド様を殺したのなら、証拠を……」
持ってきてください……その言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
なぜならば……
「く、ぁ……!?」
「やれやれ、聞き分けのない子だ」
つい今まで、わりと離れたところにいた校長……それが、いつの間にかノアリの眼前に現れ、その首根っこを掴み上げている。誰も、反応できなかった。
老人ではあるが、そうとは思えない力でノアリを、持ち上げていく。背が高いゆえに、持ち上げられるノアリの首は自然と締まっていく。
「っ、かぁ……!」
「納得できないことを素直に受け止めきれず、こんなことまで……子供ですねぇ。世の中には、従っておいたほうがいい流れというものがあるのですよ」
「な、が……!?」
「ヤークワード・フォン・ライオス……彼は、ここで死んでおく、べきなのです」
ノアリの耳元に寄せられた口から、聞くのもおぞましいものが囁かれた。全身を、悪寒が走っていく。
その話す校長の顔は、生徒に語りかけるような優しい表情は、していない。
……無感情。そう言うべきだろう表情が、そこにはあった。ヤークワードは死ぬべき存在、死んで当然の存在だと……そのためなら、なんでもすると。
その気になれば、生徒含めたここにいるメンバーなど、あっという間に……
「ノアリさん!」
「動かないでください。私はこのまま、穏便に済ませたいのですよ」
捕まったノアリを助けようと、アンジェリーナとヤネッサが戦闘態勢に入るが……冷たい声が、響く。
この手に、力を加えれば少女の首など、簡単にへし折ることができる……それがわかるからこそ、下手に動くことができない。
「ぐっ……んぅぁ……!」
「ん?」
しかし、やられっぱなしではないのは他ならぬノアリだ。体を持ち上げられ、もがくことすら危うい状態……
そのはずだが、ノアリは、ゆっくりと腕を動かして……己の首を掴む、校長の手首を掴む。瞬間、校長は眉をひそめた。
「っ……なるほど、これが、竜族の……」
「はな……せ……!」
肌色の腕が、朱色の鱗に覆われていく……ノアリは、己の中に流れる竜族の血を感じ取る。血が、熱くなっていくのがわかる。
首根っこを掴む手首を剥がそうと、力を加えていく。しかし……
「ぐぇ……っ」
己の首を掴んでいる手……それを剥がそうと、掴んだ手に力を入れた結果、首が締め付けられる感覚に陥る。
それでも、ノアリは力任せに……
「ぐ、ぁ……!」
手を引き剥がし、すぐさま距離を取る。
その場で大きく深呼吸をし、しかし大きく息を吸い込みすぎたせいかむせてしまう。
「げほっ、けほ……!」
「おぉ、それが竜人の姿ですか。長年生きてきましたが、見るのは初めてですよ」
すでに涙目になり、なんとか呼吸を繰り返すノアリに、校長はやや興奮した様子だ。
肌を覆う鱗、腰から生えた尻尾、背中から生えた羽、そして頭に生えた小さな角……その姿は、人と竜とが混ざりあった姿とも言える。
純粋な竜族との違いは、ノアリはクルドたちのように、竜の姿になることはできない、というところだろうか。
「ヤネッサは、リエナをお願い!」
「わかった!」
相手はひとり、だがそう簡単にはいかない相手だ。ノアリとアンジェリーナは、それぞれいつでも動き出せるように構える。
ここでノアリたちが、諦めて帰ると言うのなら校長も必要以上に追っては来ないだろう。が、ノアリたちは諦めるつもりはない。
ならば逃げるか。おそらく、それも難しい。となれば、取れる手段はひとつ。
「……あなたを倒して、進む」
「ほぉ、なかなかおもしろいことをいいますね」
普通ならば、勝てるとは思えない。普通ならば。
今のノアリは、竜人となっている。あの魔族とも、渡り合うことができたのだ。目の前の老人ひとり、なんとかなるかもしれない。
かすかな勝機を見出し、構えるノアリは……
「……っ!?」
「遅いですよ」
とたんに、腹部に打ち込まれた拳に、喘ぐ間もなく崩れ落ちた。
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