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第8章 奪還の戦い
人間か魔物か
しおりを挟むそれは、人間に比べれば一回り、いや二回りは大きくなっている巨体だ。
だが、よく見てみればそのほとんどは、本体から生えてきた岩のようなもの……つまりは、体自体の大きさは変わっておらず、体から生えた岩がシルエットとして巨体に変化したように見えた……というだけのことだ。
だから、こうして人間の体の、心臓がある部分を、狙って突き刺すことができた。
「……っ」
剣を突き立て、切っ先を深く、深く突き刺していく。
ノアリとミライヤの話では、あの岩は並の力では切れなかったようだが……今刺している部分は、間違いなく肉の感触。
……以前、ビライス・ノラムと剣を交えた際。本当であればヤークワードは、彼を殺してやりたかった。ミライヤを、ミライヤの生活を、めちゃくちゃにしたのだ。
だが、他ならぬミライヤがそれを止めた。ヤークワードに人殺しになってほしくないから、と。
……しかし、今……
「ガッ……!」
突き刺す肉の感覚は、確実に生命を奪っていくことを教えてくれる。
人間か魔物かもわからなくなってしまったが……少なくとも、人間であるゼルジアルの姿を知っているだけに。ヤークワードは、なかなか割り切れなかった。
それでも……
「……すみません」
小さく、それだけを呟いた。
自分を捕まえ閉じ込めていた……とはいえ、それはある意味当然のことだ。ヤークワードノ正体が魔王だというなら、それは警戒するなという方がおかしい。
立場的にも、彼は正しいことをしたのだ。そんな相手を、ヤークワードは手にかけた。
「……っ」
自分の中に流れる、なにか……恐らくこれが、魔力だ。
魔力を感じ取り、ヤークワードは無意識にその力を剣へ……切っ先へと、集めていた。切っ先から切り口へ伝わり、魔物の中へと魔力が注ぎ込まれる。
過剰なまでの魔力が流し込まれ……とうとう、魔物の体は限界を越える。
「おい、離れろ」
「わっ」
ぎゅっ、と襟首を掴まれ、ヤークワードは後ろへ引っ張られた。その直後に、魔物の体は大きく膨らみ……内側から、破裂した。
近くにいれば、その衝撃に巻き込まれていただろう。それから救ってくれたのは、ローブのエルフだ。
「た、助けてくれたのか……ありがとう」
「ふん……そもそもお前の奪還が自分の使命だ。ここで死なれてはかなわん」
どういうわけか、ヤークワードを助けに来てくれたエルフは、ドサッとヤークワードを地面に落とす。尻もちをついてしまうが、文句も言えない。
……先ほどまで、魔物が猛威を振るっていたが。それが嘘のように、静かになった。
そこにあるのは、爆散した魔物の残骸。破壊されたものもの。傷ついた教師たち……それを治療する、ヤネッサ。
「……ふぅ」
ひとまずの脅威は去った。どっと、疲れが押し寄せてくる。
まさかあんな魔物と戦うハメになるとは思わなかったが、なんとか生き残ることが……
「ヤークー!」
「ヤーク様ー!」
そこへ、ヤークワードの名を呼ぶ2つの声。それはヤークワードもよく知っている、2人の少女のものだ。
その声に、どこか安心感を覚えて……自然と、視線がそちらへと、向いた。
「……ノアリ……ミライヤ……!」
まさか、ここにまで自分を助けに来るなんて、思っていなかった。もう会えないとすら、思っていたのだ。
まだそこまで時間は経っていないはずなのに、ずいぶんと久しぶりの気分だ。
駆け寄ってくる2人に、ヤークワードからも駆け寄っていき……
「ヤークおりゃぁああ!」
「ぶへら!」
その腹部に、思いっきり頭突きをおみまいされた。
助走がつき、竜族の力も残したままだ。もう少しズレていたら角が刺さっていたところだ。
「げほろぉ!」
構えも受け身も取れなかったヤークワードは、その場から軽く後ろにふっ飛ばされ……背中を、床に打ち付けた。
その腹に、ノアリは顔を押し付けたままだ。
「ってて……ノアリ、お前……俺を殺す気か……?」
なんとか、声を絞り出す。体が頑丈でよかった。
おそらく、純粋な人間であればただでは済まない一撃……この体が普通でないと、改めて自覚してしまったわけだが。
「うっさいわね、馬鹿!」
「いきなり馬鹿呼ばわり……」
「の、ノアリ様……」
どうにかして、上半身だけ起き上がる。
追いついてきたミライヤは、その様子を見て苦笑いを浮かべていて……
「まったく、心配だったって素直に言えばいいのに、ノアリ様らしいですけど」
「なっ、なな、なにを言ってるのよ!?」
どこかからかうように告げるミライヤの言葉に、ようやくヤークワードの腹から顔を離したノアリは振り向き異を唱える。
その耳が赤いのは、ヤークワードにも見えていた。
「おい、さっさと移動するぞ」
なんとも懐かしいやり取りに、腹部の痛みはあるが少し笑みを見せていたヤークワード。そこに淡々と声をかけるのは、やはりローブのエルフ。
この場で唯一、誰とも深い関わりがないからこそ、その場の雰囲気に流されることはない。
そして、それは正しい。いつまでも、ここにいるわけにはいかない。
「そうだな、行こう」
人間、それとも魔物……殺してしまったものは、もう戻らない。
その残骸を、ちらりと見て……ヤークワードは、前を向いた。
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