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第9章 復讐の転生者
転生者と魔王と龍
しおりを挟むヤークワードの正面に立つ、もうひとつの影……それは、間違いなくヤークワードと同じ姿をしていた。
いきなり、自分と同じ顔と対面し……ヤークワードは、言葉を失う。それは、背後の仲間たちも同じ。
というか、これはなんなのか。先ほど、龍の姿が光ったかと思えば、その光が……
「まさか……」
ヤークワードの姿をしたなにかは、龍が変化したものとでもいうのだろうか。
現に、天を見上げても、あの巨大な影はない。
同時に、先ほどまで感じていた、あの圧倒的な圧力も感じなくなっていて……
「ふむ……これが、人間の体か」
「しゃ……」
ふと、ヤークワードの姿をしたなにかは、口を開く。それは、やはりヤークワードと同じ声だった。
喋った、と動揺するヤークワードを無視し、それは手足を伸ばしたり、手を握っては開いてみたりと、自身の体を確かめているかのよう。
「お、まえ……あの、龍、なのか?」
「ん? あぁ」
ケロッとした様子で、龍は答える。
「なんで、俺の姿に……」
「なあに、この姿の方が、わざわざ人間の頭に語りかける手間が、省けるだけだ」
「……さっきの、頭の中に響いてきたやつか」
「人間に話しかけるなら、人間の姿になったほうが合理的だからだな」
曰く、強大な存在である龍は、生物の言葉などで過ごしてはいない。だから、わざわざ人間の言語へと変換した言葉を、頭の中に届かせた。
だが、対象と同じ姿になれば、言語を理解せずとも、自然とその生物の言語に変換された言葉が、口から出るというわけだ。
「ていうか、本当に、アンジーの言う通り龍なのか……」
「余のことなど、どうでもいいだろう。余がわざわざこうしてお前の前に姿を見せた理由、つまらぬ戯れのためではない」
「……」
自分の口調で、余だなんだと言われると、変な気持ちだが……今は、置いておこう。
それよりも、そうだ。ヤークワードの前に龍が姿を見せた。その意味は……
「ほほぉ、転生した魂に魔王の魂が混じっているのか。難儀なことになったものよ」
「!」
ふと、自身の境遇を当てられたヤークワードの胸が、高鳴る。なぜ、それを知っている。
自分が魔王の生まれ変わりかもしれないことは、先ほどみんなに話した。だが、転生した身であることは、まだ話してはいない。
そもそも、さっき天に出てきたような相手に、あの会話が聞こえるとも思えない。もしくは、伝説の存在たる龍は、なんでもお見通しなのか……
「くく、混乱しているようだな。なんということはない、お前の記憶を読み取っただけのこと」
「き、おく……?」
顔にでも出ていたのだろうか、疑問を当てられ、その答えに唖然とする。
記憶を読み取る……さらっと、とんでもないことを言ってくれる。
「余は、成った対象の記憶を読み取ることが出来る。すべてな」
「なっ……」
「ま、人間に成ったのは初めてだが。いや、お前を人間を呼んでいいのかは、少々議論の余地があるか?」
姿を変え、その相手の記憶を読み取る……ヤークワードの姿になったから、ヤークワードの記憶を読み取れた。
ならば、龍はすべてを知ったことになる。ヤークワードの人生も、苦悩も、すべて……
「おい、後ろの者たち」
「!」
「そんなに警戒する必要はない。もう外に出たところで、押しつぶされることはない」
龍は、ヤークワードの背後にいた、家の中から様子を伺っていた、ノアリたちに声をかけた。
この距離だ、ヤークワードたちの会話は聞こえていない。だから、家の中から出ないようにギリギリ身を乗り出していた。
その言葉に、ノアリたちはどうしようかと話し込んでいるようだったが…tねやがて、恐る恐るといった形で、外に出てくる。
「……」
龍が人間の姿に成ったからか、それとも自分の意思で消すことが出来るのか。あの圧倒的な圧力は、消えていた。それに安心する一同だったが……
そして……改めて、周囲を見渡した。
「これ、は……」
「っ……」
その言葉に、ヤークワードもようやく、周囲へと視線を向ける。
……そこに広がっているのは、まさに地獄絵図だった。
「ぅ……」
リィが、口を押さえる。ヤークワードも、そうしたい気持ちだった。
いつもの景色……が、一変していた。立ち並ぶ建物はことごとくがぺちゃんこに押しつぶされ、瓦礫の産物と化している。無事なところは、この家と騎士学園、それに王城……ちらほら、だ。
それよりも、目を背けたくなるのが……あちらこに倒れている、人、人、人。たくさんの人が、血を流して倒れている。
それは、ミーロと同じ現象……応急手当を施したミーロとは違い、為す術なく圧倒的な力に押しつぶされた、結果だ。
瓦礫が、血が……周囲の景色を、変えてしまっていた。
「ひどい……」
「く……あんた!」
その光景に、怒りに身を任せて歩みを進めるノアリ。彼女は、ヤークワードと龍の間に割り入り、龍の胸ぐらを掴む。
「あんたが、こんな……!」
「の、ノアリ!」
ただでさえ、魔族に蹂躙された国。これからが復興の時だというところで……
もはやそこは街とも呼べず、それどころかここに住まう人たちだって、あとどれくらい残っているのか……
「なんで、こんな……こんなひどいことが、できるのよ!」
「なにをそんなに怒る。この国は、人は、果たしてお前がそれだけ怒るに値するものか?」
「なにを……」
「友を危険にさらし、挙句殺そうとするような者がいるこんな場所、本当はどうでもいいのではないか?」
「……っ」
それはきっと、ヤークワードの記憶から読み取ったもの。ミライヤやヤネッサが危険な目に遭ったあの時。シュベルトが殺されたあの時……
ノアリにとって大切な人を傷つけるような、この場所に……
「なにより、お前の大切な者はほとんどがまだそこに生きているだろう。それでいいでは……」
「ふざけるな!」
龍の言葉を、しかしノアリはかき消す。なにを言われても、この惨劇を容認して良い理由にはならない。
それに、ノアリにとって大切な人は、まだいる。両親だって……魔族を退けたあの時から、会っていない。今どこにいるのか。
学園にいる可能性は低い。それは王城も同じこと。ならば、他の無事な場所に?
もしくは……
「まあ、余には人間の怒りなどどうでもいいがな。おっと、お前も人間というには微妙な立場か」
「! この……」
「余が用があるのは、そこの転生者。前世の魂と魔王の魂が混じっている、興味深い存在だけ。お前たちは、そいつの行く先を見届けさせてやろうという、ささやかな計らいでこの場にいるに過ぎない」
「……てん、せい、しゃ?」
胸ぐらを持ち上げるノアリの手から、ゆっくりと力が抜ける。ノアリは、そして他のみんなも……視線を、動かしていく。
龍の見る先……転生者と言われた、ヤークワードへと。
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