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第9章 復讐の転生者
すべてなくなるならば
しおりを挟むセイメイが持つ国宝『断切剣』。それをヤークワードは、取る。
大きさは、普通の剣と変わらない……特に、これといった特徴があるわけでもない。これが、国宝なのか。
そういえば、どうして国宝なんていうものを、セイメイが持っているのだろうか。
「んん? どうかしたか?」
「……いや」
それを考えたところで、もはやヤークワードには関係のないことだ。
剣を持ち、軽く振って……いつでも、斬れるように、それを見つめる。
「ヤーク!」
「ダメです、そんなの!」
仲間たちが、どうにかヤークワードを止めようとしている。しかし、彼女らはセイメイに止められ、動くことができない。
ヤークワードは、持った剣の刃を、じっと見つめて。
「因果を断ち切れば、その存在も、記憶も、記録もなかったことになる……つまり、俺が関わったすべてのものは、俺が関わらなかった事実に置き換わるのか?」
「さて、儂とてその剣を使ったことがあるわけではないからの。じゃが、おおよそはその考えで合っていると思うぞ」
「そうか……」
それを確認して、ヤークワードは目を閉じる。自分が生きた痕跡という痕跡は、すべて消えるのだ。
自分が生きていた証など、残らない。それが寂しくないかと言えば、嘘になるが。
だが、自分の存在が完全に消えることで、変わるものがあるのなら……
「ヤーク! ヤークが死んで、魔王ってのがいなくなったとしても……! ヤークがいなくなったら、私……!」
「けど、俺のせいで起こってしまったことが、全部なくなるっていうなら……」
「そんなの、あるわけ……」
「『呪病』事件」
すがるノアリに、ヤークワードは……自分が存在したことで起こった、大きな事件を告げる。
しかし、それを告げられても、ノアリにはなんのことだかわからない。
「なんで、ヤークがいなくなったら、あの事件もなくなるのよ……!」
「それは俺が、転生者だからだ」
以前、セイメイは言っていた。転生者は……ヤークワードのように、新たな命を作り出す転生者は、生まれるだけで『歪み』を引き起こす。
なにか、普段ならばあり得ないようなことが、起こると。それは、『呪病』事件……本来現れないはずの魔族が国内に現れ、事件の発端となった。
あれはきっと、ヤークワードが転生した際の『歪み』が原因で、起こったものだ。
「あの事件がなければ、まだ生きられた命はたくさんあった。あの事件がなかったことになれば、死んでしまった子たちも、死ななかったことになるかもしれない」
「ば、バカなこと……そんなの、確証はないじゃない! それに……私にとっては、知らない子供たちより、ヤークが消えるほうが嫌なの!」
それは、以前ヤークワードも同じようなことを言ったことがある。事件を解決するため、竜王の血を求め……それで、一人しか救えないと言われたとき。
選んだのは、ノアリの命。後は、他がどれだけ死のうと構わなかった。
結果として、犯人を倒したおかげで他の者も救えたが。
「それに……ミライヤの両親だって、死なずに済むかもしれない……!」
「え?」
次に起こったのは、『魔導書』事件。あれは、ビライス・ノラムがミライヤの家に眠る『魔導書』を狙い、ミライヤの両親を殺した。
その、ビライスに『魔導書』の存在を教えた物こそシン・セイメイ。セイメイ自身も転生者であり、ヤークワードの魂に引っ張られこの時代に転生した、と予想していた。
つまり、セイメイがこの時代に転生しなければ、ビライスが『魔導書』の存在を知ることもなく、ミライヤの両親が殺されることも……
「そ、れは……お母さんと、お父さんが……生き返る……?」
「そうだ。ミライヤも、それがいいだろ?」
「……はい。でも、ヤーク様を犠牲に、なんてダメです。それに、セイメイが『魔導書』の存在を教えなくても、ビライスが自力で『魔導書』の存在にたどり着く可能性だって、あるじゃないですか!」
両親が生き返るなら是非もない……が、そこにヤークワードの生死が関わるなら、話は別だ。
しかも、たとえヤークワードが消えても、ビライスが『魔導書』の存在を知る可能性がゼロになるわけじゃない。ただ、その手段が変わるだけかもしれない。
「あぁ、そうだ……エルフの森だって、燃やされることはない! ジャネビアさんも、エーネも、みんな殺されないんだ!」
「っ!」
「!?」
だんだんと、その声から余裕がなくなっていく……ヤークワード。その言葉の内容に、反応を示すアンジーとヤネッサ。
彼の言わんとすることも、そしてわかってしまった。
「魔王の復活の前兆、だから魔族は現れたんだ。その魔族が、ルオールの森林を燃やしたんだろ? だったら……」
「ヤーク!」
「魔族が出てこなきゃ、エルフのみんなも死なない……って、ことだろ」
最後まで、言い切ったその言葉に……アンジーもヤネッサも、息を呑む。
アンジーは、まだ故郷の惨状を確認したわけではない。ヤネッサだって、怒りのままに魔族を追いかけ、詳細は見ていない。
それでも、心にぽっかりと空いたものがあった。家族が、友達が、仲間が……いなくなってしまったという、穴が。
しかし……
「俺の存在がなければ、それもなかったことになる」
「……っ」
なにも、なかったことになる……ヤークワードの影響で起こったことも、それに巻き込まれて死んだ人たちも。
……ヤークワードと過ごした、思い出も。
「だ、だめよ! 許さないから……! そんなの……誰も、あんたの犠牲なんて、望んでない! ううん……好きな人に、消えてほしくないの!」
「そうです! それに、もし、お慕いしてるヤーク様がいなくなったら……わ、私も……!」
「……だから、その気持ちだって、なくなるんだよ」
どんなに喚いても、否定しても……それがヤークワードに関する感情である限り、ヤークワードが消えればその想いも消える。
ヤークワード・フォン・ライオスを好きだったという、気持ちさえも。
2人の少女の必死の叫びを、冷たく突き放して……ヤークワードは、己の首筋に、刃を突き立てた。
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