異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した

白い彗星

文字の大きさ
3 / 522
絶望の中の元英雄

第3話 暗闇の中のスタート

しおりを挟む


 ――――――


 コツ、コツ……


 静かな廊下に、靴の音が響き渡る。数ある部屋の前を通りすぎ、私は『熊谷くまがい』と書かれたネームプレートがかけてある部屋の前に立つ。

 心臓が、飛び出しそうなくらいにドクドク鳴っている。


「……ふー」


 軽く深呼吸。それから白い扉に手をかけ、横へとずらす。ガララ……と音が鳴るものの、なるべく音が鳴らないよう慎重に開き、入室。その後後ろ手で、そっと扉を閉める。

 抱えた花束を落とさないように、両手でしっかりと持ち直す。渇いた喉を、唾を呑み込むことでなんとか潤す。バクバクとうるさい心臓……胸に手を当て、そっと再び深呼吸。落ち着け、私。

 それから、ゆっくりと足を進める。

 病院独特の薬品の匂いが、鼻をつく。そう、ここは病院……その一角にある病室だ。

 私が足を進めた先には、一つのベッドがある。そしてそこには、一人の女性が横たわっている。腕には点滴を刺され、見るからに衰弱した、痩せこけた女性。

 目はうつろで、頬はこけ、肌も白くなっていて……健康時のそれとは程遠い。かすかに胸が上下しているのが、その人が自分で呼吸をして生きていることを証明していた。

 けどそれも、いつ人工呼吸器に変わるかわからない、危ういものだ。


「……来たよ、お母さん」


 その女性に、私は声をかける。目の前で弱っている女性は……私の母親だ。

 まだ耳は働いているのか、声の主を探すように、光の失った目を動かし、視線をさ迷わせる。私がそっと、体を近づけると同時に、動かすのもつらいであろう母の手がゆっくりと伸びていき……


「……あん、ず。よく、きたね……」


 ……ベッドの端に置いてあった人形を手に取り、優しく語りかけた。その表情は、まさに母が子に向けるものそのものだ。

 その人形は、私が小さな頃に大事にしていた人形だ。もう高校生だというのに、そんな昔のものを大事に残していて……今は、その人形を私だと思っている。

 私が大事にしていた人形に、「あんず、あんず」と私の名前を呼びかけ、嬉しそうに笑っている。本来ならばショッキングなその光景も、私にはもう見慣れたものだ。

 だから私は、ベッドの近くの棚に目を移す。そこに、持参した花瓶を置き、持ってきた花を差す。もうすでに一つ、花瓶はあり、そこに花も差されている。なのに私は、花と、持参した花瓶を毎回、そこに置く。


「お母さん、今日は調子よさそうだね。安心したよ」

「ふふ、あんずが、来てくれたから、ねぇ……その制服、にあってるよ」


 こうやって意思の疎通ができ、一応会話が成立するのも調子のいい証だ。お母さんが話しかけているのが私で、私が学校の制服を着ていたならば、それはさらに喜ぶべきことだ。

 お母さんは相変わらず人形に話しかけているし、私は制服ですらなく私服だ。私の頭だと思い込み人形の頭を撫でるその光景は、おそらく幼い私によくしていたものなんだろうと思う。

 それでも、今日はいつもに比べれば調子がいいのだ。


「今日はねえ、あことお父さんのお墓参りに行ってきたよ」


 花の手入れを終え、備え付けのパイプ椅子に座る。今日の出来事……あことお父さんの墓参りを、報告する。

 それを理解しているかはわからなくても、私は日々の出来事を語りかける。それが、きっと一番いいことだと思うから。


「あ、そうそう。駅前にクレープ屋が出来たんだって! お母さんが退院したら、食べに行こうよ!」

「そうねぇ、あんずは、昔から……まっちゃの、あいす好きだったもんねぇ……」

「あはは、やだなお母さん、アイスじゃなくてクレープだって! それに、抹茶が好きだったのはあこじゃん」

「そう、だったねぇ……そういえば、きょう、あこは一緒じゃあないの?」

「あこは……もう……あこ、は…………っく……」


 伝わらない会話に、もうあこがいない事実すら忘れているお母さんの言葉に、頬を冷たいものが伝う。ダメだ、泣いちゃ……ダメ、なのに。

 お母さんがこんなことになってしまったのは、私のせいだ。あことお父さんが死んでしまったのは、私のせいだ。だから、私が泣く資格なんてないのに……!


「ごめ……ごめんね……ぇ……」


 意識せず、私の口からは謝罪の言葉が漏れる。スカートを握る手にも、自然と力が入る。涙が目からこぼれ落ち、スカートを濡らしていく。

 せめて声をあげることは、しない。唇を噛み、声を押し殺し、涙を見せないためにうつむく。震える肩は、どうしてもおさまってくれない。

 本来ならば、ここに私がいること自体、許されないことなのかもしれない。それでも、私は……こうして、話しかけている。


「……ぐすっ。……また、来るね。お母さん」


 涙を拭い、席を立つ。そして、お母さんのその姿を最後に、私は病室を出て……


 ガラッ


「……なにを、してるの? あなた」


 ……病室を出ようとした直前、病室の扉が開き……そこには女性がいた。目の前に立つ女性が、私の顔を見た瞬間、私に対して軽蔑ともとれる瞳を向ける。


「あ、その……わた、し……」

「もうここには来ないでって、言ったわよね? それに、あの花も……なんのつもり?」

「わた、わたし、は……ただ、お母さんに、元気になって、ほしくて……」

「元気? 姉さんがこうなった原因はあなたなのよ? 罪滅ぼしのつもり? ただの自己満足でしょう」


 目の前の女性は、鋭い言葉を私に浴びせてくる。それに対して、私はなにも言い返せない。怖い……いや、それ以上に、それが全部事実だからだ。

 これは単なる、私の自己満足で……だから、間違いはない。


「早く出ていって。不愉快だわ」

「……失礼、します」


 目の前の女性……お母さんの妹、私にとって叔母となる人物に頭を下げてから、私は部屋を飛び出した。直後、病室から、おそらくゴミ箱になにかが捨てられる音が聞こえた。

 それは多分、私が持ってきた花と花瓶だろう。毎回、私が花だけでなく花瓶も持参するのは……叔母さん達の花を抜き取って自分の花を差すのが、忍びないから。

 そして次に来たとき、決まって花瓶も花も捨てられているから。

 ……お母さんをあんな状態にした原因である私は、叔母さんに……ううん、親類の人のほとんどから疎まれていた。大抵は陰口を言う程度で、叔母さんのように攻撃的な人はまれだけど。

 私は……私が、お母さんをあんな状態にして、あことお父さんを死なせてしまった。他にも、迷惑をかけた人はいる……たくさん、いる。もうこの世界で、私の味方はいない。

 だからお母さんのお見舞いをしているのは、単なる自己満足に違いないのだ。少しでも、自分のしてしまった罪を悔いたくて……


「……明日も、来よう」


 叔母さんには、以前もう来るなと言われた。いや、それどころかいつもだ。なるべく、会わないように気を付けてはいるのだけど、こうして鉢合わせしてしまうことがある。

 そして、今日も言われた……わかっていたことだ。だけど、私にとってお母さんはお母さんだ。たとえ叔母さんでも、これだけは譲れない。

 だから、明日も……










「熊谷様ですか? 昨夜お亡くなりに……ご家族の方には、連絡したはずですが……」


 お母さんの容態が急変し、亡くなったと聞かされたのは……後日、病院の受付の人からだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...