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英雄vs氷狼vs……
切れた気持ち
しおりを挟む「かっ……」
打ち込まれた拳が、腹部にめり込んでいる。一撃が、重い……体内のものが、逆流して出そうになるのを、必死に押さえる。
くっ……油断した、わけじゃない。体の重たさを言い訳にするわけじゃないけど……それでも、体から力が抜けていくのを感じている。力が抜けるのに体が重くなるとは、不思議な文章だ。
血が大量に抜け、体内のものが一定なくなり体重は軽くなったはずだ。そういう問題で考えるなら、体が重くなるなんて考えられない。でも、人間の体ってのは残念ながらそんな単純にはできていない。
「うっ……ぁ……!」
拳を打ち込まれ、そのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。受け身を取ることもできず、背中から地面に打ち付けられる。く、痛い……
それだけじゃない。血が足りない状態で激しく動き、拳を思い切り打ち込まれてしまったせいで、意識がもうろうとしてくる。くそ、目の前がチカチカする。体もだるい。
けど、立ち上がらないと。立ち上がって、構えろ……!
「へぇ、まだ立ち上がるんだ」
私の姿を見たケンヤのその言葉は、感心しているようにも、あきれているようにも感じる。どちらかと言えば、あきれている感じが大きい。
ここまでしても、まだ折れない私を、心底あきれた様子で見ている。
「そこまでぼろぼろになって、なにがそこまで……」
なにがそこまで、私を動かすのか……そう言われた気がして。
そんなの、決まっている。私からすべてを奪った、この世界への復讐だ。私から家族も、信頼も、なにもかもを奪った。この世界に復讐することだけを考えて、生きてきた。
それを、目的の邪魔だからっていう理由で……それも、同じ世界の人間に、殺されてなんかなるものか。
「……っ」
「その殺意……それに、なにを犠牲にしてでも成し遂げたいことがあるってその顔。ま、気持ちはわからないでもないけどな」
震える足で立ち上がり、震える左手で『呪剣』を持ち直す。ケンヤがなにか言っているが、よく聞こえない。耳も、やられたか?
「くっ……!」
直後、魔力の塊が無数に飛んでくる。ケンヤが私に向けて放ったものだ。魔力の使えない私は普段ならば走って回避するところ……だけど、足に力が入らない。
なので、持っていた『呪剣』でそれらを防ぐしかない。飛んでくる魔力の塊を、剣で弾く、弾く、弾く……
「うっ!?」
しかし、剣をそんなまともに使えない私ではそれらすべてを捌くことなんてできず、逃した一つが左肩に当たる。
その衝撃で、左手に持っていた剣が落ちる。ヤバい、ヤバい……!
……無数の魔力の塊が、体に衝突する。
「ぐ、ぁあああ!」
防ぐ術もなく、情けなくも無様に当たり吹き飛ばされてしまう。受け身も失敗し、地面に衝突。
左目が使えないだけで、右腕が使えないだけで、こんな……
「勝てないよ、キミじゃ俺には。思いの強さが違う」
そんな私を見て、ケンヤが言う。なにも、知らないくせに……思いの強さだって? 勝手なことを……
私は、私の復讐心で動いている。それを忘れたことなんてない。あのつらい現実を、お母さんをお父さんをあこを思い出せば、私は何度だって……
「キミの原動力がなにかは知らない。けど……違うんだよな。これまで"視てきた"ものとは、明らかに迫力とか、殺意とか、なにもかも」
「視て……きた……?」
「あぁ、視てきただけじゃ迫力も殺意も感じられないか。それは……俺の主観だな、うん」
なにを……言っているんだ? みてきた? いや、それもだけど……違う、だって?
なにが、違うっていうんだ。迫力も、殺意も、なにも変わらない。私がこの世界に抱いている……
「憎しみはなにも……変わってない……!」
「……? 憎しみってのが、なにに対してかは知らないけど……本当に、変わってないと? そう、言い切れるか?」
……そうだよ、憎しみはなにも変わってない。この世界はお母さんをお父さんを、あこを私から奪って……
「……!」
思い返して、気づいた。いや気づいていた。だってユーデリアにも指摘されて、それこそが決裂の原因となったんだから。
私はこの世界を憎んでいる。憎い、それは間違いないはずだ……でも、以前ほど憎しみを感じないのは、なんでだ?
時間が憎しみを和らげた……なんてことはあり得ない。私にとって、その憎しみだけが原動力だったんだから。そうだ、問題は別のところにある……妹だ。死んだと思っていた、というか元の世界で死んだ妹が、この世界で生きている。
そう、生きているんだ。その事実が……私の心を、鈍らせている。憎しみのみを原動力にしている私にとって、その憎しみの心が揺らいでしまったら、それは……
「わた、しは……」
結局は、ユーデリアが言っていたことの……その延長でも、私はうまくやれていたかわからない。この国を見逃したとして、本当にこの先これまでと同じ事をやっていけるのか?
あこが生きていたことを知って、声を聞いて、顔を見て……今まで張り詰めていた気持ちが、切れてしまったんじゃないか?
気持ちが……今の、私には……?
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