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最期の英雄
話をしよう
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「ーーーーーー!」
二人の少女が、そこにいた。一人は地面に倒れ、もう一人は寄り添うように。倒れている少女を、もう一人は必死に揺らし、呼び掛ける。しかし応対はない。
無視をしている、のではない。応える力が、ないのだ。倒れている少女は見ただけで重症とわかるほど、ひどい有り様であった。全身が黒く染まっている……黒、すなわち闇だ。そこに、あったはずの存在は感じられず、闇の中に呑み込まれてしまっている。
指一本さえ、動かす力は残っていない。少女はこれまでの戦いでぼろぼろだ……だがそれ以上に、彼女の体を黒く染めている力、呪術は彼女の体を蝕んでいく。呪術の力に呑まれた者は数いれど、ここまで呪術の力に侵食された者は過去にもいない。
普通ならば、そもそも呪術の力が発現した瞬間に体が耐えられない。耐えられたとして、もって数日の命だ。呪術の力は使用者を容赦なく蝕み、最後は存在ごと使用者を消滅させる。それは、一部の呪術使いを除き等しく訪れる運命だ。
呪術の力を使いこなしていた者は多くないが、その力にもっとも耐え、そしてもっとも振り回されたのはこの倒れている少女……熊谷 杏であろう。彼女は自身に宿った呪術の力に振り回され、それでもその力を利用し、自身が呑み込まれるのも構わず使い……最終的に、全身を呑まれた。
黒く染まるというのは言葉の表現でしかなく、そこには杏という存在はもはやない。残っているのはただ、杏の意識がかすかに残っているのみ……しかし、それももうじき消えてなくなる。
そして今、杏の足から、消滅の力が始まっていく。呪術の力を使った者は、最後には自らもその力に呑み込まれる……すなわち消滅だ。
「ーーーーーー!」
それを見て、寄り添う少女……熊谷 あこは、いっそうに声を張り上げる。呼び掛けることで、杏の意識を繋ぎ止めようとしているのだろうか……それは、無駄なことだ。そのようなことで消滅の力は止められるはずもないし、意識も剥がれ落ちていくのを止められない……
『……アンズ』
……意識が剥がれ落ちていく。杏の中に、どこからともなく声が聞こえる。それは、杏にとって聞き覚えのある……しかし聞こえるはずのない、声だ。
目の前で自分を揺すっている人物? 違う。現実的に考えれば、目の前の人物の声が耳に届いた、それだけだろう……だが、響くのは違う人の声。意識がぼんやりした中でも、それは判断できた。
『アンズ』
もうこの世にいないはずの人間……杏が、自分の手で殺した人間の声が、聞こえる。それは耳に届く声ではない……言ってみれば、頭の中に声が響く。そのような感覚だ。
聞き覚えのあるこの声は、杏の頭の中に形となって現れる。声の人物は……
『……エリシア』
エリシア……かつて『魔女』の異名を持ち、杏たちと共に魔王討伐の旅に同行した、勇者パーティーのメンバー。あの厳しい戦いを生き残った一人だったが、後に杏本人に殺された。
そのエリシアの声が、なぜ頭の中に聞こえるのか。なぜ姿が見えるのか。もしやこれは、杏の消え行く意識の中で最後に描いた、都合のいい想像ではないのか。
『エリシア……どうして、ここに?』
頭の中だからだろうか。体が動かせず、消滅の力に呑まれつつある杏は、しかしエリシアと対面する。声を出すことができる。頭の中の出来事に、外傷は関係ないのだ。
エリシアがなぜここにいるのか、どうしてエリシアなのか……その問いは、目の前で笑みを浮かべるエリシア本人によって答えられた。
『当然だよ。だってアンズ……ずっと、私と一緒にいたじゃない』
当然だと、エリシアは言う。それはもしや、この世界で初めて友達になった相手だからとか、なにかそういう、大切な存在だから、とうっすら感じていた。が、現実は違う。
エリシアの言葉は、すぐには理解できない。ずっと一緒にいた、なんて……死んだ人間と、どうやって一緒にいろと言うのだ。エリシアの死体は、マルゴニア王国でユーデリアが降らせた、雪の下だ。
まさか魂が一緒だったとか、そんな超常的なことを言うんじゃないだろうなと……そう、思ったとき。杏は気づいた。確かに、エリシアとずっと一緒にいた……正確には、エリシアの体の一部と。
『この、目……』
現在、杏の左目は杏のものではない。この左目は、元々はエリシアのもの。杏は彼女から、左目を抉りとり、それを食べた……どういう仕組みか、杏の左目はそれ以降、エリシアの左目となったのだ。
エリシアの左目には魔力が宿っており、エリシアが死んでもなお魔力がなくなることはなかった。エリシアの持つ魔力、その半分の力が、杏に受け継がれた……魔力だけでなく、呪術の力も。
エリシアは、幼い頃呪術の力を発現させた。以来、その力を自ら封印し使うことはなかったが……あがエリシアの左目を食べた際、魔力と共に呪術の力も受け継いでしまった。
『そう。私の左目とずっと、一緒だったでしょ。だから杏の中に私がいても、なんの不思議もないでしょ』
『……エリシア本人、なの? 魔力のように、左目に残った残留思念みたいなやつ? それとも、ただ私が自分で見せている妄想?』
『ざんりゅう……ってのがなんだかわからないけど、さあ、どうだろ』
ここにエリシアがいる理屈はわかった。だが今目の前にいるエリシアは、エリシアの意思を持ったエリシアなのか。それとも最期の瞬間というやつに、左目の元々の持ち主であるエリシアの姿を見てしまっているだけのこれはただの妄想なのか……
その答えは、エリシア本人もわからないのか、とぼけているのか。答えは、くれなかった。そして……
『じゃあ、アンズ……話を、しよっか』
アンズの体が、意識が消滅しつつある中で……そんなことを、エリシアは言い放った。
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