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死者と女神
光の十字架
しおりを挟む晶が呼び止めた女性は、いきなり現れ肩をつかんだ晶に対し何も言わず、なんの反応もしない。
そう、なんの反応もなかったのだ。
返事がなく表情を変えないどころか、まるで自分の邪魔をしている者などいないかの様にそれまでと変わらぬ足取りでふらふらと前に進んでいった。
結局は彼女もまた人形達と同じであって、晶の求める本物の人間ではなかった。
彼女の肩をつかんでいた晶の手がだらりと力なく落ちると、彼女は変わらずふらふらと歩いて行った。
晶はとっさに去っていく彼女に手を伸ばし再び声をかけようとするが、その事の無意味さを思い出し力なくてを下ろした。
そしてその場に頽れた。
その後、何をすればいいかわからず、また何もする気が起きない晶は去っていく彼女の背を眺めていた。
(彼女は何処に向かっているんだろう、何処かいく場所があるなら俺もついて行こうかな)
徐々に遠くなっていく彼女の背を見ながら、ふとそんな事を考える。
それがなかなか良い考えに思えてきた晶はこうしてはいられないと立ち上がり、彼女の後を追うために足を踏み出す
が、その足も数歩と歩かないうちに再び止まることとなる。
突如空から光が降ってきた。
今までなかった出来事に晶は足を止め空を見上げる。
その光は降り注ぐ様な自然の光ではなく、光の粒といえる小さなものだった。
光の粒は徐々に大きくなっていきその輝きも強くなっていく。
しかし、ゆっくりと眺めているわけにはいかない。
その光は晶に向かって落ちてきているのだから。
「…ッ!くそっ、なんなんだよっ。」
晶は降ってくる光を眺めていたが、その光が自分の方に降ってくるとあってはそのまま眺めているわけにはいかない。
光から少しでも離れるために後ろに振り返り自分が来た方向へと全力で走る。
この1秒を争う緊急事態においてわざわざ後ろに振り返るなどという時間の無駄をおこなったのには当然ながら訳がある。
晶はこの場所にそう長くいたわけではないが、光が降ってくる事などなく異常な事であった。
現在この場所において起こっている異常は何も光の事だけではない。
それは他でもない晶本人である。
この場所には意思が無く列に並んでいる人形だけであった筈だ。
そこに自分のような意思を持ち勝手に動き回る者がいたのなら、なんらかの対処があってもおかしくはない。
ふらふらと歩いていたハグレもいたが、それだって晶がここに来たからおかしくなった可能性もある。
なんにせよ、晶が狙われていてその方法としておこなわれたのがあの光である可能性は非常に高い。
ならば、先程までいた彼女を巻き込むわけには行かない。
もちろん一瞬でそんなことを考えたわけではないだろうが、晶は本能とも呼べるものでそう判断した。
そうして必死になって走る晶の後方に遂に光が落ち、それによって大きな音と衝撃が起こった。
その衝撃によって転んでしまった晶は少しの間呆然としていると、光のことを思い出し弾かれたように後ろに振り返った。
「な、なんとか、生き残ったか?いや、そもそもなんだよあれ。」
晶はゆっくりと立ち上がり、光の落ちたところを見る。
するとそこには巨大な十字架の形をした光が地面に突き刺さっていた。
十字架の大きさは10mを超えているのではないかと思われる。
よくこの大きさのものが落ちてきて怪我しなかったなと晶は感心していると、ふいに直前まで一緒にいた女性のことを思い出す。
「そうだっ、あの人はどうなったんだ」
慌てたように辺りを見渡すがそれらしき影はない。
巨大な十字架を挟んでちょうど反対側にいるのだろうと思いそちらに向かって歩いていく。
そんな事いちいち確認する必要などないのだが、なぜか晶はそうしなければならないような嫌な感じがしていた。
晶は十字架の根元まで行きその先端を見上げると、改めてその大きさに恐怖を感じた。
もしかしたらこれが自分の上に落ちてきたのかと思い、身が竦みそうになるが恐怖を押し殺して確認を続けようとしたところで、途端に十字架の輝きが増した。
「なんだよ!まだなんかあるっていうのか!」
晶はその場を跳びのき十字架から目を離さないようにして距離を取る。
輝きはさらに増していき、もはや眼を閉じても光で埋め尽くされる程になっている。
しかし、その輝きは途端に消滅した。
閉じていた眼を恐る恐る開けるとそこには既に十字架は無く辺りも暗くなっていた。
「消えた、のか?」
無くなった光の十字架を疑問に思いつつも、十字架のあった場所へと近づいていくが、やはりそこには何もない。
いや、よく見れば十字架のあったはずの地面にナニカがあった。
──やめろ
あの十字架はなんだったのか、それを知る手掛かりになればと思い近づく。
──見るな
地面にあるナニカはいくつかに分かれていて、全体的に黒く所々が赤い塊だった。
──ダメだ!それはっ…
それは人間だった。
そう、人間だったものだ。
既に生きていた頃の面影はなく、人間だったというのもおそらくはそうであろうというものでしかない。
そして、その場にいた人間は晶の他には一人しかいなかった。
「?……ッ!…ま、さか」
その考えに至ったのだろう。晶は弾かれたように顔を上げ、首がもげるのではないかという勢いで何度も周囲を確認する。
しかしそこには自分以外誰もいない。
自分が追おうとしていた女性すらも。
晶はその場に座り込んだまま暫くの間虚空を見続けていた。
無理もない。突然こんな何処ともしれない空間にいて、直前までの自分の状態と今の状態の差に混乱し、周りにいたものに尋ねればそこにいたのは不気味な人形。そこから逃げ出すが周りの景色は変わらず、やっと人に会えたと思ったらそれもまた人形だった。そしてその人形さえも空から降ってきた光る十字架に潰された。
晶はその光景を見てやっと理解をした。
あの者達は人形などではないことを。
あの人形の様な者は全てが本物の人間だった。そんなことは晶も既にわかっていた。彼らがどんな存在でなぜこんなところにいるのかを。
ただ、その事実を認めたくなかっただけで。
それを認めてしまえばもう目を背けることができなくなってしまう。
──自分が既に死んでいるという事実から。
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