外道魔法で異世界旅を〜女神の生まれ変わりを探しています〜

農民ヤズ―

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女神探しの旅

聖女との対話

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「神様は信仰してないけど、剣の女神は好きだな」
「あら? そうなのですか?」

 自身が剣の女神の力を授かっているからか、アキラの言葉に意外そうにしながらも嬉しそうな様子を見せるシスター──改め聖女。

「これでも剣士だからな。夢の中で女神様に稽古をつけてもらったこともあるよ」
「ふふっ、それは将来有望ですね。ですが、私しかいないとはいえ、教会でそのようなことを言うのはやめた方がいいですよ」

 実際には夢ではなくあの世というべき場所なのだが、それでも女神に会った、などと言うのは世迷言の類であり、敬虔な信徒を抱えている教会でそんなことを言ってそれを聞かれでもしたら、とても大変な目に合うことになるだろう。

 だが、本来であれば『敬虔な信徒』であるはずのアキラの目の前にいる聖女は、だがアキラの言葉に怒ることはなく、穏やかに笑って流している。

 そんな聖女の様子にどことなく違和感を覚えたアキラだが、なぜそう感じたのかを理解することはできず首を傾げるだけだった。

 しかし、わからないならそれでいいか、とアキラはすぐに違和感に見切りをつけることにした。

「シスターってどんなことしてるんだ? 十歳の新人式と十五の成人式の時くらいしかまともに行ったことがないからろくに知らないんだよな」

 正確に言えば他にも何度か教会に入ったことがあるのだが、騒ぎを起こしてしまったあの新人式の時以来、アキラはしっかりと教会に行くことはなく、せいぜいがちらりと見るだけだった。

 故に、なんとなくのシスターや司祭の姿は思い浮かぶが、それは本当になんとなくであってはっきりとは思い出せなかった。

 まあ、日本人であった頃の晶にとっては教会など縁遠い場所であり、生まれ変わってからのアキラにとっては単なる建物の一つに過ぎなかったので仕方がないかもしれない。

「そうなのですか? シスターは基本的に司祭の補助と神殿内の清掃。定期的な炊き出しが主な仕事ですね。とは言っても、その半分ほどは貴族の子女が行儀見習いとして成人するまでの間いるだけということも……え?」

 聖女はアキラの問いに答えるために話していたのだが、不意にその言葉を止めて疑問の声を漏らした。

「? どうした?」
「え? えっと、あの……今、成人式の時に教会に行ったと、言っていませんでしたか?」

 そういった聖女の表情と言葉で、アキラは目の前の女性が何を考えて何を疑問に感じたのかを理解した。

「まあ何を考えているかはわかるけど、俺は一応成人してるぞ。これ、組合証だ」

 そして苦笑いしながら懐にしまっていた冒険者組合の組合証を差し出し、それをおずおずと受け取った聖女は訝しげな表情を浮かべなが視線を手元の組合証へと落とすと軽く目を見開いた。

「え、じゃあ本当に?」
「生まれつき成長が遅くてね。今でも子供に間違われるよ」
「あ、その……すみません」
「ああ違う違う。責めてるわけじゃないって」

 アキラの言葉を聞いて、皮肉を言われたのだと判断した聖女は、さっきまでの自分の言動を省みて、そう言われても仕方のないことだとアキラへと謝罪をした。
 だがアキラとしては皮肉など言ったつもりはなく、勘違いさせるようなことを言ってしまったことを少し反省しながら聖女へと声をかけた。

 それでもどこか困ったような表情をしている聖女。
 そんな彼女を見て話を逸らすために話題を探したアキラだったが、ふと気になることが出てきたのでちょうどいいと聞いてみることにした。

「でも、一つ確認しておきたいんだが……成人男性を個室に連れ込んだことにならないか? シスターがそんなことをしていいのか?」
「あ! ……で、ですが、それはその……バレなければ平気です!」

 やはり聖女が、いや、聖女でなくてもシスターが成人男性を密室に連れ込むのはご法度なようで、アキラの目の前にいる女性は慌てた様子を見せるが、それも僅かな時間だけで、すぐに開き直って渾身の笑みを浮かべて言った。

「それでいいのか聖職者」

 そんなイメージしていた聖職者とはだいぶ違う聖女の発言に、アキラは呆れを見せながら呟いたが、それを聞いていた聖女は変わらずに笑っている。

「いいんですよ。神様というのは寛容な存在ですから。それに、教会に所属するからと言って結婚を認めていないわけではないのです」

 聖職者と言ったら結婚不可だと思っていただけに、アキラは聖女の言葉に驚きを顔に出してしまった。
 それを見ていた聖女はクスリと微笑むと、だが次の瞬間にはわずかに憂いのある表情へと変わった。

「それにしても、冒険者ですか……」
「最初に剣士だって言ったと思うけど?」

 確かにアキラは最初に剣士だと自己紹介をしていたが、聖女はそのことを子供のごっこ遊びだと思っていた。そうでなくとも、職業として剣を振っているわけではないだろうと思っていた。今となってはそれは完全に間違いであったと判明したわけだが。

「ええまあ、聞きましたが……大丈夫ですか?」
「どういう意味の大丈夫なのか若干気になるが、ま、そっちは本業じゃなくて友達に誘われたからだけど。本業は商人の方だから、そんなに危険なことがあるわけでもないよ」
「あら、商人だったんですね」

 それを聞いて少し安心した聖女。商人が冒険者として登録するなどの複数の組合に登録することはそれほど珍しくなく、冒険者ではなく商人に力を入れているのであればそれほど危険はないかとそっと胸を撫で下ろした。

「一応ね。あまり全力でやってるわけじゃないけど」
「なんのお店をやっているのですか?」

 相手が店をやっていると聞けば、その内容を聴きたくなると言うのが人情というもの。ましてや今はそう言ったことを話すにはちょうどいい雑談の時間だ。聖女がそう聞くのも不思議なことではなかった。

 だが、アキラとしては自身のやっている店をそう大々的に教えてもいいものかとわずかな逡巡を見せた。
 アキラとて、自分がやっている店が世間からどう思われているのか分かっていないわけではないし、聞いた相手が受ける印象も理解していた。
 だからこそ話すかどうか迷ったわけだが、それでも最終的にアキラは話すことにした。

「本人の望んだ夢を見せるっていう店だ。ああ、『夢を見せる』と言っても如何わしい系の店じゃなくて、文字通りの『夢』を見せるだけだ」
「それは、教会内でも噂になっている……」

 心持ち表情を固くしたアキラが店について話すと、聖女はぴくりと体を震わせてわずかに表情を険しくした。

「噂になってる?」
「ええ。夢を見せるということは精神に干渉する外道魔法の領域です。なので調査に乗り出すべきでは、と。ですが、どういうわけかなかなか話が進まずにいたそうなのです」
「魔術具によって行なわれる限定的な精神作用なら法には触れないはずですよ。事実、店の申請は通っています」

 聖女の言うことは正しいが、同時に、アキラの言うことも正しい。
 外道魔法の使い手は国の管理の元でなければその使用を許されていないが、使い方を限定された魔法具であればその仕様は認められている。

 まあそうは言っても、外道魔法の込められた魔法具などを使う店をやろうなどと思うものはそうそういないし、いたとしても簡単に審査が通るわけではない。
 にもかかわらずアキラはすんなりと店を開くことができたのは、アキラの後ろ盾として店の場所を提供した高位の貴族であるガラッドの影響である。
 いや、影響というと語弊があるか。アキラが店を開けたのはそんな間接的なものではなくもっと直接的なもの、店を開くのに多少の問題があると分かっていたガラッドが裏で手を回していたからだ。
 ガラッドとしては、なんか面白そうな遊び場を潰されるのが嫌だったからと言う理由だが、それでもアキラのために動いていたと言うのも理由の一つではある。

「話が進まないことについては?」
「そっちは権力者と知り合いなので、まあ気を利かせてくれたんでしょうね」

 ガラッドは手を出したことをアキラに言っていなかったが、そのくらいを察する程度にはアキラも愚かではない。
 教会にまで手を回していたとは知らなかったが、自分の店のために動いてくれたその知り合いの権力者の姿を思い浮かべてアキラはフッと笑みを溢した。

「それにしても、望んだ夢ですが……」
「興味ありますか?」
「……ないわけではありません」
「なら、一度着てみてください。個人的に調査をする、とでもいえばすんなり来れるんじゃないか? あ、これ優待券だけど渡しておくよ」

 それは仕事として教会が来ると厄介なことになりそうだが、聖女一人であれば危険も減るだろうと言う考えがあった。
 が、それだけではなく、普通に仲良くなりたいから、と言う思いからでもあった。
 まあ、その仲良くなる理由が自分の思い人で探し人の関係者、もしくはお気に入りであるかもしれないから、と言う理由だが。

「なんだかあなたは不思議な方ですね。見た目と中身があっていない、というのもそうですが、どことなく安心する気配をしています」
「そうか? ……実はこれでも神様なんだ。そのせいだろ」
「確かに、それならば私の感じてる安心感も納得ですね。ですが、私しかいないとはいえ、教会でそのようなことを言わない方がいいですよ」

 冗談めかしながらも自身の正体を告げるアキラ。
 だが当然ながらそんな戯言は信じてもらえず、聖女は最初に女神に会ったと言った時と同じようにふふっと微笑見ながら叱った。
 その姿はやはり神様を馬鹿にされた、などと思っている様子はなく、本当に『聖女』なのだろうかと疑ってしまうほどだった。

「さて、そろそろおしゃべりを終わりにしましょうか。いささか名残惜しい気持ちはありますが、流石に私もこれ以上休んでいると何か言われてしまいそうなので」

 アキラ達がこの部屋にきた当初の目的は、アキラに教えを説くというものだった。
 実際のところはそれはアキラを信心深すぎる信徒達から助けるためだったのだが、教えを説くにしてもこれ以上時間をかけていてはおかしいと判断されかねない。

 なので、聖女はそう言うと立ち上がり、退出を促すためにドアへと進んでいった。

「そうか。じゃこの辺で……そういえばさ」
「はい?」
「今更ながらに名前を聞いてないなと思ってな。俺はアキラだ」
「そういえばそうでしたね。……アーシェです。またお会いしたらよろしくお願いしますね」
「ああ。じゃあ、またいつか」

 そうして言葉を交わすと、アキラは部屋を出て行き、聖女に見送られて教会の外へと出て行った。

「気晴らしのつもりだったけど、まさかだったな」

 アキラは聖女と思わぬ遭遇を遂げた教会を見ながら呟くと、一度大きく深呼吸をしてから振り返って自宅兼店へと戻っていくことにした。
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