外道魔法で異世界旅を〜女神の生まれ変わりを探しています〜

農民ヤズ―

文字の大きさ
157 / 164
異世界巡り

母親との再会

しおりを挟む
 アキラは自宅兼店に戻ってから数日の間はおとなしくしていた。大人しく、と言っても特に騒ぎになっていないだけで、普通に店の営業は続けていたし、アキラが爵位を上げるために何かないかと方法を探したりもしていたが、やっていたことといったらその程度のことだった。

 教会側と話をつけてからは、外道魔法改め魂魄魔法を使えるからといって何か難癖をつけられることもないし、いまだに監視は続いているものの平穏な日々が続いていた。

 もっとも、アキラとしてはアトリアとの結婚のためにできるだけ急がないといけないにもかかわらず、急ぐことができず周囲の状況が変わらずに安定している、という状態に若干苛立ちを感じていたが。

 アキラがすぐにアトリアと婚姻を結ぶ方法がないわけでもない。だが、その方法はアキラにとって悩ましいものだった。

 その方法を行うかどうかをこれまで何度もアキラは考えてきたが、やはりその選択をすることだけは——

「主様。お客様がお越しになられました」

 と、そうアキラが考えたところで部屋のドアを叩く音が聞こえ、その後アキラに客がやってきたことを知らせる声が続いた。

 その声を聞いてアキラは顔を上げるが、その表情は訝しげなものだった。

「客? ……誰か来るって知らせはなかったよな?」

 今のアキラは多少強引な方法を使ったとはいえ、男爵位を持っている貴族だ。
 にもかかわらず、なんの事前の連絡もなしに誰かがやってくるなど、普通ではあり得ない。
 それが高位の貴族や親しい者であればわからないでもないが、アキラにそんな誰か訪ねてくるような付き合いなどない。

 あるいは王女であるアトリアならば身分的にも親交的にもあり得るかもしれないと考えたが、規則や礼儀を重んじているアトリアであれば、当日であろうとも事前の連絡の一つくらいはあるはずだろうと考え直した。

 だがそうなると結局誰がやって来たのかわからず、アキラは首をかしげるしかなかった。

「はい。その予定はありませんでした。ですが、そのお客様というのが主様のお母君を名乗るお方でして……」

 本当でしょうか、とでも言いたげな声音で問いかけてきたレーレではあったが、アキラがその問いに応えることはなかった。

 それはアキラがその言葉を無視したから、なんて理由ではなく、ただ単に予想外の言葉すぎて反応することができなかったからだ。

「……。……っ!? か、母さんが? ここに? え、家を出たのか?」

 そう言いながらアキラはガタリと音を立てながら立ち上がり、机から身を乗り出しながら扉の向こうにいるレーレへと問いかけた。

 アキラの反応は母親が来たというだけにしては随分と過剰なものだ。
 年頃の少年が独り立ちをしたところに突然母親がやって来たのだから驚くのも無理はないかもしれないが、それでも過剰なものだと言えるだろう。
 あるいはサキュバスなんて存在を雇っていたり、少しいかがわしくも思えるような店を営んでいることも息子としては母親に知られたくはなかったかもしれないから、アキラの反応としてはおかしいものではないかもしれない。
 だが、アキラが驚いたのはそんなこと——母親がここにやってきたことが理由ではなく、そもそも母親が家を出たことに対しての驚きだった。

 男に半ば無理やり子を孕ませられ、心を病んだアイリスは、自身の持っていた屋敷に戻ってからろくに外に出ることはなかった。
 ずっと部屋に閉じこもり、ベットの上で日がな一日ただただただぼーっとしていた。

 そんな状態は『晶』が『アキラ』としての意識を思い出し、どうにかしようと行動した結果、部屋の外に出て普通に食事をしたり会話をしたりするようになったし、商会としての仕事もするようになった。

 だが、部屋からは出るようになっても家から出ることはほとんどなかった。
 あるとしても自宅の庭を歩いたり、昔アキラが教会相手に騒ぎを起こした際に文句を言いに行った時くらいなものだった。
 それ以外はほぼ屋敷に引きこもった状態であり、アキラとしてもそれも仕方ないと思っていたのだが、どういうわけか今回アイリスは家を離れ、街を離れ、アキラのいる王都までやってきた。
 そのことに驚かない訳がなかった。

「え、いえ、えっと……母親と名乗られる方がお越しになられたのは事実です」

 しかし、アキラの家の事情を知らないレーレとしてはアキラの言葉が意味するところを完全に理解することなどできず、訳がわからないながらただそう返すことしかできなかった。

「すぐに行くっ!」

 アキラはそういうなりすぐに足を踏み出し部屋の外へと向かうが、途中で足をもつれさせて転びかけてしまう。
 普段はそんなミスなどしないのだが、それだけ今の状況に驚いているということだろう。

「母さんっ。……本当にこっちに来たのか」

 そうしてアキラはレーレの案内を受けて母親の待っている応接室へと向かっていったのだが、そこには本当に自身の母親であるアイリスが存在していた。

「ふふっ。ええ」

 数年とたっていないのだから当たり前といえば当たり前ではあるが、以前と変わらない見た目をした母親の姿を見て、アキラは驚きのあまり呆然と声を漏らし、アイリスはそんなアキラを見て優しげに笑った。

「ええってそんな軽く……あー、まあとにかく座って……るからお茶とかなんかださせるからちょっと待ってて」

 だが、そんな風に笑っている母親とは違い、アキラは内心で混乱したままだ。
 それこそ、すでに座っていたアイリスに席を勧めてしまう程度には慌てていた。

 そうして慌てながらもアイリスを歓迎するための準備を進めていくアキラ。
 アイリスは慌ただしくも自分のために動いてくれている息子のことを変わらず優しげな目で見ていた。
 そうしてアキラが満足いく程度に準備が整った後、アキラとアイリスは向かい合って座ることとなった。

「まさかこっちに来るとは思わなかったよ」
「そうね。私自身でもこんなことをするなんて思わなかったわ。いっぱい頑張ってるみたいね」
「ああまあ、うん。それなりにはね。爺さん達の伝手もあって、運にも恵まれて、なんとかやってこれてるよ」

 だが、そうして向かい合ったにもかかわらず、アキラの喋りはどこか薄っぺらいものだった。
 もちろん喜んではいる。だが、それと同時に何か後ろめたさもあるような、言わなくてはいけないことを隠している子供のような、そんな感じだ。

 だがそれもわずかな間だけで、話をするのだと覚悟を決めたアキラはアイリスから若干視線を逸らしながら口を開いた。

「——あー、そのうちこっちから会いに行くつもりだったんだけど、ごめん。ちょっとなんか色々あってさ、なかなか時間が作れなかったんだ。この間も別の国に出てたし……」

 以前にドワーフたちの国に行くときに、もう少ししたら母親に会いに行ってみよう、なんて考えたことがあったアキラだったが、一度今の状況を含めて話をする必要があるだろうと思いつつも結局その後実家に戻ることはなかった。

 アキラが王都に来てから今に至るまで、普通ではないような色々な状況の変化があり、教会関連で炊き出しをしたときなんかは協力してもらいもした。
 にもかかわらず手紙でのやりとりだけで会いにいくことすらできていなかったことに、アキラは罪悪感を覚えていたのだった。

「アキラ。あなたは、今が楽しいかしら?」
「え? ああうん。まあそれなりには?」

 しかしアイリスはそんなアキラの罪悪感の込められた言葉への答えを返すことなくアキラへと問いかけ、アキラは突然そんなことを聞かれたせいで中途半端な返答を返してしまった。

「でも、なんだってそんなことを?」

 脈絡のない母親の言葉にアキラは首を傾げながら問い返したが、アイリスはまたもその言葉に応えることはなく言葉を紡ぐ。

「ねえ、あなたの好きなようにしていいのよ?」
「……好きなようにって、いきなりそんなこと言われても困るんだ——」
「侯爵家にいきたい。そう思ってないかしら?」
「っ!」

 アキラの言葉を遮って紡がれたアイリスの言葉に、アキラは一瞬呼吸すら止まるほどに動きを止めてしまった。

 その内容はまさしくアキラが今日まで何度も考えてきたことで、アイリスは絶対に口にしないだろうはずの言葉だったから。

「……そんなことは、ないよ」

 母親の言葉にどう答えたものか迷ったアキラだったが、わずかに逡巡した後にそう否定することにした。

「そう? 嘘ついてないかしら?」

 しかし、アイリスはじっとアキラのことを見つめながら問いかけ、アキラはその視線から逃げるかのように顔を背けてしまった。

「嘘なんて……つく必要ないだろ」
「ううん。だって、あなた達は優しいもの。優しいから、私のことを気にしてるでしょ?」

 顔を背けたままチラリと母親の顔を盗み見るアキラだったが、そうして見た先には変わらずに真剣な様子でじっと自分のことを見つめ続けているアイリスの姿があった。
 それを見て嘘をついても意味がないことを悟ったアキラは、震える息を吐き出して深呼吸をするとアイリスを見つめ返して問いかけた。

「……どうしてわかったんだ?」
「それは、あなた達の状況を知っていれば簡単に予想できることよ。お姫様と結婚するのに子爵位以上の爵位が必要なんでしょう? 今あなたは男爵位をもらってるけど、それ以上はすぐには難しいもの。手っ取り早く爵位を上げるには、すでに高い位を持っている家に入ってしまうのが一番早いわ。そして、あなたの場合は最適な家がある」

 そう。アイリスは定期的にアキラからの情報をもらっていたし、自分の部下にも情報を集めさせていた。その結果、アキラが抱えている問題に自分が関わっている、自分が邪魔をしていると察し、家を出てここまで来たのだ。

 だが、その『最適な家』というのは自身のことを傷つけた場所である。そんな場所を自ら口にして勧めてもいいのか、とアキラは目を見開いてアイリスを見つめた。

「それに、私はあなた達の母親よ? 母親としてみっともないところも見せたし、相応しくないこともしてた自覚はあるけれど、それでもあなた達の母親なの。わからない訳ないじゃない」

 そんなアキラの様子がおかしかったのか、アイリスはくすりと笑ってからアキラの疑問に答え始めた。

「でも、それを思いついても実行しないのは、私を気にかけてくれているからでしょう? あなたがあの家との関わりを持てば、私が傷つくと思っているから」

 アイリスの言った通り、アキラがその方法を思いついても実行しないのは、母親を傷つける可能性があるからだ。そのことはアイリス自身理解していた。

「でもね、そんなこと気にしなくていいのよ。私は、私のことを気にしてくれるのは嬉しいけど、そのせいであなた達が好きなように動けないのが一番辛いの」

 アイリスにとって、自分の人生なんて一度終わったようなものだった。無理やり手籠にされた後捨てられ、その後は無気力にただ息をしているだけの生活だった。
 だがそんな生活も、息子によって終わりがもたらされた。

 アキラとしては自分が良い環境で育つためにあんな状態の母親がいることが嫌だったから、なんて理由だったが、アイリスとしてはそんな理由など関係なく救われていたのだ。それこそ、自分の残りの人生を投げ打ってでもアキラの助けになってあげたいと思うほどには。

「好きなように生きなさい。やりたいようにやりなさい。自分の幸福のために必要なら、私のことなんて考えなくていいのよ」

 だが、そう思ったにもかかわらず自分が息子の邪魔になるんだとしたら、そんなことは許せない。
 息子には——アキラには幸せになってほしい。それがたとえ、自分を踏み台にするようなことをしたのだとしても。

「それでもまだ引け目を感じるって言うんだったら、そうね……あなたのお姫様にそのうち会わせてくれないかしら? あなたを幸せにしてくれる人だもの。そんな人に会わせてもらえるなら、私はそれだけで満足よ」

 そう笑いかけられたことで、アキラは今後の自分の動き方というものを決意した
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

処理中です...