9 / 189
一章
魔創具の儀式
しおりを挟む「——では行ってくる」
「はい。承知いたしました。儀式の成功をお待ちしております」
申請を行った翌日。従者のリエラに見送られて私は刻印堂の中へと進んでいく。
刻印堂の中はいくつもの小部屋に分かれており、その部屋一つ一つに特殊な結界が張ってある。
それは、儀式を邪魔しないようにするための守りの結界。建物のすべての部屋に架けられているので一つ一つは弱いが、壊そうと思って攻撃をしない限り壊れることはない。そのため、使用中に誤って誰かが入ることを防ぐ程度のことはできる。
そしてもう一つの効果が、刻印をするための空間作りだ。どちらかといえばこちらが本命の効果である。
刻印をする際、他者の魔力や余計な素材が混ざってはならないのだが、それは空気中に漂っている微細なものでさえも適用される。もし混ざってしまえば、本来想定していた効力を発揮することができなくなることもあり得る。
それを防ぐべく、この建物に張られた結界はそれら微細な〝余分〟が入らないよう、部屋全体を浄化し、儀式を守っているのだ。
貴族達は各々が自分たちが使用するための刻印堂、あるいは部屋を持っているのだが、貴族達と言ってもそれなりに位のある者達に限った話であり、下位の貴族や平民たちは持っていない。
そのため、学園に通っている者には刻印堂の使用が許可されている。
私の場合は領地にある本邸に行けばトライデン家の所有する刻印堂があり、そちらの方が効果は信頼できるのだが、そこまでする必要もあるまい。
そもそも学園で使用することができるのに使用しないとなると、何か理由があるのではと邪推される恐れもある。
そんな面倒を作るくらいならば、多少の違い程度には目を瞑るべきであろう。
そんなことを考えながら刻印堂の予約していた部屋へと入った私は、部屋の確認を行なっていく。
部屋の中には、すでにいくつもの荷物が置かれており、ともすれば散らかっているとも言えるような状態だった。
だが、これで良いのだ。これは昨夜のうちに使用人達を使って運び込ませた素材だ。これを錬成し、塗料と化して魔法を刻み込んでいくことになる。
「まずは道具の確認と行こうか」
口にする必要はないが、こうして口にすることでやることを明瞭にし、意識をそこに集中させる。
と言っても、もうすでに何度も道具類の確認はしているので不備はないが、万が一にでも忘れ物などがありでもしたら、困るなどという話では済まない。
故に、何度目であったとしても直前の確認は必要なことだ。
「さて、それでは始めるとするか」
部屋の中央に座り込んだ後、まずは制服を脱ぎ、上裸となる。
服を脱いだことで露わとなった両腕の肌には、すでにうっすらと線が引いてある。刻印の下書きだ。
あとは紋血を使いその線の通りに肌を彫って行けばいい。
「ぐっ……」
線を彫る、という言葉でわかるだろうが、刻印を刻むのは自身の体を傷つけることに他ならない。つまりは、痛みがあるということだ。
だからこそ、魔創具の刻印を刻むにしても、大抵の場合はただ道具を作り、そこにちょっとした効果を込める程度で終わる。少し炎を出したり、武具を丈夫にしたり、身体能力を引き上げたりといった、本当にちょっとした効果。
何せ自分の意思で自分の体を傷つけなければならないのだ。誰かにやってもらうわけにはいかず、しかもその際には痛み止めなどは使ってはならない。薬も魔法も、自身の体に余分な成分が入っていることには変わらないのだから、それが原因で刻印の効果がズレることもあり得る。
だからこそ、強力な魔創具を使えるものは賞賛される。強力だということはそれだけ多くの刻印を刻んだということであり、痛みに耐え抜いた強靭な精神を持っているということに他ならないから。
そして、今回私が刻むのは、手首の甲から心臓にかけての全てを使用するように設計された紋様。普通は手の甲から肘あたりまでなのだから、その多さが理解できるだろう。
しかもだ。それに加えて、逆側の腕もやる。単純に通常の四倍以上の量を刻むことになる。
辛いだろう。だが、それでもやると決めたのだ。
その紋様を彫るために、自身の体に刃を入れていく。
……
…………
……いったい、どれほどの時間が経っただろうか。
この部屋は周りのことを気にしなくてもいいようにと、時計の類はない。それどころか窓すらもないので、今がいったい何時なのかは全くわからない。
最初の想定では三時間程度で終わる予定のはずだが、想定よりも長引いている気がする。だが実際にはそんなことはないのかもしれない。練習の時以上に集中したおかげで、もしかしたら想定の半分くらいの時間しか経っていないかもしれない。
だが、外の時間がどうあれ、そんなものは今気にすることではない。今気にすべきは、この刻印の最終段階についてだ。もう刻印の大半は終わった。あとは仕上げの部分が残っているのみである。
「最後に、これまで刻んだ効果をまとめ上げ、一つの形にするための線を刻む」
そう口にし、再び自身の肌に刃を入れ、紋様を刻み始めた。ここは刻んだ効果をトライデントの形へと固定するための重要な部分。他の箇所であれば、多少魔法の効果に不具合が出る程度でどうにかなるが、ここで失敗すれば全てが意味をなくす。
故に、これまで以上に集中をして刻んでいかなければならない。
だが、その瞬間——
ドンッ! と体のそこに響くような轟音が刻印堂を蹂躙した。
「なっ——!」
何が起きた。そう思ったが、その衝撃と轟音の中でも持っていた道具を手放さなかったのは意地だろうか。
魔創具の紋様を刻む際、すでに一度入れた刃を止めることはできない。一度定着した刻印は容易く変えることはできないのだから。
ここで止めてしまえば、今線を入れた部分は完全に定着してしまい、効果が歪むこととなる。
だが、今の衝撃で線は歪まなかっただろうか。想定よりも内側に入っているような気がするが、それは果たして気のせいだろうか? 今は形を整えている段階だ。もしここで歪んでしまえば、私の魔創具はトライデントとはかけ離れた何かへと変容することと——
「——すうぅー………………ふぅ」
余計なことに頭を巡らせようとした心を強引に押さえつけ、一度深呼吸をすることで再び意識を刻印へと戻す。
線は歪んだかもしれない。だが、歪んでいないかもしれない。歪んだとしても、確認したところで意味はない。
であれば、なんの問題もないのだと、当初の予定通りに事を進めればいい。
それだけの話だ。問題があった時のことなど、そんなことは後になってから考えろ。阿呆が。
「アルフレッド様!」
刻印を続けると、外から何やら声が聞こえてくるが、気にしない。というよりも、そのようなことをしている余裕などない。
先ほどの爆発で舞い上がった土煙の中、余分なものが入らないようにと刻印を施しながら自身の周りに結界を張り、刻印を続ける。
ただでさえ気を使う作業であるにも関わらず魔法も同時に使わなくてはならないなど、普通の者ではできなかっただろう。だが、私は……アルフレッド・トライデンは天才だ。この程度、乗り切ってみせる。
そして、ついに——
「で、できた……」
刻印が完成した。
紋様を刻んだ痕はまだ傷として痛みを感じるが、数日もすれば落ち着くだろう。あとはこの刻印が想定通りの結果を出すことができれば、それで終わりである。
「おい! トライデン様が儀式を終えたようだぞ!」
「終えたって言っても、あの事故の中だったんだ。中断して失敗だろ」
「いや、でもさっきまで刻んでたみたいだし、成功したんじゃない?」
「あの中でか? すげえ……」
「ああ。流石は公爵家の神童だな」
外野が何か言ってるが、うるさい。
今はそんな言葉に反応している余裕がない。
本来、刻印を終えたあと数日は安静にした方が良いとされている。当然だ。自身の体に刃を入れて傷をつけたのだから。
刻印の能力を発動させるのも、最低でも三日は置いてからの方がいい。使用したところで歪むことはないが、それでもひどく痛むのだという。
だが、今の私はそれだけの時間を待っていることはできなかった。
何せ先ほどの爆発だ。
あの時は刻印の途中だったからと焦る心を無理やりに押さえつけたが、終わってみればその不安が徐々に強まっていき、私の心を締め付けていく。
故に、そんな不安を消し去ろうと、魔創具を生み出すべく刻印に魔力を通していく。
まだ傷が治っていないのにも関わらず刻印を起動させたことで、刻印が熱を持ち始め、全身がひどく痛む。
だが、そんなものは無視してしまえばいい。痛い。ただそれだけで他に害などはないのだから。
そうして、私の魔創具が手の中に出現したのだが……
「な、んだ……なんだ、これは……」
私の手の中にあるのは、持ち手となる棒があり、先端が三叉に分かれており、その先端が尖っている道具——フォークが握られていた。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様
コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」
ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。
幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。
早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると――
「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる