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一章
『アルフレッド・トライデン』が死んだ
しおりを挟む「……魔創具は使える。望んだ形ではなかったがな」
トライデントによる突きを避けた私は、右手に魔創具——フォークを生み出した。
相手を傷つけるために作られた明確な武器を持つ者と戦うのに、こちらは使用するものが食器だなんて格好がつかないにも程がある。
だが、私の魔創具は、形こそ不格好ではあるが、籠められた効果は過去に存在した全ての術式から選び、『俺』の知識や発想を交えて改良した武具。その性能は聖剣や、ともすれば神器といってもいいほどの力がある。
つまり——
「そのフォークがか? はっ! 笑わせるな。戦えるって言うんなら、せめてこの一撃を防いでから言ってみろ!」
私が上手く合わせることさえできれば、たとえトライデントの一撃であろうとなんら問題なく受け切ることができるということだ。
「どうした。その程度か。お前の持っている魔創具は……トライデントはその程度かっ!」
トライデントの真ん中の刃の鋒をフォークで挟んで受け止めながら、ロイドに向かって問いかける。いや、叱責する、の方が正しいだろうか。
それは、私が求めていても手に入らなかったトライデントという形。この男はそれを振るっているにもかかわらず、あまりにも弱すぎたから。
そんなものではない。そうであってはならない。私を蹴落として手に入れた力のはずなのに、そんなみっともない弱さを見せるな!
ロイドの攻撃を全て捌きながら、私の心が、先ほどまでのものとは違う怒りが湧き始めた。
自分の大事なものが、大事な想いが、侮辱されているようだったから。
「くっ……調子に、のるなあ! 失敗作のくせに!」
このままでは埒が開かないと判断したのだろう。一旦距離を取ったロイドはトライデントに炎の渦をまとわり付かせた。
通常では起こり得ない現象。ロイド自身が魔法を使ってこうしたと考えることもできるが、おそらくは魔創具に籠められた効果を発揮したのだろう。
「それが貴様のトライデントの効果か。だが……みっともない」
「負け惜しみは勝ってから言うんだな! 死ねええ!」
私の言葉を負け惜しみであると、本気で思っていたのだろう。だが、違う。これは負け惜しみなどではない。
むしろ、私こそ本気で思っていたのだ。その炎はみっともないと。
「負け惜しみではない。渦を形成する炎の線は細く、薄く、歪んでいる。父上の炎は、もっと激しいものだった」
我が父もトライデントを使うが、そこに籠められているのは炎の力。
ロイドは炎が得意だとは聞いていないので、おそらくは父の能力を真似したのだろう。
しかし、本人の能力が劣っているため、真似とは言えないような……劣化品とすら言えない程度の能力しか発現できていない。
「逃げてばかりの雑魚が何を言ってんだ!」
「では、受け止めてやるとしよう」
だが、いくら劣っているとはいえ、炎に触れれば熱い。
そのため避けていたのだが、再びフォークでトライデントの刃を挟み、止める。
しかし、今度はそこでおしまいではない。今回は先ほどとは違い、刃を止めたまま加減することなく横に捻ってやることとした。すると、ロイドのトライデントの刃はフォークに絡め取られ、折れた。
使ったものはフォークではあるが、やった事はソードブレイカーと同じだといえよう。
もっとも、この程度の魔創具であれば、こちらは魔創具など使わずとも素手でできただろうが。
「くだらぬ。貴様程度がトライデンの養子だと? 戯言を。父上がそのような愚かなことをするはずがなかろうが」
トライデントを真似、父の炎も真似、私がこのような状況にあるからこそ、そのような勘違いをしたのだろう。
大方、父に面会を求め、自分を売り込んだことで正式に決まったのだと思い込んでいる、といったところか。
このような愚物が出るのも、私の立場が揺らいでいるからだ。養子を取るにしても、私が後継者ではなくなるにしても、まずは状況を安定させるべく父に話しをしにいかなければ。
「そう、信じたければ、信じてればいいさ。どうせ、あとで泣くのは、お前なんだっ……」
だが、私が背を向けて足を踏み出すと、背後から途切れ途切れのロイドの言葉が聞こえてきた。
しかしそんな言葉に反応することはなく、無視して足早にトライデン家へと向かっていった。
その速度は先ほどまでのものよりも僅かに速い気がしたが、おそらくは気のせいだろう。ただの遊びだったとは言え、戦ったために感覚がずれてしまいそう感じただけだ。そのはずだ。
——◆◇◆◇——
「ち、父上!」
「——来たか」
邸宅に帰るなりまっすぐ父の元を目指したのだが、父は私が来ることを予見していたようで無作法にも部屋の中に突然入ってきた私に驚くことも注意することもなかった。
「父上! どういうことですか!? あの者を養子とするとは真ですか!? そして、わ、私をは、廃嫡、すると……」
本来なら、もっと落ち着いて話をするべきなのだろう。話をすることなど他にもあるのだから、先にそちらを話してからでも良かったはずだ。話をするにしても、冷静に話をすべきだっただろう。
だが、出てきたのは普段の私らしからぬ焦ったような言葉。
信じてはいなかった。そのはずだが、やはりどうしても気になってしまう。
だからこそ、そんな不安を解消すべく頭で考えていた言葉とは別の言葉が口から出たのだろう。
「さて、お前はどう思う?」
焦る私に対して、父は冷静なまま淡々と口を動かす。
惚けるように問い返してきてはいるが、この言い様は……それに、その眼。まるで感情が乗っていない冷たい眼。
今までそのような眼差しを向けられたことはなかったが、見たことはあった。それがどんな時かと言うと、何かを、あるいは誰かを処分する時。
では今は誰に対してそんな眼を向けているのかといったら……
「……その様子からして、真実、のようですね」
「その通りだ。我がトライデン家は、名の通りトライデントを魔創具として刻み、国の守護者として名を立てた家門だ。故に、代々その後継者はトライデントを使うことができなければらぬ」
「ですが! ですが、確かに俺の魔創具はトライデントではありませんが、そこに込められた能力は想定通りの——」
「だがそれは、『トライデント』ではない。であれば、仮に天を裂く宝剣であろうと無価値だ」
頭の中ではまだ他にも言い分はある。
たとえトライデントを使えずとも、事故に遭った長男を放り出すのは外聞が悪い。
新しく養子を受け入れたとしても、馴染むまでには時間がかかるだろう。故に補佐をする者が必要である。
養子とはいえ、直系でなければ反発があるやもしれない。それを抑えるためにも私の存在は有効だ。
など、まだまだ抗うことはできる。
だが、私の言い分をかけらも受け入れるつもりのない父の言葉に、これ以上は言っても無駄なのだと心が理解してしまった。
その瞬間、それまで頭の中で考えていた今後の流れが全て消え去り、同時に、『私』の奥——魂とでも呼ぶべき場所にヒビが入った気がした。
「……それほどまでに、形が重要ですか……?」
だからだろう。つい、そんな言葉が口からこぼれてしまったのは。こんな事は言うはずではなかったのに。
「重要だな。わからぬか? すでに時代は変わった。魔王によって世界に争いが満ちていた戦乱の世は終わったのだ。今求められているのは守護者としての『力』ではなく、その『象徴』だ。どれほど中身がなくとも、見た目さえ整っていれば良い」
その答えは、理解していた。わかっている。わかっているのだ。父の言い分は間違いではないのだと。今の貴族の在り方としてみれば、その『象徴』こそが重要なのだと。
しかしそれでも、諦め切れるものではなかった。トライデン家の後継者という立場も、貴族としての在り方も、そして、これまでの人生も。
ここで諦めてしまえば、これまで努力してきた全てが無駄になることになるのだから。それは、人生全てを否定されたに等しい。
故に、諦められるはずがないのだ。
「故に、お前はこの家には要らぬ。家の役目を果たせぬのなら、金の無駄だ。この家門に留めておくことはできぬ。理解できよう?」
「で、では……どうあっても、俺はこの家を……で、出ていかなくてはならないと。そういう、ことですか」
父の決定に少しでも逆らおうと、せめてこの家に留めてもらいたいと願いながら震える唇を動かして言葉を紡ぐ。だが……
「そうだ。だが、すぐにとは言わん。あと一週間だけ時間をやろう。その日までに準備を整え、家を出ていけ。それをせめてもの慈悲だと思え。その後は我がトライデンの家名を名乗ることはできぬぞ」
「………………承知、いたしました」
そうして、この日、この時、『私』が死んだ。
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