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一章
ミリオラとロイドのその後
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——◆◇◆◇——
・ミリオラ王女
「貴女ならば大丈夫だ」
あの日以来、その言葉が何度も頭の中で繰り返されるのです。
私ならば? 私ならばとはどういうことなのですか? その言い様では、まるで貴方は私のことを見ていたかのようではありませんか。
でも、そんな事はない。あり得ないのです。だって、もしそうならば貴方は私の事を咎めたはずなのですから。そのはず、なのです……
でも、わかららない。わからないのです。貴方から渡された指輪を調べてもらったら、通常での贈り物としてはあり得ないような高価な素材や希少な素材を使用されており、そこに込められていた効果もまた、普通のものではありませんでした。
その指輪は、現在私の指にはハマっていません。けれど、持ち歩いてはいます。
指輪に込められた効果が私や他者を傷つけるためのものではなく、私を守るためのものである事はわかっており、危険もないと宮廷魔法師達からは言われているためです。この指輪を持っていれば、大抵のことからは守ってくれるだろう、と。
……どうして貴方はそれほどまでに私にしてくださるのですか?
「殿下……申し訳ありませんが、しばらくの間貴女とお会いする事は難しくなります」
「っ! ど、どうしてですの? 何かあったのですか?」
「父上より、当主に相応しくあるべくしばらくの間は勉強に専念せよと指示を受けました。学園も、しばらくは休むことになるかと」
ロイド様は『指示』とおっしゃっていますが、公爵からの言葉となれば逆らうことのできない『命令』なのでしょう。
「ですが、ご安心を。ひとまずの基礎だけを学べば良いだけなので、一月もしないうちに会うことができるようになるはずです」
一月……本当にそれで終わるのでしょうか? 基礎とはいえ、公爵位の当主となるための勉強ともなれば、それこそ数年がかりで勉強をしてどうにか、というもののはずです。最低でも一年はかかるのではないでしょうか?
ですが、ロイド様がこうして仰るということは、公爵がそう言われたのでしょう。であれば、公爵にも何か考えがあるのだろうと思います。きっと本当に最低限を一月だけ教えて、後は少しづつ教えるのでしょう。実際に公爵位を継ぐまでには何年も時間がありますし、学生としての期間も後二年はありますので、時間的な猶予は十分にありますもの。
ですが、そうなのだとしても一月もの間ロイド様と離れていなければならないというのは、少しばかり寂しいと感じてしまいます。
「一月ですか……。長いですね」
「はい。ですが、これは仕方ありません。むしろ、これを乗り越えさえすれば父上も俺のことを認めてくださるのですから、喜ぶべきことです」
その言葉に、私は顔には出さないけれど心の中で少しだけ……本当に少しだけ反応してしまいました。
ここ最近のロイド様は、なんだか少しだけ乱暴になった気がするのです。言葉遣いも、以前は自身のことを『僕』と称していらっしゃったのに、最近は『俺』と口にしています。
雰囲気自体も、どこかアルフレッド様にも似た感じを受けてしまい、だからでしょう。つい出すべきではない名前を出してしまったのは。
「そう、ですね。アルフレッド様はそう言った点に関しては優秀でしたから」
「……ええ。そうですね。ああ、もう時間です。そろそろ行かなければ公爵の不興を買うことになってしまいますので、それでは失礼します」
なにか気に入らないことがあったのかロイド様は突然ムッと表情を歪めて立ち上がりました。すぐにいつも通りのにこやかな笑みになったけれど、私の事を見下ろしながらそう言い切ると、背中を向けて去って行きました。
「あ……」
そんな突然の変化についていけず、私はロイド様に何もいうことができずに手を伸ばしましたが、その伸ばした手にも気づいてもらえず、ロイド様との距離が開いていき、ついにはその姿が見えなくなってしまいました。
……どうしてでしょうか。この状況は私たちの考えていた通りではなかったけれど、望んでいた状況のはずなのに。たった一月待てばいいだけなのに、それなのに、どうしてか悪い方向へと進んでいるような、そんな気がしてなりません。
私は……本当にこれで正しかったのでしょうか?
なんだか、いきなり一人ぼっちになってしまったような気がして、とても心細い気持ちになります。
「アルフレッド様……」
なぜか、その名前が口から出てきました。
どうしてでしょう。あの方の事など、嫌っていたはずなのに。ここで出てくるべきはロイド様の名前であるべきなのに。
貴方は、なぜ……
指には着けていない。けれどいつも持ち歩いている指輪に手を伸ばしながら、私一人だけの時間が過ぎていきました。
——◆◇◆◇——
・ロイド
「ロイドよ、明日よりお前を次期公爵の立場に相応しくするために教育を施す」
「きょ、教育、ですか……?」
あの出来損ないのアルフレッドが消えてから数日経って、僕……いや、俺は父上の部屋へと呼び出され、そんな話を聞かされた。
いきなり教育だなんて驚いたが、これもアルフレッドが消えたからだろう。ついに俺のことを次期当主として本格的に認めたということなのだろう。
「そうだ。これより一月の間、最低限我が家門の恥とならぬ程度にお前を鍛える。その間は王女殿下に会うこともできなくなり、学園も休学とする」
「なっ! そんな、いきなり……」
教育自体は構わない。でも、まさか学園まで休まされることになるだなんて。
しかも、ミリオラ王女様とも会えないって……そんな無茶苦茶なことが……。
「仕方あるまい。後継がいきなり変わったのだ。それに伴って調整しなければならぬことなどあるに決まっていよう? 特に、お前がアレより不出来なのであれば、変えた意味がない」
「俺の方が優秀です! だってほらっ! この通りトライデントだって作ることができるんですから!」
追い出されたはずのアルフレッドと比べられたことで、俺はついトライデントを生成させてしまい、そのまま怒鳴りつけるように叫んだ。
いきなりトライデントを取り出した俺を、父上は冷ややかな目で見つめている。
その視線を受け、俺は無意識のうちに一歩下がってしまった。
「……作れるだけだな。それを使いこなすことはできていないのではないか? 確かに学生の中では思い上がるだけの強さだったのだろう。だが、それは所詮学生の中での話だ。そもそも、お前はその学生の中という狭い世界であっても一位をとることができていないではないか。三位だったか? 一位にはアレがいたから仕方ないとしよう。だが、二位にすら慣れない程度の実力で優秀だなどと、片腹痛い。所詮お前は弱者なのだと理解せよ」
「ぐっ……」
確かに、俺の武学の成績は学年で三位というものだった。今はアルフレッドがいなくなったために実質二位だが、それでもまだ上に一人いるという事実は変わらない。
強いことは強いが、確かに物足りないと言われてしまえば否定し切ることはできない成績だ。
「座学の成績までとは言わん。言ったところでどちらも一月では半端になって終いだろう。故に、トライデントの扱いだけでいい。それだけは、せめて余裕を持って学年一位を取れる程度にまで育ってもらう。それができなければ、一月という期間を伸ばしてでも鍛え続けるぞ。私が満足できるまで外には出さぬと心得ておけ」
「……」
「返事はどうした」
「……承知いたしました」
次期公爵となれば、もっと自由に遊んで暮らせるはずだった。実際、アルフレッドの野郎はいつもダラダラとふらついて、気に入らない奴を見かけたら殴って潰していた。
だから俺もそんなふうに生活できるはずだったし、それを求めていた。
なのに、学園に行くのも王女様と会うのも止めて勉強だと? なんでだよ。
……いや、でもよく考えろ。ここでたった一ヶ月の間勉強をすれば、後は自由なんだ。ならいいさ。たった一ヶ月くらい、我慢してやろうじゃないか。
そうして俺はミリオラ王女様と会って事情を話し、しばらく会えないことを伝えた。
その際、アルフレッドと比べられてイラついたが、まあいいだろう。どうせ、俺がこう爵位を継いだ後は、もう比べられることもないんだ。それまで少しだけ我慢してやればいい。
そうして翌日、俺は公爵邸の中庭で、教師役である男と会わされた。
「この男がお前の指導にあたる。——グラキエス。後は任せたぞ」
「はっ。かしこまりました。六武の名に恥じぬお姿に成長できるよう、最善を尽くしましょう」
「……ああ。好きにしろ」
グラキエス、と名乗った男の言葉を受けて、父上はなんだか顔を顰めた気がするが、なんだ?
だが、そんなことを聞く間はなかった。そもそも聞くつもりもなかったのだが、父上は話は終えたとばかりに俺に声をかけることもなく屋敷内へと去っていった。
「それでは、まずは自己紹介といこうか。私の名はグラキエス。先代の六武筆頭であるボナバート様の弟子だ。弟子といっても、さほど才能があったわけではありませんがな」
「ボナバート様って……本当なのか?」
「ええ。と言いましても、弟子として学んだ期間など大した長さではありませんでしたが。精々が槍を振っている最中に助言をいただいた程度ですな」
ボナバート様の武勇伝はトライデンの家門に属している者達の間では有名なことだ。何せ、自分たちの血筋に英雄がいるんだから当然だろ?
そんなボナバート様はあまり弟子をとらなかったみたいだ。それがなんでなのかはわからないが、そんなボナバート様に助言だけでも受けていたのだったら、それは相応にすごい戦士なのだろう。
「ボナバート様がお亡くなりになられ、アルグラード様が六武を引き継いだことを間違いだったとは申しません。しかしながら、アルフレッド様に期待していたのも事実ではあります。それがこのような事態となり、非常に残念でなりません」
アルフレッドを評価し、今目の前にいる俺のことを無視している。俺にはそう感じられて仕方なかった。
「っ……! どいつもこいつもアルフレッドって……。あいつはもう消えたんだろ! 今は俺が次期当主で、次期六武だ!」
「次期当主に関しては、ええ。その通りでございましょうな。ですが——」
グラキエスは俺の言葉に頷くと、直後に首を横に振り直してからその手に持っていた槍を振った。
その槍は本当にボナバート様の教えを受けたのかと思うほどに遅く、突然のことであっても俺もすぐにトライデントを手の中に出して対応することができた——え? あ……
遅かったはずの槍を受け止めた。そのはずだった。それなのに、グラキエスが槍を動かすと、それに巻き込まれるようにして俺のトライデントが流され、それでも手放すまいと手に力を込めたら、いつの間にか転ばされていた。
何が……何をされたんだ? なんで俺は転んでるんだ……?
「六武に関してはどうなのでしょうな? なれるかなれないかといったら、なること自体はできるでやも知れませぬ。六武には継承制度がありますからなあ。しかし、その後すぐに堕ちる可能性も、十分に考えられましょう。六武とは、それほど甘いものではありません故。少なくとも、この程度で転ばされているようでは、とてもではありませんが六武にはなれませんなあ」
訳もわからずに転ばされ、見下ろされながら上から目線で語られる言葉に、頭がカッとなった。
ふざ、けんなよっ……なんだこれ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんないんだよ。
あいつは違っただろ! もっと気ままに過ごして、目についた格下を踏み躙って笑ってたじゃないか! なんでこんなに殴られて、倒されなくちゃならないんだ!
「お立ちを。たかが一月程度でアルフレッド様に追いつこうとするのは不可能ですが、そうして這いつくばってばかりでは、一月どころか一年経ったところで追いつくことなどできはしませんぞ」
「こ、のっ……! 使用人風情が!」
「残念ながら、私の現在の所属は軍部なのです。以前はこの屋敷にてお仕えしていたのは事実ですが、今は違います。今回は昔の主の頼みであり、上司の命令であり、ボナバート様への恩義を果たすために一時的に参ったに過ぎないのです」
立ち上がりながら叫び、今度はこちらからとグラキエスにトライデントの一撃をお見舞いした。
だが、俺の放ったトライデントの一撃はまたも流され、今度はトライデントを放してしまった。
「踏み込みも握りも構えも甘い。唯一褒めるべき点があるとしたら……なんでしょうなあ。相手を倒す気概、でしょうか? 立ち上がりざまの奇襲は貴族家の嫡男としては相応しくない振る舞いですが、戦士としてみれば勝つ意思があって大変結構といえましょうか」
その上、その攻撃の評価までされた。こちらは死んでも構わないというつもりで攻撃したにも関わらず、それがなんの意味もなせないどころか上から評価されたのだから、たまったものではない。
今すぐにでもこの男を殴りたい。
俺は公爵家の次期当主なんだぞっ。こんな無礼が許されていいものなのか!
それでも、ここで手を出したところで届かないことくらい理解できてしまっている。
「それでは、武器を構えてください。未だ基礎の型の理解すらできていない貴方様のために、一つ一つ型をお見せしましょう。アルフレッド様に対抗すると豪語するのであれば、このような基礎程度、一月もあれば十分に身につけることができましょう」
「くっ、このおおおおおおっ!」
そうして弾かれたトライデントを拾い直して構え、攻撃を仕掛けたが、何度やっても攻撃は通らず、転ばされるだけだった。
そしてそれは、一月たっても終わる様子を見せなかった。
・ミリオラ王女
「貴女ならば大丈夫だ」
あの日以来、その言葉が何度も頭の中で繰り返されるのです。
私ならば? 私ならばとはどういうことなのですか? その言い様では、まるで貴方は私のことを見ていたかのようではありませんか。
でも、そんな事はない。あり得ないのです。だって、もしそうならば貴方は私の事を咎めたはずなのですから。そのはず、なのです……
でも、わかららない。わからないのです。貴方から渡された指輪を調べてもらったら、通常での贈り物としてはあり得ないような高価な素材や希少な素材を使用されており、そこに込められていた効果もまた、普通のものではありませんでした。
その指輪は、現在私の指にはハマっていません。けれど、持ち歩いてはいます。
指輪に込められた効果が私や他者を傷つけるためのものではなく、私を守るためのものである事はわかっており、危険もないと宮廷魔法師達からは言われているためです。この指輪を持っていれば、大抵のことからは守ってくれるだろう、と。
……どうして貴方はそれほどまでに私にしてくださるのですか?
「殿下……申し訳ありませんが、しばらくの間貴女とお会いする事は難しくなります」
「っ! ど、どうしてですの? 何かあったのですか?」
「父上より、当主に相応しくあるべくしばらくの間は勉強に専念せよと指示を受けました。学園も、しばらくは休むことになるかと」
ロイド様は『指示』とおっしゃっていますが、公爵からの言葉となれば逆らうことのできない『命令』なのでしょう。
「ですが、ご安心を。ひとまずの基礎だけを学べば良いだけなので、一月もしないうちに会うことができるようになるはずです」
一月……本当にそれで終わるのでしょうか? 基礎とはいえ、公爵位の当主となるための勉強ともなれば、それこそ数年がかりで勉強をしてどうにか、というもののはずです。最低でも一年はかかるのではないでしょうか?
ですが、ロイド様がこうして仰るということは、公爵がそう言われたのでしょう。であれば、公爵にも何か考えがあるのだろうと思います。きっと本当に最低限を一月だけ教えて、後は少しづつ教えるのでしょう。実際に公爵位を継ぐまでには何年も時間がありますし、学生としての期間も後二年はありますので、時間的な猶予は十分にありますもの。
ですが、そうなのだとしても一月もの間ロイド様と離れていなければならないというのは、少しばかり寂しいと感じてしまいます。
「一月ですか……。長いですね」
「はい。ですが、これは仕方ありません。むしろ、これを乗り越えさえすれば父上も俺のことを認めてくださるのですから、喜ぶべきことです」
その言葉に、私は顔には出さないけれど心の中で少しだけ……本当に少しだけ反応してしまいました。
ここ最近のロイド様は、なんだか少しだけ乱暴になった気がするのです。言葉遣いも、以前は自身のことを『僕』と称していらっしゃったのに、最近は『俺』と口にしています。
雰囲気自体も、どこかアルフレッド様にも似た感じを受けてしまい、だからでしょう。つい出すべきではない名前を出してしまったのは。
「そう、ですね。アルフレッド様はそう言った点に関しては優秀でしたから」
「……ええ。そうですね。ああ、もう時間です。そろそろ行かなければ公爵の不興を買うことになってしまいますので、それでは失礼します」
なにか気に入らないことがあったのかロイド様は突然ムッと表情を歪めて立ち上がりました。すぐにいつも通りのにこやかな笑みになったけれど、私の事を見下ろしながらそう言い切ると、背中を向けて去って行きました。
「あ……」
そんな突然の変化についていけず、私はロイド様に何もいうことができずに手を伸ばしましたが、その伸ばした手にも気づいてもらえず、ロイド様との距離が開いていき、ついにはその姿が見えなくなってしまいました。
……どうしてでしょうか。この状況は私たちの考えていた通りではなかったけれど、望んでいた状況のはずなのに。たった一月待てばいいだけなのに、それなのに、どうしてか悪い方向へと進んでいるような、そんな気がしてなりません。
私は……本当にこれで正しかったのでしょうか?
なんだか、いきなり一人ぼっちになってしまったような気がして、とても心細い気持ちになります。
「アルフレッド様……」
なぜか、その名前が口から出てきました。
どうしてでしょう。あの方の事など、嫌っていたはずなのに。ここで出てくるべきはロイド様の名前であるべきなのに。
貴方は、なぜ……
指には着けていない。けれどいつも持ち歩いている指輪に手を伸ばしながら、私一人だけの時間が過ぎていきました。
——◆◇◆◇——
・ロイド
「ロイドよ、明日よりお前を次期公爵の立場に相応しくするために教育を施す」
「きょ、教育、ですか……?」
あの出来損ないのアルフレッドが消えてから数日経って、僕……いや、俺は父上の部屋へと呼び出され、そんな話を聞かされた。
いきなり教育だなんて驚いたが、これもアルフレッドが消えたからだろう。ついに俺のことを次期当主として本格的に認めたということなのだろう。
「そうだ。これより一月の間、最低限我が家門の恥とならぬ程度にお前を鍛える。その間は王女殿下に会うこともできなくなり、学園も休学とする」
「なっ! そんな、いきなり……」
教育自体は構わない。でも、まさか学園まで休まされることになるだなんて。
しかも、ミリオラ王女様とも会えないって……そんな無茶苦茶なことが……。
「仕方あるまい。後継がいきなり変わったのだ。それに伴って調整しなければならぬことなどあるに決まっていよう? 特に、お前がアレより不出来なのであれば、変えた意味がない」
「俺の方が優秀です! だってほらっ! この通りトライデントだって作ることができるんですから!」
追い出されたはずのアルフレッドと比べられたことで、俺はついトライデントを生成させてしまい、そのまま怒鳴りつけるように叫んだ。
いきなりトライデントを取り出した俺を、父上は冷ややかな目で見つめている。
その視線を受け、俺は無意識のうちに一歩下がってしまった。
「……作れるだけだな。それを使いこなすことはできていないのではないか? 確かに学生の中では思い上がるだけの強さだったのだろう。だが、それは所詮学生の中での話だ。そもそも、お前はその学生の中という狭い世界であっても一位をとることができていないではないか。三位だったか? 一位にはアレがいたから仕方ないとしよう。だが、二位にすら慣れない程度の実力で優秀だなどと、片腹痛い。所詮お前は弱者なのだと理解せよ」
「ぐっ……」
確かに、俺の武学の成績は学年で三位というものだった。今はアルフレッドがいなくなったために実質二位だが、それでもまだ上に一人いるという事実は変わらない。
強いことは強いが、確かに物足りないと言われてしまえば否定し切ることはできない成績だ。
「座学の成績までとは言わん。言ったところでどちらも一月では半端になって終いだろう。故に、トライデントの扱いだけでいい。それだけは、せめて余裕を持って学年一位を取れる程度にまで育ってもらう。それができなければ、一月という期間を伸ばしてでも鍛え続けるぞ。私が満足できるまで外には出さぬと心得ておけ」
「……」
「返事はどうした」
「……承知いたしました」
次期公爵となれば、もっと自由に遊んで暮らせるはずだった。実際、アルフレッドの野郎はいつもダラダラとふらついて、気に入らない奴を見かけたら殴って潰していた。
だから俺もそんなふうに生活できるはずだったし、それを求めていた。
なのに、学園に行くのも王女様と会うのも止めて勉強だと? なんでだよ。
……いや、でもよく考えろ。ここでたった一ヶ月の間勉強をすれば、後は自由なんだ。ならいいさ。たった一ヶ月くらい、我慢してやろうじゃないか。
そうして俺はミリオラ王女様と会って事情を話し、しばらく会えないことを伝えた。
その際、アルフレッドと比べられてイラついたが、まあいいだろう。どうせ、俺がこう爵位を継いだ後は、もう比べられることもないんだ。それまで少しだけ我慢してやればいい。
そうして翌日、俺は公爵邸の中庭で、教師役である男と会わされた。
「この男がお前の指導にあたる。——グラキエス。後は任せたぞ」
「はっ。かしこまりました。六武の名に恥じぬお姿に成長できるよう、最善を尽くしましょう」
「……ああ。好きにしろ」
グラキエス、と名乗った男の言葉を受けて、父上はなんだか顔を顰めた気がするが、なんだ?
だが、そんなことを聞く間はなかった。そもそも聞くつもりもなかったのだが、父上は話は終えたとばかりに俺に声をかけることもなく屋敷内へと去っていった。
「それでは、まずは自己紹介といこうか。私の名はグラキエス。先代の六武筆頭であるボナバート様の弟子だ。弟子といっても、さほど才能があったわけではありませんがな」
「ボナバート様って……本当なのか?」
「ええ。と言いましても、弟子として学んだ期間など大した長さではありませんでしたが。精々が槍を振っている最中に助言をいただいた程度ですな」
ボナバート様の武勇伝はトライデンの家門に属している者達の間では有名なことだ。何せ、自分たちの血筋に英雄がいるんだから当然だろ?
そんなボナバート様はあまり弟子をとらなかったみたいだ。それがなんでなのかはわからないが、そんなボナバート様に助言だけでも受けていたのだったら、それは相応にすごい戦士なのだろう。
「ボナバート様がお亡くなりになられ、アルグラード様が六武を引き継いだことを間違いだったとは申しません。しかしながら、アルフレッド様に期待していたのも事実ではあります。それがこのような事態となり、非常に残念でなりません」
アルフレッドを評価し、今目の前にいる俺のことを無視している。俺にはそう感じられて仕方なかった。
「っ……! どいつもこいつもアルフレッドって……。あいつはもう消えたんだろ! 今は俺が次期当主で、次期六武だ!」
「次期当主に関しては、ええ。その通りでございましょうな。ですが——」
グラキエスは俺の言葉に頷くと、直後に首を横に振り直してからその手に持っていた槍を振った。
その槍は本当にボナバート様の教えを受けたのかと思うほどに遅く、突然のことであっても俺もすぐにトライデントを手の中に出して対応することができた——え? あ……
遅かったはずの槍を受け止めた。そのはずだった。それなのに、グラキエスが槍を動かすと、それに巻き込まれるようにして俺のトライデントが流され、それでも手放すまいと手に力を込めたら、いつの間にか転ばされていた。
何が……何をされたんだ? なんで俺は転んでるんだ……?
「六武に関してはどうなのでしょうな? なれるかなれないかといったら、なること自体はできるでやも知れませぬ。六武には継承制度がありますからなあ。しかし、その後すぐに堕ちる可能性も、十分に考えられましょう。六武とは、それほど甘いものではありません故。少なくとも、この程度で転ばされているようでは、とてもではありませんが六武にはなれませんなあ」
訳もわからずに転ばされ、見下ろされながら上から目線で語られる言葉に、頭がカッとなった。
ふざ、けんなよっ……なんだこれ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんないんだよ。
あいつは違っただろ! もっと気ままに過ごして、目についた格下を踏み躙って笑ってたじゃないか! なんでこんなに殴られて、倒されなくちゃならないんだ!
「お立ちを。たかが一月程度でアルフレッド様に追いつこうとするのは不可能ですが、そうして這いつくばってばかりでは、一月どころか一年経ったところで追いつくことなどできはしませんぞ」
「こ、のっ……! 使用人風情が!」
「残念ながら、私の現在の所属は軍部なのです。以前はこの屋敷にてお仕えしていたのは事実ですが、今は違います。今回は昔の主の頼みであり、上司の命令であり、ボナバート様への恩義を果たすために一時的に参ったに過ぎないのです」
立ち上がりながら叫び、今度はこちらからとグラキエスにトライデントの一撃をお見舞いした。
だが、俺の放ったトライデントの一撃はまたも流され、今度はトライデントを放してしまった。
「踏み込みも握りも構えも甘い。唯一褒めるべき点があるとしたら……なんでしょうなあ。相手を倒す気概、でしょうか? 立ち上がりざまの奇襲は貴族家の嫡男としては相応しくない振る舞いですが、戦士としてみれば勝つ意思があって大変結構といえましょうか」
その上、その攻撃の評価までされた。こちらは死んでも構わないというつもりで攻撃したにも関わらず、それがなんの意味もなせないどころか上から評価されたのだから、たまったものではない。
今すぐにでもこの男を殴りたい。
俺は公爵家の次期当主なんだぞっ。こんな無礼が許されていいものなのか!
それでも、ここで手を出したところで届かないことくらい理解できてしまっている。
「それでは、武器を構えてください。未だ基礎の型の理解すらできていない貴方様のために、一つ一つ型をお見せしましょう。アルフレッド様に対抗すると豪語するのであれば、このような基礎程度、一月もあれば十分に身につけることができましょう」
「くっ、このおおおおおおっ!」
そうして弾かれたトライデントを拾い直して構え、攻撃を仕掛けたが、何度やっても攻撃は通らず、転ばされるだけだった。
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