46 / 189
二章
獣人の姫と迷子
しおりを挟む「なに……?」
「? あ。あー、うん。死ねばいい、ってのはちょっと大袈裟かな? でも、そんな奴らのことなんて気にする必要ある? 弱ければ負ける。そして死ぬ。これって当たり前のことでしょ? 魔物を前にしてみなさいよ。鍛えても強くなれないんだったら死ぬしかないし、戦いたくないって言っても食べられて終わりよ。今のくらいは安心できるものだ、この世界は安全なんだなんて勘違いしてるおバカにまで気を遣ってなんていられないでしょ? 生きたければ鍛える。負けたくないなら頑張る。努力しないで全部が欲しいなんて無理に決まってるじゃない。そんなにおかしなこと言ってる?」
……なるほど。言いたいことは理解した。その考え方も、そもそも根本からして違うのだということも。
確かにこいつの言っていることは間違いではないのだろう。自然において、自分たちが生き残るために子供を殺す親はいるし、弱い仲間を見捨てる群もいる。仲間が死んだところで関心を示さない生物だって珍しくはない。
その流れに則れば、人も弱い者は淘汰されるのは仕方ないと割り切るべきなのだろう。
だがそれは、あくまでもこいつの考えであって、ひいては『獣人の考え方』でしかない。
「……なるほど。確かにお前は『獣人の王族』だな」
「え? いや~、そんな褒めないでよ。お姫様みたいだなんて言われても困っちゃうっていうか、まあ実際にお姫様なんだけどぉ……」
褒めているわけではないわ、阿呆。
……だが、その考えは間違いではないのかもしれないな、なんて、少し思わなくもないのだ。
何せ、戦いに負けて、死んでも構わないと追い出された者が、ここにいるのだから。
俺には貴族として民を守れという教えがあり、前世の平和な国で暮らした記憶があるからこそ〝それは違う〟と思い込んでいるだけで、人の世も、スティアの言ったように弱者は死んでいくのが当然の世界なのかもしれない。
「あんたもなんか嫌なことがあったらかかってきなさい! この私がっ、かっれ~に相手してあげるわ!」
座りながらではあるが、急にシャドーボクシングをし始めたスティアに呆れたようにため息を吐き出す。
「……そうか。では言わせてもらうが、少し大人しくしていろ。これから夕食なのだからな」
「ふふん。そう言っておいて、かかってこないの? 私に臆し——きゃわあっはははははあ!?」
テーブルの下から回した布で脇腹をくすぐられたことで、驚いて肘をテーブルにぶつけたスティアが肘を押さえて悶絶している。
「これで俺の勝ちだな。しばらく大人しくしていろ」
「ぬぐう~~~」
スティアは体を捻りながら肘と脇腹を押さえつつ、悔しげにこちらを睨んでいるが、睨み返してやればすぐに視線を逸らされた。
「ま、まあこの場は退いてあげるわ!」
ちゃんと約束は守るつもりはあるのだろう。スティアは捨て台詞を吐いてから再び食事へと戻った。
「あ。んでんで、話を戻すけど、お昼のバトルって、実は魔物が暴れてたんじゃないかー、って話があるっぽいにょよね。……のよね!」
大人しくはするが、話を止めるつもりはないようで食事を続けながら再び話し始めたのだが、噛んだことは指摘しないでいてやるのが優しさだろう。
「魔物だと? それはまた、なぜだ?」
「なんか、全身を火だるまにしながら走り去っていく姿を見たとかなんとか? 実際は知らないわよ? でも、人間だとそんなことできないから魔物じゃないかー、だって。あ、あとすっごい長いしっぽもあったみたいで、それもあって人じゃないんじゃないか、って」
「尻尾か……」
火だるまということは十中八九やつで間違いないが、尻尾か……。絡みついたままのマントが棚びいてそう見えたのだろうと思う。燃えている状態では、詳しい形などわからんだろうしな。
「しかし、どうしたものか……」
一応マントの位置は把握できているから回収しに行くことはできるが、どうにもその位置が動いているのだ。つまり、いまだにあの襲撃者の女はマントを持ち運んでいる、あるいは身につけているようだが、回収しに行くのであれば戦うことになるだろう。今更話し合いで、とはできんであろうし、このまま狩りを続けるというのであれば放置しておくこともできない。
やはり、近いうちに回収しに行くべきなのだろうな。
「なにが? ……あ! その魔物を退治しに行くつもりね! 私もやりたい!」
「却下だ。自身の立場を理解しろと何度言えばわかる」
お前は王女だというのに、しかも今は他国に来ている使節団の一人だというのに、そんなお前を危険に晒すことができるわけないだろうが。
しかしこれは……魔物狩りに行こうとするとついて来られる可能性があるか?
「それよりも、観光をしたいと旅についてきているのだから、素直に観光をしておけ。この規模の街だ。どうせ一週間あったところでこの規模は回りきれんだろう?」
「んー……そうね! じゃあ明日は市場に行きましょう!」
「行きましょうとは……それは俺も一緒にということか?」
「うん! やっぱり人が一緒にいた方が楽しいでしょ」
そうして俺の明日の予定は強制的に決められた。
——◆◇◆◇——
「わっほー! なんかいっぱいありそうね! 王都の市よりもなんか楽しげな感じ!」
翌日。朝食をとった俺達は無駄に宿に留まって時間を潰すこともなく、一直線に市場まで来ていた。
人混みの中、先を進むスティアの後を追って歩いているのだが、今の言葉に一つ気になったことができた。
「王都? お前は王都に行く前に攫われたのではないのか?」
聞く限りではこの国に来たのも初めてのようだし、王都に行ったことがないのに王都と比べるというのは少しおかしい。
「んえ? ああ、うん。こっちじゃなくってネメアラの王都よ。あっちもあっちで人はいっぱいいたんだけど、こっちの方がごちゃごちゃしてて楽しそうなのよね。なんでかしらね?」
ああ、なるほど。そっちの王都か。そういえば他国の王族なのだから、王都といえば自国のものを思い浮かべるか。
「海があるからだろう。貿易を行っているのだから、他のところからの品が集まるのだ。雑多な雰囲気がして当然だろう」
「あ。な~るほど」
得心がいったというようにスティアは何度も頷くと、くるりと身を翻して歩き出した。
「それじゃあお宝探してしゅっぱーつ!」
スティアとともに市場をしばらく歩いていると、不意に一人の少女が目についた。
ボロくなった服……いや、服とすら呼べないような布を身につけた銀色の髪をしたその少女は、路地裏で生活する孤児だと言われれば素直に頷けるだろう見た目をしている。
だが、なぜか孤児らしさがないように思えた。どこがそう思ったのかと言われるとわからないが、強いていうなら経験だろうか? これまで孤児は見てきたが、そのどれとも違う気がするのだ。
だが孤児ではないとなると迷子か?
「どったのー? ……って、あれ?」
俺が動きを止めたことで不審に思ったスティアは、俺と同じように迷子へ顔を向けると首を傾げた。
そして、何を思ったのかしたり顔で頷いた後、なぜか悲しげな表情でこちらを見てきた。
「いくら小さい子が好きって言っても、手を出しちゃダメよ!」
「お前は何を言っている? 手を出すなど、そんなことあるわけがなかろうが」
この阿呆には俺がこの少女をどうこうしようと考えているように見えるのだろうか? であれば少々こいつとは〝話し〟をしなければならないと思うのだが?
「え? でも私に手を出さないってことは年下好きか年上好きってことでしょ? 宿の人に手を出してないから子供が好きなのかなー、って思ったんだけど……違った?」
「違う。そういった感性の者がいるのは理解しているが、断じて俺は違う」
お前に手を出さないのはお互いの立場の問題からだと言ったはずだ。
宿の従業員にも確かに女性はいたが、だからと言って手を出すようでは頭に問題がある。
「じゃあ顔? 私みたいに明るい笑顔よりも、この子みたいにクール系無表情な女の子が好きなの? 私的にはやっぱり可愛い女の子は笑ってる方がいいと思うんだけどー?」
「そうではない。いいかげんその方面から離れろ阿呆」
どうしてこいつは恋愛方面に持って行こうとするのだ。
「この少女はただふらついていたから声をかけただけだ。倒れてからでは遅いのでな」
白さを感じる肌に、ふらついた足取り。視線は定まっておらず、その側には誰もいない。
そんな少女が目につけば、どうしたって気になるというものだ。
もっとも見た目がボロを着ていることもあって、周囲の人間は少女に関わろうとしないがな。下手に孤児に関わってもおかしなことに巻き込まれる可能性が高いのだから仕方がない。
俺の場合は、どうせ少しすればこの街から離れるのだし、何か起こったとしても対処できるだけの能力を持っているからこそ意識を向けるのだ。
「ん~……そうねぇ。なんかほんとに顔色悪そうな感じ? お医者さんに連れてく? ……あ。こっちだと教会だっけ?」
体調が悪くなったら医者にかかるのはこの世界でも同じだが、教会では寄付を行えば医療系の魔法を施してくれる。
一応寄付なので額がいくらだろうと治療してもらえるが、所詮運営しているのは人間なので額次第では優先順位というものができるし、一定額以下では断る場合もある。理由は何かしらつけるだろうがな。
もっとも、貴族は専属の医者や医療魔法使いを保有しているので、教会に多額の寄付をしてまで担当を確保することはあまりない。
教会に多額の寄付をしてまで便宜を図ってもらおうとするのは、精々が常時雇っていられるだけの金がない下級貴族か、それなりに金を持っている商人かのどちらかだろう。
俺も教会や孤児院に出資していたが、あれは貴族としての務めという意味合いが強い。慈善事業を行うのはそれなりの立場の貴族としては当たり前のことだからな。
あの者らはどうしているだろうか? 今まで行っていた支援が消えることになるのだから、これからは大変になるかもしれない。一応できる限りの手を打ってはきたが、それでも数年後には何かしら動かないと厳しくなるだろう。
だがまあ、教会にあまり厄介にならないと言っても、それでも教会を敵に回すのは利口ではない。何せ教会とは、言い換えれば宗教家の集まりだ。教会に所属するほど熱心な宗教家達が動き出せば、それなりに面倒なことになる。
寄付の引き換えに行なっている治療活動をやめるだけで、その原因となった者は市民からの突き上げを喰らうことになる。
なんらかの式典の際には教会の上層部から人を呼ぶが、敵対してしまえば来るわけがない。特に今この国は、もうすぐ天武百景という大きな催しが行われるのだ。その際に教会の関係者が来なければ、周辺の国から後ろ指を刺されることになる。
教会からの医療魔法つかいの派遣がなければ、天武百景の運営自体が怪しくなる可能性すらある。
たとえ一地方の小さな教会であったとしても、蔑ろにしていいわけではないのだ。その場所は寂れていたとしても、教会の所属であり、上層部に報告が行かないわけではないのだから。
もし何かやらかして敵に回られることになったら、原因となったどこかの誰かは、それがたとえ貴族だったとしても家を潰されることになるだろう。
もっとも、それは本当に最悪の場合の話だが、そんなわけで教会を敵に回さないようにするためにも、国としても国内の教会や孤児院が困っていたら手を差し伸べるだろう。申請すれば補助金も出るのだから、まあ暮らしていくぶんには問題ないはずだ。
——と、話が逸れたが……子供をどうするのか、か。
0
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる