聖剣如きがフォークに勝てると思ったか 〜秘伝の継承に失敗したからと家を追い出されたけど最強なので問題なし〜

農民ヤズ―

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三章

『揺蕩う月』の名誉ボス

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 ——◆◇◆◇——

 数日後。俺たち自身はあれから特になにがあるというわけでもなく普段通りに生活していたのだが、やはり街はあの晩の話と『樹林の影』の話で溢れていた。
 だが、それはそうだろうあれだけの規模の戦いが街中で起こったのだ。騒ぎにならないはずがない。

 とはいえ、俺たちには何かやらなければならないことがあるわけでもなし、ゆったりとした時間を過ごすことができていた。

「んみゅ……?」

 そんなある日の晩。なぜか俺の部屋に集まっているスティアが突然反応し、窓の外を見た。
 その動きに釣られるように俺も窓の外へと視線を向けると、数秒ほどしてからノックが行われ、それに反応しないでいると一人の少女が窓を開けて姿を見せた。

「リリエルラか」
「ええ。あ、入っても良いかしら?」
「今更だな。今まで許可なく入ってきたくせに」
「恩人に対する態度なんだから、変わるのも当然だと思わない?」

 ノックの返事も聞かずに部屋の中に入ってきたやつがよく言うものだ。

 だが、リリエルラのことを拒む理由があるわけでもない。それに、ことの顛末に関しては話を聞きたいと思っていたのだ。どうせ今日はそのあたりのことを話にきたのだろうし、ここで帰すつもりはない。

 そうしてリリエルラを部屋の中に招き入れ、スティアに自室で待機しているルージェを呼びに行かせてからリリエルラの話を聞くこととした。

「——と言うわけで、今回の件はひとまずは終わったわ。あとは小競り合いがしばらくは続くと思うけど、まあ戦力としてはどこも似たようなものだから、立ち回りにさえ気をつけていればそう面倒なことにはならないわね」

 だいぶ長い話になったが、状況は理解した。どうやら大きな問題にはならなくて済んだようで、こちらとしても一安心といったところか。
 ちなみに、スティアは興味のない話が長々と続けられたせいか、すでに寝ている。気楽なものだ。

「そうか。ならよかったな」
「ええ、本当に」

 そう言ったリリエルラは、心の底から安堵したように息を吐き出したが、それだけ不安だったのだろう。

 だがそれから数秒もすれば意識を切り替えたようで、リリエルラは真剣な表情でこちらを見つめてきた。

「それで、あなた達はどうするの?」
「さて、どうしたものか。やることは終わらせたが、そのせいで少し騒がしくなっているのでな。面倒に捕まる前にここを離れようかとは思っているが……」
「この街に留まるわけにはいかないのかしら?」
「今も言ったが、面倒になりそうなのでな。まあ、個人的にこの街のことを嫌っているわけでもなし、できることならばしばらく留まっておきたいとは思っているが、それもどうなることやらだ」

 民から不当に搾取していた悪徳商人も、『揺蕩う月』の協力があって潰すことができた。
 本来の目的であるスティアを満足させるための肉も大量に狩った。
 であれば、あとはやることがないのだ。

 もうそろそろスティアの回収部隊がやってきても良さそうなものなので、できることならばこの街から離れたくないと思っている

 だが、それ以外には暴れすぎたことで動きづらくなっているので、ずっとこの街に留まり続けるわけにもいかないと考えていた。まあ、実際のところはスティアの回収部隊と合流してからどうなるかだが。もし相手が王族として命じてきたのであれば、俺もスティアと共に王都へと向かうことになるだろう。
 それは避けたいところなのだが、状況が状況なのでそうなったとしても仕方ないだろう。

「それで、お前達に頼んだ情報は手に入ったか?」

 俺はこの間の戦いに参加する対価として、どこぞの阿呆につけられることとなった隷属の首輪を外すことができる人材を探すように求めた。
 一応こちらの事情に関してはスティアの姉である王女に伝えたので、スティアの回収部隊に同行しているかもしれないが、していないかもしれない。
 なので、こちらでも探すだけ探しておくのは間違いではないだろう。

「いいえ。ごめんなさい。それはまだなの。流石に最高級の封印の解除をできるような人はこのあたりにはいなくて……」
「そうか。まあ、仕方あるまい。首都であろうと見つけるのに苦労するような存在だ。こんな場所、と言うのはこの地に住む者に失礼ではあるが、場所が悪いのは事実だからな」
「そうねえ。流石に首都と比べられるとどうしたって見劣りするわね。でも、この街もなかなか人が集まるのよ? 何せ、この街には魔境があるもの。腕試しや純粋に稼ぎのためにここに来る人は多いし、それを相手に商売をしている人もそれなりにいるんだから」
「それは知っている。ここ最近はこの町で生活していたのだからな。だが、そうであっても呪いや契約を破棄できる術者は特殊だろう。それも、その道の最高位ともなればそうそう見つかる者でもない。何せ、それ専門で学んだ者でなければならないのだから」

 そこらにありふれた技能である『剣術』も、極めた者となればそうそう容易くは見つからないのだ。元々数が少ない呪いであれば、極めた者を探すのも容易ではないことなどわかりきっている。そのため、見つからないとしてもそれは仕方のないことだ。

「これで、今回の件は終わったな」

 今の話で、今回の『揺蕩う月』と『樹林の影』との抗争に関する話は全て終わったことになる。事後の経過報告もだし、約束していた報酬もまだ見つかってはいないが、それはこれからも探すということで話がついた。
 であれば、他に話すことはなく、これで終わったと言ってもいいだろう。

 あとは、呪いの専門家が見つかり次第連絡をとってもらうだけで、それ以外は普通に旅人としてこの街で過ごしていればいいだけだ。

「はい。以後、我々はあなたの麾下となりましょう」
「……なんだと?」

 そう思って大きく息を吐き出したところで、リリエルラから予想外の言葉が聞こえ、俺は一瞬反応することができずに呆けてしまった。

「あの晩に約束したとおりです。手を貸せと、そうおっしゃったではありません貸せと」

 あの晩とは、リリエルラが俺たちに助けを求めた時のことだろう。確かにあの時、俺たちが手を貸す条件として手を貸せと頼んでいた。

「手を貸せとは言ったが、俺は一度でいいと言ったはずだぞ?」

 そしてそれは今回の呪いの専門家探しを頼んだことで帳消しになったはずだ。だからこそリリエルラ達も専門家について調べ、ここに報告に来たのではないのか。

「そうですね。しかしながら、私は何度でもあなたの指示を受けると答えませんでしたか?」
「……違和感を感じてはいたが、あれはそういう意味か」

 言われてからよくよく思い出してみれば、確かにこいつは〝一度だけ手を貸す〟とは言っていなかった気がする。
 あの時もそのことに関しては違和感を持っていたのだが、状況が状況で詳しく問い詰めている時間がなかったので流したが、まさかあの時から俺の麾下に入る……いや、俺を主とするつもりだったのか?

「はい。それでは、これからよろしくお願いいたします。我らがボス」
「俺は受け入れたつもりはないぞ」

 こいつらの主人ということは、それはつまり裏ギルドである『揺蕩う月』の頭目ということになる。
 俺は旅人として過ごすつもりなので組織を率いるつもりはないし、それが裏ギルドともなれば尚更だ。

「そうですね、ボス」

 だが、リリエルラは俺の言葉を聞いても考えを改めるどころか、笑みを浮かべながらふざけた言葉を返してきた。

「……おい」
「なんでしょう、ボス」
「その呼び方はやめろ」
「おかしなことをおっしゃいますね。これは単なる語尾です、ボス」
「……」
「ボス」
「俺はこの街を離れると言ったつもりだが?」
「それでも構いません。名誉職として永遠にボスの座についてもらうだけです」
「その行為が、俺の不興を買い、俺と敵対するものだと理解していないはずがないだろう?」
「はい。ですので、敵対すると、私たちを処理すると決めた時はおっしゃってください。あなたの手を煩わせる前に自刃しますので」

 こいつ……俺がそのようなことをしないと高を括っているな。……実際するつもりはないのだが、見透かされているようで腹立たしい。

「あなたは使いたくなれば私たちを使えばいい。……あ、私の体も使っていいですよ?」
「……はあ。わかった。ただし、組織の運営などやらんぞ。ついでにお前の体もいらん」

 拒否したところで、こいつらは付き纏うことになるだろう。そうなるくらいならば、まあ、名前を貸すくらいならば受け入れよう。これも下手に関わりを持った影響だ。あの時手を貸すことを決めた俺自身が悪いのだと考えるしかない。

 それに、裏ギルドを毛嫌いすることが許されるほど俺はできた人間かと言われると、そんなこともないからな。

 まあ、考えようによっては便利と言えば便利だ。何せ、以前よりも弱体化しているとはいえ、それでもこの街の裏の半分以上を支配していた組織だ。その伝手があれば、欲しい情報もすぐに集めることができる。例えば、民を虐げる貴族の情報だとかな。
 あるいは、知人達の現状に関しても知ることができるかもしれない。最後に家を出ていく前に手紙を出したきりだから、不安に思っていることはあったのだ。それを知ることができるのだと考えれば、まあ悪くはないだろう。そう思うことにしておこう。

「ありがとうございます。それでは、これからよろしくお願いいたします」
「……語尾などついていないではないか」
「失礼いたしました、ボス」
「それはもういい。普通に話せ」

 そうして俺は、なぜか『揺蕩う月』の名誉頭領として裏ギルドに名を連ねることとなった。
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