異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

農民ヤズ―

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1章

異世界ものの定番(エルフ)

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 はい、それじゃあ気合を入れてー……

「——<天地返し>×2」

 ……びっみょうにできたな。
 発動自体は同時だった。だが、片方は意識が向いていなかったのか、発動は同時でも終了は同時じゃなかった。

 慣れてないからってことなんだろうけど……まあ、発動自体はできたんだ。今後の課題だな。

 とりあえず今は連続発動しまくっとけばいいか。

「<天地返し><天地返し><天地返し><天地返し>——」

 俺の言葉とともに目の前の地面がいくつも横に連なるように抉れ、動き始めた。

 なんだが拍子抜けするくらいに順調にいっている気がするが、それはいつまでも続くわけではなかった。

「<天ちょ——っ! ~~~っ!」

 いってええええええ!! 噛んだ! 舌噛んだ!

 そりゃあそうだろうな。これだけ言ってりゃあそうなってもおかしくない。

 でもだとしても、だ。……おらっ! ざけんなよ! 舌噛んだじゃねえか!

 誰のせいでもないが、そんな風に誰に向けたものでもない悪態をつきながら、痛みを堪えるために軽く足元の地面を爪先で何度も蹴りつける。

「坊っちゃん。大丈夫っすか?」

 護衛として少し距離を離した場所で見ていたエディは、俺が舌を噛んだのを見て少し慌てた様子を滲ませながらこちらに寄ってきた。

「あー、いてえ」

 噛んだベロをちょっとだけ出して見せるが……うぇ、血の味がした。

「ああ、傷があるっすね。まあほっとけば治るっすけど、治癒師呼ぶっすか?」
「んー、そこまででもないだろ。痛いっちゃ痛いが、まあしゃべれるし」

 この程度で治癒師って、やっぱお前ら過保護すぎんだろ。治癒師ってふつう子供が舌を噛んだ程度で呼ぶようなもんじゃねえぞ。金もバカにならないし、もっと大怪我……少なくとも骨折以上でないと治癒師は呼ばない。
 まあうちには専属の治癒師がいるけど、だとしてもこんなことで呼ぶようなものではないというのは間違いではない。

「でもちょっと休憩。口を濯げる水ある?」
「っす。ならこれを」

 そう言うとエディは腰のポーチから器を取り出し、その器に向かって指を突きつけるとその指の先、虚空から水が出現してエディの持っていた器に注がれた。

 それは魔法だ。エディは魔法によって指先から水を出したのだ。

「ん? エディって、お前『盗賊』じゃなかった——ああ、副職か」

 前にエディの天職は『盗賊』だと聞いたことがあったが、今水の魔法を使ったのだからそれは天職か副職のどっちかに『水魔法師』があるはずで、天職でないのなら副職だってことになる。

「そっすよ。俺の副職は『水魔法師』っす。まあ、飲み水をちょっと出すくらいしかできねんすけどね」
「いや飲み水って結構重要なやつじゃん。便利だな」

 確かに街に暮らしているだけならばちょっと飲み水を出すだけならあまり役に立たないだろう。
 だが、傭兵や冒険者や騎士のように街から離れて旅をするようなものであれば飲み水を出す能力ってのは結構——どころではなくかなり役に立つはずだ。

「ま、そっすね。あとは三位階の常時スキルの『水源探知』は結構役に立ったっすね」
「あ、水魔法師ってそれなんだ」
「っす。水がどこにあるかわかるんで、傭兵んときも騎士んときもそれなりに使えたっす」

 どうやら『水魔法師』のパッシブスキルは水源を探すことができるようだが、それならかなり役に立つだろうな。自分の魔法ではちょっとした飲み水しか出せなくても、水源の場所がわかるのであれば団体行動ではその集団の生命線を握ることだってできる。
 それほどまでに水の存在というのは重要なのだ。

「ちなみに希少な方は『水精知覚』って言う水の精霊を見たり話したりすることができるスキルっすけど、あいにくと俺は一般的な方っすね」
「精霊かー。いつか見てみたいもんだよなぁ」
「基本的にスキルがなきゃ見えねえってことっすけど、気に入られるとスキルがなくても見ることができるらしいっすよ」
「気に入られるような『綺麗な奴』限定だろ?」

 精霊ってのは世界中に存在している力を持った存在だ。
 その精霊は波長が合わないと見ることができないと言われているが、波長が合う存在ってのは『心の綺麗な奴』が多いと言われている。

 それでいくと俺はどう足掻いても精霊を見ることなんてできそうにない気がする。だって俺、心が綺麗なんてお世辞にも言えないし。

「けどま、その時を期待してみるかな」
「この街じゃ精霊なんて見えねえと思うっすけどね」
「精霊に気に入られるような『綺麗な奴』なんていねえからなぁ」

 何せここは犯罪者の街。精霊に気に入られるような『綺麗な奴』なんているはずがない。

 ああでも、闇堕ちした精霊なんてのがいたら見ることはできそうな気はするな。

 あくまでも多いってだけで『心が綺麗』じゃなくても絶対に見ることができないってわけではないんだし。
 なので俺にもまだ精霊を見ることのできる希望がなくなったわけじゃない。

「っすね。——ただ、森には行かないでください」

 俺の言葉に頷いた直後、突如普段のヘラりとした軽さを決して真剣な様子で話し始めたエディ。

 なんで急に森の話なんか……?

 そんな様子を不思議に思いながらも、俺はその言葉に感じた疑問を問いかける。

「森って外にあるあそこか? まあ行く予定は今んところないけど……何でだ?」
「森——この街の東にある森にはエルフが住んでます。エルフは精霊との親和性が高く、種族全員が精霊を見ることができると言われてます。それはエルフという種が精霊の末裔だから、とも。でも、そんな種族だからでしょうね。エルフは人から狙われます。愛玩用であったり、その精霊を見る血を取り入れるためだったり……まあ目的は色々ですが、共通点があります」

 ……あー、これはあれだな。異世界あるあるの定番だろ。

「それは、全員が望んでいないということ。つまり——拐われたということです」

 だよなー。まあわかってたよ。予想はしていた。エルフって基本的に拐われる種族だもん。いや偏見が多分に含まれてるけどさ。でも、そう間違ってはいないと思う。

 もっとも、この世界ではエルフだけではなく人間もその他の種族も、等しく拐われるだろうな。そんな文明が発達してないから治安も現代に比べるとはるかに悪いし。
 だから多分、拐われた中でもエルフが特に問題視されてる、って感じだと思う。数で言ったら人間の方が拐われてるはずだ。だってこの街で売られてる奴隷はほとんど人間で、たまに獣人やなんかの純粋な人間以外だし。

「そしてこの街は犯罪者の街。なのでエルフ達はこの街の住人が森に入ることを嫌い、見つけ次第攻撃を仕掛けてきます。なので、森には入らないでください。それから、エルフの姿を見なくても、その存在が関わってるとわかったら全力で逃げてください」

 あー、まあ人攫いが済むような街が近くにあったらそりゃあ警戒するわな。直接的な繋がりがあるわけでもないし、関係が悪化しても構わないとか思って普通に殺してきそう。

 エルフが関わっているのが分かったらってのは、自分から森に行かなくてももしかしたら街の中にいるかもしれないってことか?

 まあこんな街でも近くにあるわけだし買い出しなんかに来ることもあるかもな。

 それに、諜報活動とかみたいなのをやっていて、もしかしたら同族が捕まってるかもしれないからその調査に来ている、とかも考えられる。

 まあ何にしても、だ。エルフと関わって騒ぎでも起こりでもしたら面倒なことになるし、俺が主体ではなくエルフ関係の騒ぎに巻き込まれることも、それによって死ぬかもしれないことも考えられる。

 いずれ自力で生き残れるような力がついた時ならば構わないだろうが、今はエディの言ったように素直に逃げたほうがいいだろう。

「……ああ。わかった」

 真剣な様子のエディに応えるように俺も真剣に頷いたのだが、そんな俺を見て満足したのかエディはフッとそれまでの真剣な様子を崩していつも通りのヘラリとしたゆるい態度へと戻った。

「ま、そう入っても基本的にエルフを拐うなんてことをするのはかなりリスクの高い犯罪なんで、よっぽど頭の足りないやつか、考えなしの欲張りか、無駄に肥大した自信家のどれかっすけどね」
「要は全部ただのバカってことだろ」
「っすね。でも、そんなバカが多いのがこの街っす。だから、森には行かねえと思うっすけど気をつけてくださいっすよ」

 ゆるい態度なのは変わらないが、それでもその声音は俺のことを本気で心配しているのがわかる。

「わかってる。俺も死にたくないからな」

 だから少しでも安心させるために俺は笑ってそう答えた。
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