異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

農民ヤズ―

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14章

勇者:迷い

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「誰も飢えねえ、ただひたすらに『上』に向かって進むことができる。外の奴らはここを『掃き溜め』だとか『未来を潰された街』だとか言うが、俺たちからしてみりゃあ天国だ。飢える心配なんてなく、やり方次第でどんな身分だろうと、どんな力だろうと関係なく『上』にいけるんだからな」

 そう言った男の様子はどこか自慢げで、誇らしげに見えた。

 でも、それも理解できる。
 この世界では食料というのはとても大事なものだ。日本のように飽食なんてことは一般の市民にとってはありえないことで、二、三日食べないことは割とザラにあるそうだ。
 俺がこれまで立ち寄った村でも、飢えによって苦しんでいた人々がいた。その都度どうにかして支援をしたりしてきたけど、根本を解決できたかというとそうじゃない。
 しかも、今は支援を要請することもできないくらいに国全体が食料の危機に瀕している。

 実際、俺だって『勇者』として招かれて城で生活していたはずなのに、一日二食になったり出てくるものの量が減ったりしていた。
 それでも食べられただけ幸せなのかもしれないが、いつも通りに食べられなかったことでお腹は空いた。

 そんな思いをしなくて済むような場所ならば、食料のことなんて考えずにただ成長することだけを考えられるような場所ならば、それは確かに自慢できる場所だろう。

「ま、そんな街でも俺みてえに進むのをやめて小金稼いでる奴もいるんだがな」

 男はそう言いながら肩をすくめてみせるが、どうやらこの男は『上』に進むことを諦めたようだ。

「……ところで、あれは何をあんなに騒いでいるんだ?」

 そんな男の自虐とも言える言葉になんて返していいかわからず、話の方向をそらすことにした。それがなくても、普通に気になっていたから聞きたかったし、ある意味ちょうどよかった。

「あれか。あれは……そうだなぁ。『悪』になるための部下集め、か?」
「部下集め? それに『悪』? ……確かになんだか跪いている人たちがいるけど……」

 確かにやっていることは悪者っぽい感じがしなくもないけど、それでも雰囲気がとてもではないけど『悪』とは呼べないようなものになっている気がする。何せ、集まっているもの達はみんな笑っているのだ。それも、何かを企んでいるような笑みではなく、心から楽しんでいる、喜んでいるような笑みを。

「あの姫さま、自分は偉大な『悪』になるんだ、なんて言ってるわりに、やってることが正反対なんだよ。ああやってたまに街を歩き回って、怪我人や病人を治してくんだ。もちろん金は取るが、一人あたり焼き串一本分くれえの金しか取らねえ。それがどんな重病だろうと軽症だろうとな。まるで『これは慈善活動ではない』って言い訳してるみてえにな」

 串焼き一本って、子供のお小遣いでも買えるものだ。それで治療? しかもどんな症状でも変わらない値段で? ……とてもではないけど信じられない。

「他所には教会があるし、行けば治してもらえんだろうが、それには金がかかる。それも、バカ高え金がな。聖国には『聖女』なんてもんがいるらしいが、そいつだってこんなバカみてえに騒いで誰彼構わず治してく、なんてことはしねえだろ? 俺たちからしてみりゃあ、あの姫さまの方がよっぽど『聖女様』だ」

 この男の言うように、聖国でも治療は行っているが、それには結構な料金がかかる。

 医術の発展していないが魔法のあるこの世界では誰もが医者を名乗れるけど、ちゃんとした効果がある魔法を施してくれる場所は限られている。
 それに、一度では治らないような重傷の場合は何度も通うことになるけど、まともな医者でなければ通ったところでそもそも治るかどうかもわからない。
 そのため、みんな安全で絶対に治してくれる信頼のある教会にいく。
 けど、その〝絶対〟はお金がある者に対してだけだ。そしてそのお金は、普通の一般家庭ではどうにかして数年がかりで貯めるような額。

 にもかかわらず、あのエルフの少女はほとんど無償と言ってもいいような金額で、しかもただ教会で待っているんじゃなくて自分から治しに街中を巡っている。

 俺はこの世界で生きていくための常識を聖国で学んだけど、その常識からするとあり得ないことだった。
 だから、すぐには信じられなかったし、驚かずにはいられなかった。

「——ってわけで、俺もそろそろ行くか」

 男はそう言ってから荷物をまとめて立ち上がったが、行くと言うのはあのパレードのところだろう。
 だが、治療のために活動しているところへ向かうと言うことは、この男もどこか怪我をしているんだろうか?

「行くって、あそこに? どこか怪我してるのか?」
「いや? んなもんをするほど間抜けじゃねえよ」
「ならどうして……?」
「単純に姫さまと神様に会いてえからだ。こんな街でも、あの二人に会ってる間は、この街が世界一楽しい場所に思えるからな」

 そう言って男は歩き出したが、何を思ったのかふと足を止めてこちらへと振り返ってきた。

「一つ忠告だ。にいちゃんが何者で、何が目的でここに来たのかは知らねえし、好きにすりゃあいいとは思う。欲しいものがあるでも、誰かを殺してえでも、なんだったら魔王様や幹部を狙うでも構わねえ。だが、あの二人を襲ったら、この街の全員が敵に回るぞ。それを『聖国からやってきたお仲間』にも伝えといてくれよ」
「えっ!? 気づいて——」

 聖国の仲間と言われ、俺は話していなかったはずの正体を知られていたことに驚き、声をかけたけど、男はおれの言葉に反応することなく、パレードの方へと行ってしまった。

「『聖女様』、か……」

 確かに、カノンがああして街を練り歩いて誰かを治すというのを見たことがない。
 もちろん旅の途中で立ち寄った場所では無償で治癒をかけたりしていた。
 でも、それは自主的にだったのか、本当に『無償』だったのか、と言われると……。

「飢えることのない街、か……。それはエルフや精霊だからできることなんだろうけど、聖国にきてもらえないかな」

 魔王に来てもらえればなんとかなると思っていたけど、多分魔王が植物使いとして有名なのは、あの精霊やエルフの仲間達がいるからなんじゃないだろうかと思った。
 なら、魔王に来てもらうんじゃなくてエルフ達……もっと言うならあの神輿の上にいる二人に来てもらえれば……そうすれば、今の食料問題も全部解決するのに。



「おかえりなさい、ユウキ。街を見て回っていたようですね」
「……ああ、カノン。ダラドも。そっちもおかえり」

 宿に戻るとちょうどカノンとダラドは戻ってきたのか、部屋の前で出くわした。

「どうかしましたか? 何やら元気がないようですが」
「え? そうかな?」

 自分としてはそんなおかしかったつもりはないんだけど、何か普段と違っただろうか?

 でも、正直なところ思い当たることはある。
 あの情報屋らしき男と話したあと、俺は『聖女』と呼ばれたエルフの女の子と、『神様』と呼ばれた精霊の女の子達の様子を見ていた。
 あのパレードでは、本当に治療費を格安で行っていたようで、明らかに貧民だとわかる姿の者も、普通なら自然治癒を待つようなちょっとした怪我の者も治療を受けに行っていた。
 そして、その対価として現金を出すこともあれば、そこらへんの露天の料理だったり、中には手作りのお菓子なんかを渡している人もいた。転んで膝を擦りむいた子供に駆け寄り、「出世払いでいいわ」と言って治している、なんてこともあった。

 その場に集まっていた全員が楽しげに笑っており、それは対価を受け取るエルフの少女も、その隣でお供物として差し出されたものを食べている精霊の少女も同じだった。

 あんなふうに心から楽しそうに笑った女の子を、俺は見たことがあっただろうか?

 俺だって他人から笑いかけられたことはある。俺と話していて楽しげに笑った人達だっていた。自惚かもしれないけど、好意を寄せてくれた女の子だっていたんだ。カノンとだって、恋人……とまではいかなくても、ただの女友達というよりは仲良くしている。

 でも、それは『勇者』だからなんじゃないか……そう、思わずにはいられなかった。

 それは、魔王を倒したあたりからなんだか違和感を感じるようになったことも関係しているのだろうと思う。
 最初は些細なものだった。違和感を感じたといったけど、それだって感じたかもしれない、程度のものでしかなかった。でも、今回の件で聖国からこっちに来ることになって、カノンの態度……いや、雰囲気が変わったように感じられた。

 だが、そう思っていてもそれを口にすることはできない。
 なので俺は、咄嗟に何か言い訳を考え、それを口にすることにした。

「……なんというか、思った以上に『ちゃんとした街』だったな、って」

 それは言い訳として出てきた言葉だったけど、実際に俺が思ったことでもある。
 この街の実態や成り立ちを知っていれば『素晴らしい街』だとは言えない。けど、だからといって他のもの達が言うように『掃き溜め』かと言うとそうじゃない。

「それは……」
「ユウキ。騙されるな。確かに表面上はそう見えたかもしれないが、それはただの擬態だ。その本質は犯罪者の住処であり、到底赦すことのできない行いの隠れ蓑に過ぎんのだ」

 カノンは俺の言葉にぴくりと眉を顰めながら何かを言おうとしたが、それを遮るようにダラドが 一歩前に出てきて咎めるように言い放ってきた。

「そう、だな……。悪い。思っていたよりも穏便に方がつきそうで変なことを考えたのかもしれない」

 ここで言い争ったところで何になるわけでもないので、俺はそう誤魔化した。

 でも、そうだ。きっとこれは誤魔化しではなく、俺が心の奥で考えたことなのかもしれないな。今は聖国が大変なことになっていて、その問題をどうにか解決できないかと心配していた。その問題が解決しそうになったから、変なことを考えたり、ないはずの違和感を感じたりするんだろう。

 だからきっと、この問題が片付けば俺はまた元通りみんなと笑うことができるはずだ。
 だって物語なんかの『勇者』っていうのは、そうあるべきだろ?
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