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15章
『不名誉な職』
しおりを挟む「信じたところで役に立たねえからだよ。確かに俺たちにも天職はあるさ。あんたら教会が言うところの、『不名誉な職』だがな」
おお、奇遇だな。こっちも不名誉な職なんだ。まあ、不名誉、というか不遇な職って言われてるけど、その辺はどうでもいいな。それが理由で見下され、父親に捨てられたって事実は変わらないし。
「この国でそんな『不名誉な職』なんてもんを得た奴がどんな扱いをされるか、知らねえわけねえだろ?」
知らないです。
いやまあ、多少は知ってるよ。情報としてこの国のことを調べさせたり、植物との意思疎通ができてた頃にはたまに聖国内の様子を覗いたりもしてたんだから。
でも、それを実感できているか、と言われると、頷くことなんてできない。
迫害された苦労なんて、いくら話を聞いたところで、映像を見たところで、実感なんてできるわけがない。
わかるよ、大変だったね、なんて言えるのは、本当に同じような経験をした同類か、同情心を見せびらかして上っ面だけで話しているクソ野郎だけだ。
「周りからは疎まれ、殺されかける。そんな教えを広めるような神なんざあ、ゴミクズ以下の価値しかねえんだよ! それを信仰する教会も、それに追従するグズ共も! 全員価値がねえ」
それぞれの職に格をつけて、不遇、不名誉とされている職を与えられた者は虐げる。
そりゃあ確かに要らないと言えるだろうな。だって、不遇な職なんてないんだから。
不遇職と言われている俺だって、鍛え方、使い方で魔王なんて呼ばれるほどに強くなれた。
それは本来の使い方ではないし、想定されていた使い方でもないだろうが、力なんて使う者の考え方次第だ。包丁で野菜を切るのも、人を刺すのも、定規の代わりに使うのも、その使い手次第。
他の職だって同じだ。どんな職を与えられたとしても、使用者の考え方次第でいくらでも化ける。
だから、これは役に立たないから不遇職、なんてのはあり得ない。そう言われているんだとしたら、それは使い方と鍛え方を間違えているだけ。
もっとも、神様は職による差別なんて意図しているわけじゃないと思うけどな。
そもそも『神のかけら』なんて呼んでいるものの、それが本当に神様から与えられた力なのかはわかっていない。もしかしたら、この世界は人であれば誰にでも自動的に力が与えられるという世界で、ただ万人に与えられた……いや、流れ込んだだけという可能性もある。
まあその場合は力の元となっている世界そのものを神様と呼べるかもしれないが、まあその辺はどうでもいい。
大事なのは、一般的にスキルや転職を与えた『神様』ってのは、迫害する気なんてなかっただろうってこと。
だって、迫害する気だったら最初っから天職なんて与えなければいいだけなんだから。
にもかかわらず、この国では迫害が行われていると言うことは、それはつまり神様の意向ではなく、教会が自分達にとって都合の良いように考え、広めた『ありがたいお言葉』や『神のご意思』ってやつだろう。
「知ってんぜ、聖女様よお。後ろにいるのはどっかの国のお偉いさんだろ?」
おっと、こっちに話が飛んできたな。
首が痛くなるし疲れるから、あまり見上げるのは好きじゃないんだけど、話がこっちに関係してくる以上は見ないとな。
そう思って馬車の窓から顔を出して崖の上を見上げると、こっちを見ていた男と目が合った。
よくこれだけの人数と混乱の中から俺を探すことができたな、と思ったけど、まあこんな状況でも慌てることなく馬車の中で優雅に見上げている奴がいたら、そいつは偉い奴だとわかるよな。
というか、そもそもこの馬車には紋章がつけてあったり飾られてたりで、無駄に豪華だってのもあったな。むしろそっちがメインの理由か。
「それがこの先になんのようがあるのかは知らねえが、まあそんなことは教えられたところで俺たちには関係ない。そんなことより大事なのは……そいつらが死んだらあんたらは困ることになるだろうってことだけだ!」
「お前っ、どこでっ、……どうしてそれを!?」
勇者ェ……。かまかけの可能性もあるんだから黙っていようよ。
まあ、聖女について知ってたんだから十中八九確証を持っての行動だっただろうけど。
それに、今のあいつの言葉。まるで誰かから情報を教えられたような口ぶりだったな。
文脈的にはどうとでも取れる微妙な感じだったけど、もしただ恨みを募らせて動いたのではなく、誰かの指示や協力があって動いたのであれば、面倒なことになるな。いやまあ、もう面倒なことになってるけど。
勇者としても、そこまで理解して問いかけた可能性はある。
聞いても教えてくれないだろうけど、もしかしたら口を滑らせてくれるかもしれないから、ってな。
だがあの勇者が一瞬でそのことを理解したとは思えないし、やっぱりただ反射的に問い返してしまっただけだろう。
「お前は……ああ、勇者様か。はんっ! 御伽噺の主人公がお前みてえなガキだとはなあ!」
男は勇者のことを馬鹿にした様子で見下ろし、鼻で笑った。
だが、それも仕方ないだろう。勇者と言ったら俺でさえ知ってるこの世界の御伽噺の主人公だ。子供達は大抵がこの勇者についての話を聞いて育つし、「自分も勇者に」とか「勇者の仲間に」なんて思いながら強くなろうと夢見る者は大勢いる。
勇者の発祥地、と言うわけではないけど、勇者を大々的に支援し、その行動について主導している聖国では、他国と比べて大袈裟なくらい広まっているのだ。
曰く、『救世の大英雄』『人類の守護者』『正義の象徴』なんて具合にな。
俺が読んでいた本はザヴィートのものが基本だったからそこまで大袈裟ではなかったけど、それでもすばらしい存在だ、みたいなことはどの本にも書かれている。勇者なんて碌でもない奴らだろうな、と考えていたが、それでも少しだけ会ってみたいと考えていたんだ。
それが聖国育ちともなれば、『勇者』に対する期待や評価は凄まじいものだろう。
それなのに、実際にあったのが〝これ〟では、鼻で笑われるのも仕方がないだろうな。
だって、見るからに頼りないもん。武力的な意味じゃなく、人間的な意味でのものだけど。
「どこで聞いたかって? そんなもん、教えるわけねえだろうが。それともなんだ? 俺たちがどこの誰から聞いたのか素直に教えると思ったのか? だとしたらとんだ甘ちゃんだなあおい」
期待はずれの勇者に向かって、男は怒りを滲ませた表情で話している。
やっぱり教えてはくれないか。でも、誰かから聞いたってことは確定だな。
今こいつは、「どこの誰から聞いたのか」といったが、もし誰からも聞いていないのであれば、「どうやって知ったのか」と言うはずだ。だって、勇者は「どうして」と問いかけたのだから。
普通は「どうして」と問われれば、無意識のうちに「どうして」という言葉に対応する言葉で返すはず。だがこいつは「どうして」でも、「どうやって」でもなく「誰から聞いたか」を隠そうとした。
こいつは偶々知ったのでもなければ、自分で調べたわけでもない。だからこそ、無意識のうちに「誰かから聞いたのか」なんて言葉を使ったのだ。
小さいことだが、だからこそ無意識の中の本心が見えるものだってことを、俺はカラカスの生活で学んだ。
これで偶然俺たちが近くを通ったから襲った、って可能性は無くなったな。
まあ、わかりきってたことだけど。だって、これだけの人数を揃えて移動するってのはそれなりに面倒だ。
にもかかわらず、俺たちがここを通るときにちょうどここに居合わせた? ないない。あらかじめ待機していたに決まってる。
だが、そうわかっていたけど、改めて確信が持てると少し安心できるな。
もっとも、これまでの言動がブラフじゃないとは限らないので、絶対にそうである、とは決めつけないけどな。
それに、誰かが俺たちを殺そうと人を送ったと考えておけば、みんな今まで以上に緊張感を持って警戒をするだろうし、次があった時には対処しやすくなる。もし仮にこの襲撃が偶然の産物だったとしても、ただの取り越し苦労で終わるだけだ。それはそれで構わない。
「どうしてお前たちはこんなことをするんだ? なぜ人を襲う? 同じ人間じゃないか!」
勇者が空から降ってくる岩を軽い調子で切断しながら問いかける。
そんな様子を見たからか、姿を見せていた男は苛立ちを声に滲ませて口を開いた。
「……あーあー、良いよなあ、お前は。異世界なんてところから呼び出されて神様直々に良い天職をもらって、教会の奴らからはチヤホヤされて、何一つ不自由のない生活を送ってきたんだろうな。今だって飢えることなく贅沢な暮らししてんだろ、クソッタレが」
それはきっと、『不遇』『不名誉』とされてきた天職を授けられてしまった者全ての心の内を代弁した叫びだろう。
もっと違う職を得ていれば。俺たちもあいつらみたいにいい天職を得られていれば。
どうして自分はこんな目にあっているんだろう。どうしてあいつらはあんなにも笑っていられるんだろう。
そんな誰かを羨む悲痛な叫び。
俺は恵まれているし、今の生活に不満はない。
けど、同じようなことを思ったことはあった。
今でこそ『農家』だからどうした。不遇なんて知ったことか、と言えているが、最初は「どうして『農家』なんて……」と嘆いたものだ。
……まあ、こいつらの言葉を理解はしても共感はしないけどな。だって、俺は頑張ったんだから。
俺は頑張って頑張って、必死になって鍛えた。その結果ここまで来れたんだ。
同じ『不遇』と言われた職を与えられた凡人の俺にできたことなんだから、あいつらにもできることだ。現状を変えたいのなら、俺と同じように必死になって努力をすればよかった。天職がどうたらと口にして頑張ってこなかったやつの言葉なんて、共感できるはずもない。
ただまあ、俺は環境が恵まれていたからここまで来れたってのはある。あの環境にいたからこそ、毎日ぶっ倒れて寝続けても死ぬことなく看病してもらって鍛え続けることができた。あんな短期間での詰め込みのような訓練は普通のやつはできないだろう。
ただ、それは短期間ではできない、という話なだけで、十年に十年とかければ第十位階に行くことはできるのだ。そのためには毎日『苦労する』なんて言葉じゃ言い表せないくらい苦しく辛い日々を送ることになるだろうけど、それでもできないわけじゃない。覚悟さえあればな。
だから、こいつらの境遇も思いも、理解はできても共感も同情もしない。
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