異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

農民ヤズ―

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15章

『モリビト』のロロエル

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「あ……、いや、それは……」

 リリアは俺がどこ見たのかを問いかけてきた。だがそれをこいつに言うわけにはいかない。
 エルフが拐われた、奴隷にされた、虐められた。その程度だったらいいだろう。助けに行く、って言うかもしれないし、十中八九言うだろうが、それはまだ〝助けられる〟んだから。
 でも、樹になったのであれば話が変わる。もう助けられないとなれば、こいつがどう思うかは想像つかない。

「……あの街?」
「気付いていたのか?」

 あの街、と言うのは聖都のことだろう。
 一瞬カマをかけてきたのかと思ったが、どうにもそんな様子でもなかったようなので素直に言葉を返すことにした。

「ううん。でも、なんとなく嫌な感じはしてたのよね。それがあの街を離れると薄れて、ここに近づくとまた嫌な感じがしたの。それで、ここに近づいてくるとどんどん嫌な感じがしてった。なら、おんなじような感覚があったあの街でおんなじようなことが起こってるって考えるべきでしょ」

 ……まあ、そうだよな。こいつはバカでアホだが、頭が悪いわけじゃない。本当に大事な時であれば、ちゃんと気づくことができる。それが、俺にとっては気付いてほしくないことだったとしてもな。

「そっか……あの街にはみんながいるんだ」

 ここで慰めるべきか、それとももっと他に何か言うべきかのか、そもそも何も言わなくてもいいのか分からず、結局黙っていることしかできなかった。

「それはそれとして、ここのみんながこうなってるのはどうしてだと思う?」

 まるで何事もなかったかのように普段通りの様子で振る舞うリリア。
 そんな姿を見て、聖都のことは気にしないのか、話さなかった俺に何か言いたいことはないのか、と聞きたいが、聞かない。だって、気にしていないわけがないし、言いたいことがないわけでもないだろうから。

「なんでだろうな……」

 そう呟いて俺は近くにあった樹に手を伸ばす。
 指先から伝わる感触は確かに樹のもので、これが人だったと言われてもやっぱりそう簡単には信じられない。

 だが、植物相手なら聞こえるはずの声がない。そのことがこの樹は本物の植物ではないんだということが理解できてしまう。

 ……聖都では教会の奴らがやったんだとしても、じゃあなんでここにも同じようなことが起こってるんだ?

「フロー——」
「それは私が教えてあげようっ!」

 俺からは何も分からなくても、聖樹であるフローラならば何か聞き出せたりするんじゃないか、と思って声をかけようと思ったのだが、突如無駄にテンションの高い声が聞こえ、その声と共に一人の男が姿を見せた。

「誰だ?」

 今俺たちの周りには数百人もの人数が集まっている。その全員に気づかれることなくこれほどまで接近できたなんて、はっきり言って異常だ。
 前にも野営の陣地に侵入してきた子供がいたけど、あれとは比べ物にならない。あの時は夜だったのと警戒が緩んでいたことに加えて、気づいた俺が手を回したために侵入できた。
 だが、今回は違う。全員が警戒していたのだ。それなのに気づけなかった。
 声は無駄に陽気なものだが、警戒しないわけにはいかない。

 それにこいつからは……どこか不気味な雰囲気が感じられる。

「私はロロエル。見てもらえればわかるだろうが、まあエルフだね。この森で暮らしている者だよ!」

 そう言って自分の耳を見せつけるように顔を逸らし、髪を上げる。
 そこにあったのは、確かにエルフ特有の長い耳と、人間の平均を大きく上回る美しい顔。まさしくエルフだろう。

 だが、それだけで警戒を解くつもりはない。多少緩めても良いかもしれないとは思っているけど、今の俺たちは何にも事情を知らないんだ。そんな状態で油断をするなんてありえない。

「君達は、聖樹の御子だろ? 歓迎するよ! もっとも、歓迎できるような場所でもないけどねっ!」

 あっはっはっ、なんて陽気に笑っているが、なんでこいつはこんなに明るいんだろうか?
 こんな場所だ。リリアが驚いているってことはこのエルフ達が樹になっている光景はエルフの文化で考えてもおかしいことなんだろう。
 だが、そんな状態でこうも笑っていられる理由がわからない。普通、もっと沈んだ雰囲気になってるものじゃないか?

「あんたの他にエルフはいるのか?」
「いるといえばいる。いないといえばいない、かな」

 俺の問いに答えたロロエルは笑うのを止めて、今度は落ち着いた声音で答えた。
 だが、その笑い声こそ止んだものの、笑み自体は浮かべたままとなっている。
 笑みを浮かべながら発される落ち着いた声。そのチグハグさがどうにも不気味に思えるが、これは……こいつは……

「見てもらえば……見てもらってもわからないだろうけど、ここにある樹は全部とは言わないけど大半がエルフだ。あるいは、〝だったもの〟といった方がいいのかもしれないけど」

 ロロエルは両手を広げながらそう言って周囲にある樹々を示した。

「エルフは人間ではないが人として扱われている。けれど、それは人と同じように言葉を交わし、命を交わらせることができるからである。故に、このような状態になった存在をエルフとして扱っていいのか、エルフが生き残っているといっていいのか、それは私にはわからない。どう判断するのかは個人の裁量によるだろうね」

 そう言い終えると、「ね?」とでも言わんばかりの様子で俺を見つめて首を傾げてきた。
 この状態を人と呼ぶのか植物と呼ぶのか。それは確かに悩むところではある。
 だが、こう言っては失礼かもしれないが、今はそんなことに興味はない。そんなことを話している暇があるのなら、一欠片の情報でも事態の把握に努めたいのだ。

「なんだかまわりくどく言っているが、結局、ここのエルフは全員樹になったってことでいいのか?」

 俺はロロエルの話の流れをぶった切って、その真意を直接聞くことにした。

「おっと、これは失礼失礼! いやはや、歳をとると無駄に面倒な言い回しの言葉を重ねて話していたくなる。まあそれも年寄りを相手にする醍醐味であり宿命であるのだから、そういうものだと思って諦めてもらえると助かるよ、と勝手ながら全国の年寄りの代表して言わせてもらうよ!」

 ハッと気づいた様子で軽くのけぞってみせてから大仰な態度で反応したロロエル。
 その言葉も態度も、やけに作り物めいているというか、大袈裟すぎる気がする。

「で、えーっと、なんだったかな。……ああそうだ。私以外のエルフに関して、だったね。君の言うところ、〝人としてのエルフ〟というのは、もうここには私だけだね。他は、みんな樹になってしまったよ」
「なら聞くけど、どうして樹になんてなってるんだ?」

 エルフが全員樹になっているってのは……まあリリアが驚くくらいの数が存在しているんだから理解できる。
 だから、俺が聞きたいのはどうしてエルフ達が樹になったのか、という点だ。

「んー。そっちの御子様はご存知でないかな? まだ年齢的に百歳ちょっとくらいだし、知らなくても無理はないかもしれないけど、いかがかな?」
「バカにしないでくれる? そんなこと知ってるに決まってるでしょ! これでも悪の組織の幹部なんだから!」
「それは本当かいっ!? おおーっ!」

 ロロエルと名乗ったエルフが手を叩きながら大袈裟なくらいに褒めるから、それを見たリリアは自慢げに胸を張っている。
 そいつは別に幹部でもなんでもないし、仮に幹部だったとしても知っていることと関係ないような気もする。

「まあそれじゃあ、お二方にご説明させていただくと——んん?」

 と、何やら話をしようとしたロロエルだったが、そこで何かに気づいたような声を漏らした。

「え? あー……ええ? ……も、もしかして、聖樹様?」

 そして俺のことを注視したかと思うと、僅かに声を震わせながら問いかけてきた。
 どうやら俺の俺のことを見ていたのではなく俺の背中におぶられているフローラを見ていたようだ。

「あ? ……ああ、フローラか」
「なあにー?」

 フローラが俺の背に完全に体を預けていた状態から、顔を起こして返事をする。

 そんなフローラの声を聞くなり、ロロエルはその場に跪いた。

 なんでそんなことを、と思ったけど、聖樹はエルフにとって神様的な存在だし、この反応もそういうものだろうと理解できる。
 それに、この森はもともと聖樹があったのにそれが切り倒されたんだ。最初から聖樹について知らないものならともかくとして、元々あったのに失われた聖樹に再び会うことができたんだ。聖樹自体は別ものなのだが、それでもその感動も半端なものじゃないだろう。
 騎士や武士が、仕えていた没落した主家の子孫に落ち延びた先で出会うことができた、とかそんな感じだと思ってもらえればわかりやすいか? きっとそんな感じだろう。

「お初にお目にかかります。この地の『モリビト』最後の生き残りとして、聖樹にご挨拶させていただきます」

 もりびと最後の生き残り、か……。まあエルフのことを『森人』というのは理解できるな。何せ森に住んでる種族なんだし。

 ……あれ? 今無意識で『モリビト=森人』って考えてたけど、これ、多分日本語だよな?
 なんでエルフがそんな言葉を使ってるんだ? だって、この世界は日本語なんて使われてないんだぞ?

 考えられるのは、過去にもここに勇者がいた、って可能性か?

「よろしくー? フローラはフローラだよー」

 フローラの挨拶に、ロロエルはそれ以上何も答えなかった。それはフローラのことを無視した、というわけではなく、礼儀として挨拶はしたが、それ以上は畏れ多いとかそんな理由であると思う。それくらいロロエルの態度は真剣なものだった。それこそ、先ほどまでは聖樹の御子であるはずの俺たちに対しても変わらず笑みを浮かべていたにもかかわらず、今ではその笑みすら消しているくらいには真剣な様子だ。

「ロロエル。何か話があるんだったら普通に接してくれ。変に畏まられるとフローラのためにもならない」
「承知いたしました」

 俺が声をかけると、それまで微動だにしなかったロロエルが返事をしてから立ち上がり、再び俺と視線を交わした。

「それでは改めて——うん。それじゃあエルフという存在について話をさせてもらおうかな」

 そうしてロロエルは態度を改めると話始めたが、その様子はどこか先ほどとは違う雰囲気な気がした。

「エルフはね、その生の終わりに自身を植物に変える生き物なんだ。自分は死ぬけど、せめて肉体は死んだ後もみんなと共にいられるように。みんなを守っていくことができるように、って」

 それは知っている。まあリリアに聞いた説明とはちょっと違うけど、そこに込められた意図なんて地方によって多少は変わるものだろうし、そうおかしなことでもない。

「でも、それは嘘」
「「え?」」
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