異世界最強の『農家』様 〜俺は農家であって魔王じゃねえ!〜

農民ヤズ―

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16章

邪神討伐戦・勇者の聖剣

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「止まれ!」

 俺の合図で全員が動きを止め、勇者が一番前に出ていくと剣を掲げた。

「っ——!」

 だが、スキルを使おうと集中したせいだろう。敵の動きに対しての意識が疎かになり、敵が勇者へと突っ込んでいった。

 勇者はそれを迎撃しようと、掲げていた剣をそのまま振り下ろそうと構え直——したところでその敵は突如発生した炎に焼かれ、燃え尽きた。

「周囲の敵は私がなんとかするわ。ユウキ、あなたは自分の役割を果たすことだけを考えなさい!」

 どうやら魔女のリナが魔法を使ったようで、そのごも炎の壁を築いて敵の接近を防ぎ始めた。

「あ……ああ!」

 そんな仲間の姿を見て、勇者は嬉しそうに笑うと再び剣を掲げた。
 そして、今回は先ほどとは違って目を瞑り、スキルを放つために集中することに全力を向けている。それは仲間を信頼しているからこその行動だろう。

 まあ、聖女に見捨てられたもんな。

 この場に聖女がいないことを不思議に思っている者もいることだろう。こいつが『勇者』で、『勇者一行』という存在について知っていれば尚更そうだろう。

 今ここにいる勇者一行は、勇者本人と魔女のリナしかいない。盾男は死んだにしてもじゃあ聖女はどこへ、となるわけだが、聖女はここから離れていった。
 離れていったと言っても、邪神が怖くて逃げたってわけじゃないぞ。俺たちとは邪神を挟んで反対側に聖国の者達が戦っているのだが、そちらに向かったのだ。

 なんでも、こっちの戦力は十分だから、ろくに攻撃手段のない自分は聖国の王を守るために向こうへ戻る、と。俺たちの作戦を話した後にそう言ったのだ。

 その説明は、まあ正しいといえば正しい。今後のことを考えれば聖国の王には死んでもらっては困るし、それを守るための戦力も向こうは不足しているのだから。
 だが、勇者と共に敵に突っ込んでいく、という話を聞いた後にその言葉となると、少し事情が変わってくるだろう。

 要は、危険地帯に突っ込んで行きたくないから逃げたのだ。——勇者を置いて。

 あの聖女様はところどころで保身というか、教会よりも自分を優先するような雰囲気がみられたから、今回のことはそれほど不思議ではない。

 だが、勇者からしてみれば信じられないことだろう。何せ自分たちは勇者一行で、これから悪の親玉に挑むんだ。それなのに、メンバーの一人で重要そうな役割についてる『聖女』がなんだかんだと理由をつけつつもチームを抜けたのだから、裏切られた気持ちになったことだと思う。

 仲間の一人は自分のことを仲間と思っておらず、化け物となって死んだ。
 もう一人もまた、自分のことを仲間と思っておらず、いざという時に見捨てていった。

 そんな中で一人残って自分と共に戦ってくれるとなったら、そりゃあ嬉しいもんだろうな。

 まあ、目を瞑っての集中は、信頼ではなく依存かもしれないが、その辺はどうでもいいな。俺に関係ないし。

 勇者が集中し始めてから十数秒ほどが経過し、ついにスキルが発動された。

「《聖剣》! そして、《天剣》!」

 勇者の掲げた剣が光を放ち、直後、空に無数の剣が生じた。
 宙に浮かんだ無数の剣は、その一部が俺たちの正面に放たれ、そこから等間隔で邪神へと向かって降り注いだ。
 出来上がったのは両脇を光の剣で飾る一本の道。剣の着弾点にいた敵は当然ながら貫かれ、その剣の道からは敵が離れていくように動き出した。

 親父でも似たような事はできるかもしれないが、一本の剣を生み出す度にスキルを一回消費するから、こんなことをするのは現実的ではない。
 以前巨人と戦った時にやったが、あれはその後の戦いはないと分かっていたからやったにすぎない。
 しかも、勇者のこれは追加効果がある。
 その効果は、『破邪の剣』。もっとわかりやすく言えば『魔物特効』。
 剣での攻撃を受けたものはもちろん、剣の周囲にいる魔物の動きを鈍らせる。
 そんな剣でできた道は敵を寄せ付けず、突き刺さったものの魔を祓う。その剣が、神樹へと突き刺ささった。
 それでも敵の巨大さのせいで爪楊枝が何本も刺さってる程度にしか見えないが、効果はある。
 実際、神樹の動きはこれまでよりも格段に鈍くなった。
 ランシエの攻撃でできた傷を癒やし、母さんの拘束を受け、勇者の聖剣で力を失い続ける。
 そんな状態になったために、その動きはもはや止まっていると言えるくらいだ。
 動いているのは、木の幹にできた顔くらいなもの。

「今だ! やるぞてめえらあああ!」
「「「うおおおおお!」」」

 そして、邪神の動きが鈍くなったのに合わせて変異生物達の動きも鈍くなり、婆さんの兵とカラカスの騎士達が一気に敵の殲滅を加速させていく。

「うくっ……」
「スキルの使いすぎだな。下がってろあとはあれを維持し続けるだけでいい」

 先ほどの母さんと同じで、スキルを使いすぎたのだろう。頭を抑えながらふらついた勇者だが、なんとか剣を杖にすることで立っている。
 この状態ではろくに戦えないだろうが、ここまでやれば十分だ。

「あとは俺たちの仕事だ」

 敵の邪神はもうろくに動けない状況で、こちらには最大火力の化け物親父が残ってる。
 あとは、親父が切って、俺が手を加えておしまいだ。

「……魔王。負けるな——がっ!?」

 勇者が剣を杖にすることなく普通に立ちながら、柄にもなく応援をしようとした。
 だが、その言葉を遮るように遠くから飛んできた変異生物の死体が頭にクリーンヒット!

 それくらい避けろよな。まあ、今の状態じゃ難しいか。スキルの使いすぎって、慣れてないとマジできついし。

 けど、あれくらい俺が防げただろって? いやいやそんな。あんないきなり飛んできたものなんて、防げるわけないじゃん。ねー? ……いや実際はまあいいかって見過ごしたんだけどさ。
 だって、いきなりあんなキモいことを言ったんだぞ? 思わず流れ弾の一つ二つは見逃したくなるだろ? タイミング的にちょうどよかったし。

「自分の役割は果たしたからって油断しないでくれますー? お前はさっさと下がって守られてろ、雑魚勇者」
「う……このっ……」

 何か言いたげだったが、それを無視して魔王を進ませる。
 魔王は勇者の光の剣でできた道を嫌がっていたが、それでも必要なことなんだ。悪いが、ここを進んでくれ。

「青春だなぁ」
「青春って、あれがか? やめろよな。あんなのとだなんて失礼すぎんだろ」
「はいはい。そうだな。そう言うことにしといてやらあ」

 先に走り出した魔王の後を追って親父が追いかけて来たが、隣に来た途端に無駄口を叩きやがった。しかもとっても失礼なことをだ。まじでやめろ。

「月のない夜は気をつけろよ」
「くだらねえ三下の台詞吐いてんじゃねえよ」
「なら、あんたの酒に種を入れてやる」
「……おい。それはマジでシャレにならねえからやめろよ?」
「大丈夫だろ。すぐに治せば死なないし」

 親父は頬を引き攣らせてる気がしたが、きっと気のせいだろう。今度果物ジュースでも奢ってやろう。

「まあ、んなこと言って遊んでねえで、さっさとやるとすっか」
「だな。そろそろ家帰ってだらけたいもんだしな」

 そんなふうに軽口を叩いていた俺たちだが、後少しで邪神の根本にたどり着くために遊びを消して真剣な態度へと切り替えた。

「それじゃあ、作戦通り、『道』は頼んだ」
「おう」

 作戦はもう最終段階だ。後は親父が神剣を使って道を作り、俺が力を使う。それでおしまいになるはずだ。だが、そう。おしまいになる〝はず〟だ。不意に、もしこれで終わらなかったらどうしよう、と不安が頭をよぎってしまった。

「……って、おい。どうした?」

 そんな俺の変化を感じ取ったのだろう。親父は剣を肩に担ぎつつこちらへと顔を向けた。

「いや……本当にいけると思うか? 神樹を生長させることで邪神に打ち勝ってもらうだなんて」

 そんな親父に向かって、つい弱音を吐いてしまう。こんなことしてる時間なんてないのに。みんなのおかげで邪神の足止めをできているとはいえ、やるなら早いほうがいい。その事実は変わらない。
 それはわかっているのに、つい、言葉が漏れてしまう。

 今回の俺たちの作戦だが、正直言って邪神に対して決定打を与えられない俺がここまでくる意味はあるのかと思うだろう。だが、ちゃんと俺にも役割はあるのだ。
 俺の役割は、神樹に触れて《生長》のスキルを使うこと。それを持って作戦を完了とすることになる。

 なんでそんなことをするのかと言ったら、流石に神を倒し切るのは難しいのではないかと考えた結果だ。
 《生長》のスキルとは、植物に力を与えて文字通り生長させるためのスキルだ。そんな力だからこそ、邪神と半ば同化してしまっている神樹という植物の力を強化し、邪神に打ち勝ってもらうことができるのではないかと考えた。そして、その考えは神樹と同類である聖樹のフローラからできるはずだと言葉を受けている。

 だが、下手をすれば邪神に力を与えることになるだけで終わってしまう。そして、そうなれば最も接近した俺は死ぬことになるだろう。
 死ぬのは、まあいい。どうせ二度目の人生だ。魔王だかなんだか、色々やってるとはいえ、命そのものの価値は低い。こんなことを言うと、俺のことを大事に思ってくれてる人たちを悲しませることになるから言わないけどさ。まあ俺自身も死にたいわけではない。
 でも、死ぬことへの覚悟自体はできてるんだ。だから俺が死ぬのは問題ない。

 だが、俺が失敗すれば俺だけの死ではなく、全員の死に繋がることになる。大事な人が死ぬ。それが怖いのだ。

「やるしかねえだろ。今更怖気付いてんのか?」
「怖いと言うより、本当にうまく行くのか、って。だって、これが失敗したら……」
「おら、バカ息子。まーた悪い癖が出てんぞ。一人でウジウジ考えすぎなんだよ、てめえは」

 トンッと軽く跳んだ親父は、魔王の上にいる俺の隣に着地すると、頭の上に手を置いてぐりぐりと乱暴に撫でた。いや、撫でたってよりも、動かしたの方が正しいな。

「もう結論なんて出ただろ。お前だけじゃなく、仲間達で考えた答えがよお。仲間を信じろってんだ。それでダメだったら……あれだ。そんときゃ、みんな一緒に笑って死のうや」

 そんなことを笑顔で言われても頷けないんだけど……。
 けど、親父としては俺を励ましたんだろうな。正面に見える〝あんなの〟よりも、よっぽどいい父親だ。

「——ふう。なら、死なないように頑張るか」

 そんな良い親を殺させないためにも、親孝行として成功させるとするか。
 そう言葉にすることで覚悟を決め、正面の邪神を見据えた。

「そうだな。これでマジで死んだら、化けて出てやるから覚悟しとけ」
「俺のせいじゃないって言ったくせにそれかよ。ってか、あんたが死んだんだったら俺も死んでるだろ」
「そんときゃアレだ。てめえも化けてでりゃあいい。んで、悪霊としてこの世界で遊び続けてろ。悪党から悪霊に変わっても、大した違いなんてねえだろうし、ちょうどいいんじゃねえか?」
「何がちょうどなのか全くわかんねえけど……ふっ」
「何笑ってんだよ、ああ?」

 こんな時間が迫ってる時にする話ではないだろうし、敵の目の前でするような話でもないだろう。
 だが、その話のおかげで肩の力が抜けたのは確かだ。

「まあいい。んなふうに笑うことができる余裕ができたってんなら、行けんだろ」
「ああ。悪霊として遊ぶのは、今の人生を存分に楽しんでからにするよ」

 覚悟はできたし、肩の力も抜けた。正面には倒すだけの木偶の坊。しかも、そばには俺の知る限り最強の剣士がいるときた。ここまで来れば、もう失敗することなんてない。
 だから、そう。絶対にやりきってみせる。
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