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第一章
初接客②
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「失礼します。お嬢様、大変申し訳ありません。この子今日入ったばかりでまだ不慣れなものでして……」
「あっ、いえ! 私は平気なんですけど……大丈夫ですか?」
チラリ、とお嬢様のようにそっちを向くとガクガクと未だ震えが治まっていない様子の琳門。どうやら俺が来たことにも気付いていないようなので喋りかける。
「琳門、大丈夫?」
「ッ! ……え、あ……千秋?」
「よしよし、とりあえず落ち着こうね」
「千秋……っ、僕……!」
刹那、ガバア! と抱き着いてきた琳門チャン。
え、積極的な琳門とかやばい。何これ萌える。と身悶える俺に対し琳門の身体は恐怖で震えていて。
……琳門をここに招き入れたのはやはり酷だったな、と反省する。
だけどもう働き始めちゃったものは仕方ない。お客様ありきの接客業なんだから、最後までやり抜いてもらわないと困る。
だから俺は涙を飲む思いで喝を入れた。先に言っとくけど虐めじゃないからね?
「琳門、今自分が何したかわかってる?」
「……ッ」
「琳門が失礼な態度取ったせいでお客様困ってるよ」
「ぼ、僕……! だって、」
「言い訳はいらない」
「……ッ」
「琳門」
「うぅ……、」
「―――あ、アキくん! いいの! その、私も悪かったと思うし……」
「お嬢様……」
ふう、助かった。やっと割って入ってくれた。
こうして敢えて厳しくした方がお嬢様の同情心を煽れる。そして結果琳門にとってプラスになるよう仕向けたかったんだけど……、
あと少しで琳門泣くとこだったよ。ああ危なかった。
ポロポロ涙を流す琳門も超絶可愛いことに変わりはないだろうけど、こんな幼気《いたいけ》な少女を泣かした日にゃあ罪悪感で俺が死ぬ。
しかしそれもお嬢様が女神のようなフォローをしてくれたおかげで安泰だ。あとはただレールに沿えばいいだけ。
「ほら琳門、お嬢様もああ言ってくれてることだし、わかってるよね?」
「……ごめ、」
「俺にじゃないでしょ。ちゃんとお嬢様の方向いて。俺も一緒だから」
「……ご、ごめんなさい……」
「ッ!!」
俺の服をちょこんと摘んで上目遣いで呟いた琳門に鼻を押さえたのはお嬢様か、俺か。
そんなのはどっちでもいい。どっちでもいいけど……ギャン可愛いいいい!!!
なんだこの生き物は!? 可愛すぎるだろ!? そんな叱られた後の子供みたいな無垢な表情でまっすぐ見つめられたら……見つめれたら!!
「……ぐはっ」
はい、お嬢様堕ちました。
ですよねー、そうなりますよね。俺は残念ながら横顔しか見られないが、……横顔で良かった。
お嬢様机の上で撃沈してるし。―――それくらい、琳門には底知れない破壊力があるのだ。……当の本人は気付いてないけど。
「え? この人どうしちゃったの? ……僕また何かした?」
「うーん琳門のせいといえばそうだけど、大丈夫だよ~。このお嬢様は幸せを噛み締めてるだけだから」
「……幸せ?」
「そー。絶賛悶え中。まあ琳門は気にしなくていいよ。お辞儀してこっちおいで」
「う、うん」
よし、なんとか解決したぞ。若干一名ダウンしてしまったが……まあそれは仕方ないことだろう。
「失礼します…?」と戸惑いながらもぺこりと頭を下げた琳門。そしてちょこちょこと俺の後を追いかけてくる。うん、クソ可愛い。
「よく頑張ったね。偉い偉い」
「……ッ」
とりあえず欲望のまま琳門の頭へと手を伸ばしわしゃわしゃ髪をかき混ぜる。
―――その時の表情を見た琳門とお嬢様方がさっきみたいに顔を覆ったようだが、俺は気付かず先を歩いた。
「女嫌いっつーのも大変だな。性欲とかどうしてんの?」
「……蘇芳、倭人」
戻るや否や一部始終を見ていたらしい蘇芳が話しかけてくる。
てか琳門になんてこと聞いてんだボケ。琳門をお前みたいな性欲モンスターと一緒にするな!!
それに対し琳門はまた俺の服を摘みさっと背中へと隠れた。
「すげえ警戒されてんな」
「思いっきり蘇芳嫌われてるじゃん、ウケる」
「……おい、名前で呼べ」
「は?」
「だから、蘇芳じゃなくて倭人」
「誰が呼ぶか」
何こいつ。超キモいんですけど。男相手に名前呼び強制とかイカれてんの? 生粋のホモとか?
「あっそう。呼ばねえならこの前の続きするか?」
「はあ?」
なんだこの前の続きってなんかしたっけ? ……って考える方がおかしな話だな。どうせそう揺さぶって無理矢理言わせようって魂胆だろう。
誰がお前なんかの思い通りになるか――と、その時。突如下腹部に感じた違和感。
「り、琳門? どうしたいきなり……ぐえっ」
「……」
「ちょ、ちょっと!? お腹、それ以上押すと吐くッ」
服を掴んでいるだけだと思っていた琳門の手がいつの間にやら腰に回ってきていて……心なしかどんどん力を込められている!!
マジでそれ以上はお昼に食べたカツ丼が出てきそうなんですけど!?
「おい千秋、名前呼べ」
「千秋嫌がってるだろ。諦めろ」
「あ? お前調子乗んなよ」
「っ琳門、琳門琳門。いい加減、はな、せ……」
く、苦しい……。もう無理。
懇願するように琳門を見ると……え、なんでそんな嬉しそうな顔してんの? しかも蘇芳に勝ち誇った笑み晒してるし。
ちょっと!? 早く離せよ!! たかが名前くらいで俺を殺す気か!?
てか誠至はなにしてんだ!! こんな時こそお前の出番だろうが!!
必死な思いで辺りを見回すと丁度お嬢様の相手をしている誠至がぎょっとした顔でこちらを見ていた。
そこにいたのか! よし今すぐ助けてくれ。あ、でももうだめだ意識掠れてきたさようなら俺の青春ライフ……
「はい、そこまでー」
「!?」
意識を失うかカツ丼が飛び出るかの瀬戸際、急にお腹への圧迫が消え去った。―――と同時に聞こえてきたゆるい声に振り向けば、やれやれといった感じに佇むオーナーの姿が。
「邪魔すんじゃねえよクソ兄貴」
「ねえ酷くない? いい加減兄貴の前にクソ付けるのやめよう? なんならお兄ちゃんって――」
「死ね」
どかりと脛を蹴られたオーナーがその場に蹲って小刻みに身体を揺らす。
ほんと馬鹿だなこのオーナー。まあ助かったのは事実だけど。感謝してあげなくもない。
後ろを見ると琳門が手首を押さえていたのでどうやらオーナーに叩かれたらしい。
「ほんと酷いなお前!! お前達のせいで千秋ちゃん困ってたから助けてあげただけなのに!! 千秋ちゃんもそう思うよね!?」
「なに琳門の繊細な手傷付けてるんですか。最低ですオーナー」
「えええ!? 千秋ちゃん!? さすがに理不尽過ぎない!? 俺助けない方が良かったの!!?」
「琳門大丈夫? ごめんね、オーナーの馬鹿力のせいで」
「……ううん。僕こそごめん……ついカッとなっちゃって……」
「ッ!! い、いいんだよ、琳門は可愛いから何をしても許される!!」
「ねえなんで? なんで無視された上ピンクオーラ漂わせてんの? 俺泣いていい?」
「……おい」
必死に超絶可愛い琳門に手を出さないように堪えていると、後ろから肩を掴まれ振り返らされた。頭上から聞こえた地を這うような低い声は間違いなく蘇芳のもの。
「な、なんだよ」
いやビビってないよ? 殺気かと見まごうオーラを放つ蘇芳にビビってるわけじゃないからね!? 断じてその人を射殺せんばかりの目付きに怖がってるわけでは……!!
「なんだよじゃねえ。俺がして欲しいことは一つだ」
「はい?」
「わかんねえなら身体に教え込むまでだな」
「んなっ、」
先程の鋭利な眼差しを緩め、今度はえっろいオーラを撒き散らしながら迫ってくる蘇芳に狼狽える。
「みんなして俺を無視するんだ……もういいよ俺休憩してくる……呼び止めても無駄だからね……無駄だからね!!」
なんて遠ざかっていくオーナーの声が聞こえた気もするが今はそんなことに構っている場合ではない。
いやあああそれ以上近付いてこないでえええ!!! と必死に抵抗する俺を嘲笑うように一瞥した蘇芳は耳に唇を寄せて一言、
「な ま え を よ べ」
妙にしっとりとした声をたっぷりと注がれ思わずフリーズ。―――次の瞬間、意思とは裏腹にボボボ! と赤くなる顔はもう隠しようがない。
ふっざけんな!! 結局それかよ!!? てっきりキスされると思ったじゃねーか!
いや別に期待してたわけじゃないからね!? 断じて!!
「女の子達、顔抑えて俯いてるけどどうした?」
……と、休憩終わりの佐伯先輩の声で長いようで短かったコメディ劇場は幕を下ろした。
「あっ、いえ! 私は平気なんですけど……大丈夫ですか?」
チラリ、とお嬢様のようにそっちを向くとガクガクと未だ震えが治まっていない様子の琳門。どうやら俺が来たことにも気付いていないようなので喋りかける。
「琳門、大丈夫?」
「ッ! ……え、あ……千秋?」
「よしよし、とりあえず落ち着こうね」
「千秋……っ、僕……!」
刹那、ガバア! と抱き着いてきた琳門チャン。
え、積極的な琳門とかやばい。何これ萌える。と身悶える俺に対し琳門の身体は恐怖で震えていて。
……琳門をここに招き入れたのはやはり酷だったな、と反省する。
だけどもう働き始めちゃったものは仕方ない。お客様ありきの接客業なんだから、最後までやり抜いてもらわないと困る。
だから俺は涙を飲む思いで喝を入れた。先に言っとくけど虐めじゃないからね?
「琳門、今自分が何したかわかってる?」
「……ッ」
「琳門が失礼な態度取ったせいでお客様困ってるよ」
「ぼ、僕……! だって、」
「言い訳はいらない」
「……ッ」
「琳門」
「うぅ……、」
「―――あ、アキくん! いいの! その、私も悪かったと思うし……」
「お嬢様……」
ふう、助かった。やっと割って入ってくれた。
こうして敢えて厳しくした方がお嬢様の同情心を煽れる。そして結果琳門にとってプラスになるよう仕向けたかったんだけど……、
あと少しで琳門泣くとこだったよ。ああ危なかった。
ポロポロ涙を流す琳門も超絶可愛いことに変わりはないだろうけど、こんな幼気《いたいけ》な少女を泣かした日にゃあ罪悪感で俺が死ぬ。
しかしそれもお嬢様が女神のようなフォローをしてくれたおかげで安泰だ。あとはただレールに沿えばいいだけ。
「ほら琳門、お嬢様もああ言ってくれてることだし、わかってるよね?」
「……ごめ、」
「俺にじゃないでしょ。ちゃんとお嬢様の方向いて。俺も一緒だから」
「……ご、ごめんなさい……」
「ッ!!」
俺の服をちょこんと摘んで上目遣いで呟いた琳門に鼻を押さえたのはお嬢様か、俺か。
そんなのはどっちでもいい。どっちでもいいけど……ギャン可愛いいいい!!!
なんだこの生き物は!? 可愛すぎるだろ!? そんな叱られた後の子供みたいな無垢な表情でまっすぐ見つめられたら……見つめれたら!!
「……ぐはっ」
はい、お嬢様堕ちました。
ですよねー、そうなりますよね。俺は残念ながら横顔しか見られないが、……横顔で良かった。
お嬢様机の上で撃沈してるし。―――それくらい、琳門には底知れない破壊力があるのだ。……当の本人は気付いてないけど。
「え? この人どうしちゃったの? ……僕また何かした?」
「うーん琳門のせいといえばそうだけど、大丈夫だよ~。このお嬢様は幸せを噛み締めてるだけだから」
「……幸せ?」
「そー。絶賛悶え中。まあ琳門は気にしなくていいよ。お辞儀してこっちおいで」
「う、うん」
よし、なんとか解決したぞ。若干一名ダウンしてしまったが……まあそれは仕方ないことだろう。
「失礼します…?」と戸惑いながらもぺこりと頭を下げた琳門。そしてちょこちょこと俺の後を追いかけてくる。うん、クソ可愛い。
「よく頑張ったね。偉い偉い」
「……ッ」
とりあえず欲望のまま琳門の頭へと手を伸ばしわしゃわしゃ髪をかき混ぜる。
―――その時の表情を見た琳門とお嬢様方がさっきみたいに顔を覆ったようだが、俺は気付かず先を歩いた。
「女嫌いっつーのも大変だな。性欲とかどうしてんの?」
「……蘇芳、倭人」
戻るや否や一部始終を見ていたらしい蘇芳が話しかけてくる。
てか琳門になんてこと聞いてんだボケ。琳門をお前みたいな性欲モンスターと一緒にするな!!
それに対し琳門はまた俺の服を摘みさっと背中へと隠れた。
「すげえ警戒されてんな」
「思いっきり蘇芳嫌われてるじゃん、ウケる」
「……おい、名前で呼べ」
「は?」
「だから、蘇芳じゃなくて倭人」
「誰が呼ぶか」
何こいつ。超キモいんですけど。男相手に名前呼び強制とかイカれてんの? 生粋のホモとか?
「あっそう。呼ばねえならこの前の続きするか?」
「はあ?」
なんだこの前の続きってなんかしたっけ? ……って考える方がおかしな話だな。どうせそう揺さぶって無理矢理言わせようって魂胆だろう。
誰がお前なんかの思い通りになるか――と、その時。突如下腹部に感じた違和感。
「り、琳門? どうしたいきなり……ぐえっ」
「……」
「ちょ、ちょっと!? お腹、それ以上押すと吐くッ」
服を掴んでいるだけだと思っていた琳門の手がいつの間にやら腰に回ってきていて……心なしかどんどん力を込められている!!
マジでそれ以上はお昼に食べたカツ丼が出てきそうなんですけど!?
「おい千秋、名前呼べ」
「千秋嫌がってるだろ。諦めろ」
「あ? お前調子乗んなよ」
「っ琳門、琳門琳門。いい加減、はな、せ……」
く、苦しい……。もう無理。
懇願するように琳門を見ると……え、なんでそんな嬉しそうな顔してんの? しかも蘇芳に勝ち誇った笑み晒してるし。
ちょっと!? 早く離せよ!! たかが名前くらいで俺を殺す気か!?
てか誠至はなにしてんだ!! こんな時こそお前の出番だろうが!!
必死な思いで辺りを見回すと丁度お嬢様の相手をしている誠至がぎょっとした顔でこちらを見ていた。
そこにいたのか! よし今すぐ助けてくれ。あ、でももうだめだ意識掠れてきたさようなら俺の青春ライフ……
「はい、そこまでー」
「!?」
意識を失うかカツ丼が飛び出るかの瀬戸際、急にお腹への圧迫が消え去った。―――と同時に聞こえてきたゆるい声に振り向けば、やれやれといった感じに佇むオーナーの姿が。
「邪魔すんじゃねえよクソ兄貴」
「ねえ酷くない? いい加減兄貴の前にクソ付けるのやめよう? なんならお兄ちゃんって――」
「死ね」
どかりと脛を蹴られたオーナーがその場に蹲って小刻みに身体を揺らす。
ほんと馬鹿だなこのオーナー。まあ助かったのは事実だけど。感謝してあげなくもない。
後ろを見ると琳門が手首を押さえていたのでどうやらオーナーに叩かれたらしい。
「ほんと酷いなお前!! お前達のせいで千秋ちゃん困ってたから助けてあげただけなのに!! 千秋ちゃんもそう思うよね!?」
「なに琳門の繊細な手傷付けてるんですか。最低ですオーナー」
「えええ!? 千秋ちゃん!? さすがに理不尽過ぎない!? 俺助けない方が良かったの!!?」
「琳門大丈夫? ごめんね、オーナーの馬鹿力のせいで」
「……ううん。僕こそごめん……ついカッとなっちゃって……」
「ッ!! い、いいんだよ、琳門は可愛いから何をしても許される!!」
「ねえなんで? なんで無視された上ピンクオーラ漂わせてんの? 俺泣いていい?」
「……おい」
必死に超絶可愛い琳門に手を出さないように堪えていると、後ろから肩を掴まれ振り返らされた。頭上から聞こえた地を這うような低い声は間違いなく蘇芳のもの。
「な、なんだよ」
いやビビってないよ? 殺気かと見まごうオーラを放つ蘇芳にビビってるわけじゃないからね!? 断じてその人を射殺せんばかりの目付きに怖がってるわけでは……!!
「なんだよじゃねえ。俺がして欲しいことは一つだ」
「はい?」
「わかんねえなら身体に教え込むまでだな」
「んなっ、」
先程の鋭利な眼差しを緩め、今度はえっろいオーラを撒き散らしながら迫ってくる蘇芳に狼狽える。
「みんなして俺を無視するんだ……もういいよ俺休憩してくる……呼び止めても無駄だからね……無駄だからね!!」
なんて遠ざかっていくオーナーの声が聞こえた気もするが今はそんなことに構っている場合ではない。
いやあああそれ以上近付いてこないでえええ!!! と必死に抵抗する俺を嘲笑うように一瞥した蘇芳は耳に唇を寄せて一言、
「な ま え を よ べ」
妙にしっとりとした声をたっぷりと注がれ思わずフリーズ。―――次の瞬間、意思とは裏腹にボボボ! と赤くなる顔はもう隠しようがない。
ふっざけんな!! 結局それかよ!!? てっきりキスされると思ったじゃねーか!
いや別に期待してたわけじゃないからね!? 断じて!!
「女の子達、顔抑えて俯いてるけどどうした?」
……と、休憩終わりの佐伯先輩の声で長いようで短かったコメディ劇場は幕を下ろした。
応援ありがとうございます!
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