男装ヒロインの失敗

藍原美音

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第一章

想定外

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 ――――あれから数日が経ったが、琳門とは顔を合わせていない。

「るーるるーるるるーもう俺はー生きていけないー」

 暗い教室。響き渡る歌声。

「死んだ方がマシだーさよーならーごめーんねー」

 メロディなんてものはない。ずっと低い低い同じ音を鬱鬱と繰り返すだけ。

「死に場所はー深海の底の底ー」

 作詞作曲、朝比奈千秋。
 題名、『絶望』。

「何歌ってんだ千秋」

 ポカリ、と頭を叩かれ振り向く……気力はないのでボソボソとした声で「やめてください礎先輩」と俯きながら呟いた。

「千秋怖えよ。以前の明るくて可愛い千秋はどこ行っちゃったんだ? ん?」
「そんな千秋くんは死にました。新しく生まれたのは暗くて陰鬱な『ぢあ"ぎぐん"』です」
「どうやって発音してんだそれ?」

 相変わらずの呑気な顔で俺の顔を覗き込もうとする先輩。
 それより今あんたの相手してるほど気持ちに余裕ないんで一人にしてくれませんかね。今はこの『絶望』にどっぷりと浸りたい気分なんだ。

「るーるるーるるるーもう俺はー」
「まだ歌うのかよ」


 ◆◇◆


 一頻り歌い終わった後、ようやく俺は鞄を手に取り立ち上がった。
 いくら歌ったところで気分が晴れやかになるなんてことはない。ただの目眩し。現実逃避。
 でも歌わずにはいられない。そんなお年頃。

 けれどもうバイトの時間だ……超絶気は進まないけど行くしかない……。

「なんだ千秋、もう行くのか?」
「っ、先輩……まだいたんですか」
「ああ。お前の歌声はどんなに暗くても聞いてて心地良いからな」
「……ツッコミどころは多々ありますがとりあえず気持ち悪いです」
「るーるるーるるるーもう俺はー」
「ウタワナイデクダサイ」

 『絶望』を気に入ったのかヤメロと言ってんのに口遊む先輩。
 なんだろう。他人の口から聞くとただただ恥ずかしい。
 さっきまであんなに沈んでた陰鬱ぢあ"ぎぐん"が今は殻に閉じ籠って出てきてくれない。

 お願いだから出てきて。今千秋くんのテンションじゃこの先輩の相手できない。

「それはそうと、ここ数日何を思い悩んでんだ?」
「そんなん琳門に俺が女だってバレたからに決まって……」

 すると、いきなり転換した話題に千秋くんは何やら口を滑らしたようだった。
 ん? 今俺なんて言った? なんかとんでもないこと口走んなかったか??

「も、礎先輩……今の聞いて……」
「ああ、ついにバレちゃったか。残念だったな~」

 ……んんん???
 あれ?? どゆこと??
 俺、今確かに自分が女だってこと暴露しちゃったよね?
 殻に閉じ籠ってしまったぢあ"ぎぐん"をどうにか引っ張り出そうとしてたら先輩の質問につるっと答えちゃって……
 なのになんでそんな平然としてるんだ??

「せ、先輩? 驚かないんですか?」
「何をだ?」
「いや、だって今俺は女だって……」
「ああそれか。まあ知ってたし」

 あ、そっか知ってたならそりゃあ驚かないわな。……って、はあああああ!!?

「え!? 知ってたんですか!? 俺が女だって!? だってあの時俺の女姿見て『女装』だって……」
「ああ、なんか隠してるぽかったから。そっちのが都合いいのかなあって」

 うえええマジか!!!
 いや確かにあの時先輩にしてはすんなり引き下がったなと思ったけど!! まさかこの人に俺を思いやる心があったなんて!!

「ていうかいつから!? いつから気付いてたんですか!?」
「んー……最初から?」
「最初!?」
「まあなんとなく見た感じだけどな。あとはまあ触った感触とか声とか匂いとか諸々」

 に、匂いって……キモ!!
 やっぱコイツただのストーカーじゃねーか!! 匂いで女か男かわかるか普通!?

 キモ!!!!

「んで? もう女ってこと隠さなくていいのか?」
「いやいやいや、隠しますよそりゃあ。まだ大学でハーレム築きたいですし」
「ハーレム……? でも既に何人かにバレてんだろ?」
「まあ……今のところ倭人と琳門に……」
「じゃあもういいじゃん」
「いやなんでだよ!!」

 何が『じゃあ』だよ!! まだ二人にしかバレてねーわ!
 まあそのバレた二人が途轍もなく厄介なんだけど……倭人はともかく琳門……はあ……。
 先輩には何故か最初からバレてたみたいだし……。

 ええええどうしようこの先。先輩の言うようにもう隠しても無駄なの?? マジで??
 でもそうやすやすと今の生活手放せないんだけど!!

「まあ俺はどっちでもいいけどね。隠そうが隠すまいが。千秋が好きってことには変わりないし」
「ああハイハイいつものね。ほんと紛らわしいんでやめてくれません? いくら俺が男装してる女でもそう軽々しく言うもんじゃありませんよ」

 全く。これだから先輩は。
 てか俺がマジで男だったらどうすんだよ。それこそホモにしか聞こえねーよ。てかまあ側《はた》から見たら完璧ホモだったけどな!!

「軽々しい? 心外だな。俺は本気でお前のことが好きだけど?」
「……はい?」

 ちょっと待った。先輩何言ってんだ?? なんかいつになく真剣な表情なんですけど??
 え、今までと同じ感じでいいんだよね? 『プリン好き?』『好き』レベルでいいんだよね!?

「一目惚れだ。お前が男だろうが女だろうが同じ気持ちになってたよ」
「!!?」

 いやこれ完璧そういう意味だね!!
 今まで先輩の口から出る『好き』に対してさして重要度感じてなかったけど、なんか今ハッキリとわかった!!

「先輩……俺のこと好きだったんですか?」
「え? 前から言ってただろ?」

 そうだけども!! あんなん告白のうちに入んねーわ!! 先輩がいくら否定しても今までの『好き』は軽々しい他ないよ!!

「まあ別に返事とか聞きたいわけじゃねえし。俺は千秋の側にいれるだけでいいから」
「先輩……なんですか、これからは公然にストーカーする気満々ですか」

 うん、やっぱりそうとしか聞こえないよね。
 むしろここでハッキリ返事したい!! そしてもう金輪際関わらないでほしい!!

「礎先輩と付き合う気はありません」
「おう、付き合う気になったら言ってくれ」
「いやあの、だからそんな気は一生起きません」
「大丈夫、いつまででも待つから」

 !? なんだこの男!? 話通じねえ!!
 いや知ってたけど。先輩がこんなんだってわかりきってたけども。

「ほら、男装だってバレたくないんだろ?」
「ッ! まさか先輩も脅す気……」
「周りに協力者がいた方が何かと便利なんじゃねえ?」

 きょ、協力者か。なるほど。
 礎先輩も倭人みたいに脅すつもりなのかと危惧したが……さすがアイツと違って性格は良い先輩らしい。

 でもこの人といるせいで余計危なくなってる気がするんだけど??

「な? 千秋いいだろ?」
「……っ」

 う……。ダメだ、またあの子犬のような目で見つめてくる。
 そんな純粋な瞳で人の良いこと言われたら断るものも断れない……。

「ひ、必要以上にくっつくのはやめてくださいよ?」
「おう!! 任せとけ!!」

 言うや否や、ガバア! と抱きついてくる先輩。
 こんの!! 言ったそばから!!


 ――――前途多難な男装生活に頭を抱えたくなったのは言うまでもないだろう。
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