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第一章 怖くて偉大で大きな木
1.樹
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掟。
この村における一つの守り事。これを破るとなるとおそらく村全体が存亡の危機に陥るであろう、そんな掟がこの村にはあった。
「今宵も生贄を天樹様に捧げる」
一言、重たい雰囲気の中、村の者たちへ告げられる。村の中広場に集まった村人たちはその言葉に静かに耳を通す。
聞き入っている人々の中には視線を下に向けたり、中には涙を流すものなどもいたが反論するものは特にはいない。反論したとしてもそれが無駄であることはわかっていることだから。
村の長である、ザサは村人たちの反応を見てとり、言葉を続ける。
「天樹様は空腹でおいでである。今宵は樹の枝もたいそう伸びており、この村のそばの森まで出てきていらっしゃる。これはこの村の掟だ。早急に生贄を捧げなければ、被害が大きくなってしまうだろう。」
ザサは今の状況を村人たちに説明し、この村の危機が迫っていることを告げた。
村人たちは皆してそれを聞き入れ、村の長の続く言葉を待っている。その言葉とは聞きたいことではあるが、聞きたくもない事。
すなわち、
「今宵の生贄のことであるが…」
そう、樹に捧げる生贄、それが誰なのか。
生贄の条件は特にない。全ては天樹が決めることであり、村人の誰でも樹の生贄へとなる可能性はある。
村の老人でも、大人びた男性でも女性でも、まだ、少年少女である子供でも、生まれたばかりの赤子でも。無論、今喋っている村の長ザサも例外ではない。
村人たちは恐怖する。自分が選ばれてしまうのではないか。今宵この村からいなくなってしまうのは自分なのではないか。命をとられるのは自分ではないのか…。
ザサもそういった村人たちの心情は理解している。
自分が生贄が誰なのかを告げる、その役割を今までも散々こなしてきたわけであるから。
そう、それはもはや死の宣告を告げることと同じであり、この立場も慣れたくはないものなのだ。
しかしそれでも、誰かがしなくてはならないこと。
昔から責任感が強い性格で生きてきており、村の長の地位にたっているザサは自分の役割を全うしなければならない。しなければ、村が崩壊する未来は免れないのだから。
目を伏せ、言いたくもないことを考え、それを村の者たちに宣告する。
「天樹様は…小さな男児をお求めである。今宵、天樹様に捧げる生贄は少年だ。」
低い声音で、しかし、村にいる者たちに聞こえる声でザサは告げた。
いつになってもこの瞬間は慣れない。ザサはそんなことを思いながら顔を沈ませる。
残酷。まず思うことはそれだった。生贄に選ばれた者は少年達の中の誰か。
よりによって、まだ将来が、未来がある、そんな少年たちの中の一人を生贄に捧げなければならないのだから。
「……」
ザサは沈ませた顔を上げ、村人たちを見た。
そこには、息子が生贄となる可能性があり、泣きうずくまる母親と少年。まだ、自分が死ぬことを現実的に考えられず唖然とし、突っ立っている少年。泣いてはいないが顔を虚無の表情で家族に抱きしめられている少年。
それらの光景が目に飛び込んできた。
残酷。ザサはもう一度そう思ってしまう。この中から少年を一人選び、死ぬとわかっている場へ行かせなければならないとはなんとも残酷なことか。
この光景は何度も見、目に焼き付けてきた。焼きつけなければならないとそう自分に言い聞かせてきた。
村の長の役割とはいえ、人々に死の宣告を告げるのだ。その立場である自分がどうして目を背けられるものか。
「今宵、決めなければこの村は終わる。だから、天樹様へと捧げる少年を決める。」
ザサは村人たちに小さな声音で伝えた。生贄となる少年に希望はない。決められた運命は死のみ。
それを熟知した上でザサは言葉を発した。村の者たちの表情が強張る。少年の中には「嫌だ」「嫌だ」と言い続けている者も何人かいた。
さて…どう決めるか。
ザサは熟考する。
一人の少年を死地へと赴くのだ。赴かなければならないのだ。できるのならこんなことはしたくない。やりたくないのは山々である。
しかし、決めなければならない。死の運命を受け入れなければならない、一人の少年を。
「決めなければならない。さもなくば、天樹様はお怒りになる。10年ほど前のあの夜、怒られた姿の天樹様の姿を皆も見たであろう。村のほとんどを壊滅させられ、何人も天樹様に喰らわれた。あの夜の悲劇は二度とあってはならない。」
天樹。この一本の木によって村が苛まれるのは10年前の夜に村にいる者のほとんどが体験した。
その時、天樹の求めた生贄対象は赤子だったのだが、赤子を産んだ母親が生贄にするのを渋っていたのだ。
村の危機と我が子の命、母親は結局割り切れず、時間をかけ過ぎてしまったが故に、天樹の機嫌を損ねた。
空腹の天樹は食欲を満たすため、村にまで自らの長い根を伸ばし、家、畑、牛車などそれまで村の者たちが必死こいて作り上げ、村を豊かにした成果を否応なく破壊し尽くした。
また、天樹は根をふんだんに使い、根の近くに来た人間を片っ端から捉えあげ、その場で生気を全て吸い尽くしたり、天樹自らの元へと連れ去り、そこでまた何人かを養分とした。
天樹の木の幹には連れ去られた者の面影が残っていることもあり、天樹の幹には人の腕の形や顔の造形のような模様がそこかしこにできていた。
10年前の夜の被害は尋常ではなく、その場で生き残った者たちの心に深い恐怖心が刻み込まれたのであった。
この村における一つの守り事。これを破るとなるとおそらく村全体が存亡の危機に陥るであろう、そんな掟がこの村にはあった。
「今宵も生贄を天樹様に捧げる」
一言、重たい雰囲気の中、村の者たちへ告げられる。村の中広場に集まった村人たちはその言葉に静かに耳を通す。
聞き入っている人々の中には視線を下に向けたり、中には涙を流すものなどもいたが反論するものは特にはいない。反論したとしてもそれが無駄であることはわかっていることだから。
村の長である、ザサは村人たちの反応を見てとり、言葉を続ける。
「天樹様は空腹でおいでである。今宵は樹の枝もたいそう伸びており、この村のそばの森まで出てきていらっしゃる。これはこの村の掟だ。早急に生贄を捧げなければ、被害が大きくなってしまうだろう。」
ザサは今の状況を村人たちに説明し、この村の危機が迫っていることを告げた。
村人たちは皆してそれを聞き入れ、村の長の続く言葉を待っている。その言葉とは聞きたいことではあるが、聞きたくもない事。
すなわち、
「今宵の生贄のことであるが…」
そう、樹に捧げる生贄、それが誰なのか。
生贄の条件は特にない。全ては天樹が決めることであり、村人の誰でも樹の生贄へとなる可能性はある。
村の老人でも、大人びた男性でも女性でも、まだ、少年少女である子供でも、生まれたばかりの赤子でも。無論、今喋っている村の長ザサも例外ではない。
村人たちは恐怖する。自分が選ばれてしまうのではないか。今宵この村からいなくなってしまうのは自分なのではないか。命をとられるのは自分ではないのか…。
ザサもそういった村人たちの心情は理解している。
自分が生贄が誰なのかを告げる、その役割を今までも散々こなしてきたわけであるから。
そう、それはもはや死の宣告を告げることと同じであり、この立場も慣れたくはないものなのだ。
しかしそれでも、誰かがしなくてはならないこと。
昔から責任感が強い性格で生きてきており、村の長の地位にたっているザサは自分の役割を全うしなければならない。しなければ、村が崩壊する未来は免れないのだから。
目を伏せ、言いたくもないことを考え、それを村の者たちに宣告する。
「天樹様は…小さな男児をお求めである。今宵、天樹様に捧げる生贄は少年だ。」
低い声音で、しかし、村にいる者たちに聞こえる声でザサは告げた。
いつになってもこの瞬間は慣れない。ザサはそんなことを思いながら顔を沈ませる。
残酷。まず思うことはそれだった。生贄に選ばれた者は少年達の中の誰か。
よりによって、まだ将来が、未来がある、そんな少年たちの中の一人を生贄に捧げなければならないのだから。
「……」
ザサは沈ませた顔を上げ、村人たちを見た。
そこには、息子が生贄となる可能性があり、泣きうずくまる母親と少年。まだ、自分が死ぬことを現実的に考えられず唖然とし、突っ立っている少年。泣いてはいないが顔を虚無の表情で家族に抱きしめられている少年。
それらの光景が目に飛び込んできた。
残酷。ザサはもう一度そう思ってしまう。この中から少年を一人選び、死ぬとわかっている場へ行かせなければならないとはなんとも残酷なことか。
この光景は何度も見、目に焼き付けてきた。焼きつけなければならないとそう自分に言い聞かせてきた。
村の長の役割とはいえ、人々に死の宣告を告げるのだ。その立場である自分がどうして目を背けられるものか。
「今宵、決めなければこの村は終わる。だから、天樹様へと捧げる少年を決める。」
ザサは村人たちに小さな声音で伝えた。生贄となる少年に希望はない。決められた運命は死のみ。
それを熟知した上でザサは言葉を発した。村の者たちの表情が強張る。少年の中には「嫌だ」「嫌だ」と言い続けている者も何人かいた。
さて…どう決めるか。
ザサは熟考する。
一人の少年を死地へと赴くのだ。赴かなければならないのだ。できるのならこんなことはしたくない。やりたくないのは山々である。
しかし、決めなければならない。死の運命を受け入れなければならない、一人の少年を。
「決めなければならない。さもなくば、天樹様はお怒りになる。10年ほど前のあの夜、怒られた姿の天樹様の姿を皆も見たであろう。村のほとんどを壊滅させられ、何人も天樹様に喰らわれた。あの夜の悲劇は二度とあってはならない。」
天樹。この一本の木によって村が苛まれるのは10年前の夜に村にいる者のほとんどが体験した。
その時、天樹の求めた生贄対象は赤子だったのだが、赤子を産んだ母親が生贄にするのを渋っていたのだ。
村の危機と我が子の命、母親は結局割り切れず、時間をかけ過ぎてしまったが故に、天樹の機嫌を損ねた。
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また、天樹は根をふんだんに使い、根の近くに来た人間を片っ端から捉えあげ、その場で生気を全て吸い尽くしたり、天樹自らの元へと連れ去り、そこでまた何人かを養分とした。
天樹の木の幹には連れ去られた者の面影が残っていることもあり、天樹の幹には人の腕の形や顔の造形のような模様がそこかしこにできていた。
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