羅天絞喰

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第一章 怖くて偉大で大きな木

19.村にて

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一人たたずむ男。目を伏せ、拳を握り、ただ家内で佇んでいた。

ラザクとカウラを村へ招き、話をし、天樹の元へ二人を送り出した男。この村の長ザサはひたすらに黙って俯く。頭の中で考えを巡らせ自分の行った行為を省みていた。

「私は、…正しかったのだろうか。」

ボソリと一人でつぶやく。ザサは二人を、村を脅かし続けた怪物の元へ送った。ラザクとカウラが行くことを止めきれなかった部分もあるが、最終的には二人を信じることに決めたのだ。

ザサは自分自身にそう言い聞かせ、自問自答を繰り返す。
たしかに二人の強さは目の当たりにした。今まで数々の敵を倒してきたとも言ってはいた。が、そんな自信に満ち溢れていた二人だったが、やはり天樹の脅威を知っている身としては二人の安否を気にしないなんてことはできない。
あの怪物は厄災そのものなのだ。その様を何度この瞳に写してきたことか。

「ザサ、…さん」

ふと、一人ザサが黙考しているところに声がかけられる。小さな幼子の声だ。ザサは声のした方に目を向けると声主は少し俯いた表情のミコリだった。

「ミコリか?どうしたんだい。」

ザサは考える時の渋い顔をすぐさまとりやめ、薄い微笑みをミコリに向ける。

「あのね、村のみんなが来てて…。」

「……」

ザサは家の外を窓からチラと見る。そこは何人かの村の住人が集まってきていた。なぜ集まったのか、とは言うまい。
おおかたあの二人についてのことだ。ラザクとカウラは村人達とまともに接することはなく、天樹の元へ向かってしまった。そのため、あの二人はいったい何者なのかという村人達の衝動は抑えきれはしないだろう。

「…そうかい。今、行くよ。」

ザサはミコリにそう告げると玄関から外へ出る。戸を開けると何人かの大人達が訝しげな眼差しを向けていた。

そんな様子にザサは動揺もせず、ただ皆の顔を見つめる。

「皆、どうしたんだい?集まって」

ザサは第一声に質問した。
だいたい、集まった者達の心根は察してはいるが。

「ザサさん、取り繕った質問とかは無しでいい。わかるだろ?俺たちが聞きたいことは」

一人の男がザサに言葉を返す。歳は30くらいの体格の良い男だ。そこにザサを追い詰めるような声音は感じない。
ただ事情を知りたいといった風に聞き返す。
他の者達も同じようである。

「あの二人のことかい?」

「あぁ、そうだ。誰なんだ?あの二人は。それで今はどこにいる?さっきから聞こえる山からの轟音は何だ?」

男はザサに問いかける。いきなりこの村に来た見知らぬ二人。先ほどから山で鳴り響く轟音。
いったいその正体は何なのか。男はここにいるものの気持ちを代弁してザサに聞く。

「……」

「ザサさん、答えてくれよ。」

ザサは答えるかどうかためらい黙り込む。
そんな様子を見た男はザサに急かすように話しかけた。そして、

「……。そうだね。さっきのあの二人は村外の者。そして、今は天樹を討伐しに行ってるよ。」

ザサは事情を隠すようなことをせず、ありのままの事実を伝えた。黙っているままでいるわけにもいかないと判断した。
しかし、その言葉を耳にした村人達はほとんどの者が目を見開く。ザサの言った言葉に驚愕しうるほどの単語があったからであり。

「天樹を討伐?」

「そうだ。」

ザサは男がポツリとこぼした言葉を肯定する。
それに対しても男は驚きを隠せていない表情を浮かべた。
いったいどういうことなのか。状況がどうなっているのか説明が欲しいといった様子である。 

「どういうことだ。天樹を討伐って。いったい、あの二人は…」

「…まず、落ち着いて。話を聞いてくれ。一から説明をするから。」

ザサは男の慌てふためいた様子をなだめるように手のひらをあげる。
周りの者達も動揺しているようであるため、ザサは説明を早くすることにした。

「あの二人は今、天樹を倒しに行ってる。さっきからの音は多分、戦いの中の音なんだと思う。」

「山からの音はその二人が戦ってる故ってことか?だけど、待ってくれ。まず、あの二人は天樹を倒せるのか。俺は見ただけだが、ただの上品な身なりの人間にしか見えなかった。」

「そうだね。なら、まずはあの二人が何者なにものかだけど。多分、大国から来た二人だよ。」

ザサの告げることに対し、男は「大国?」とだけつぶやく。大国とは、この村からはかけ離れた場にある巨大な国家を形成する国のことだろう。
しかし、この村の住人達はいきなり大国と聞いてもピントは来ない。そんな遠い地にある場になど関わるすべを持たないのだから。

「なんだって、そんな二人がこの村に?天樹を倒すためって理由で来たのか?」

「そうだね。」

「それだけの理由で?」

「そう」

男は自分の持つ疑問をぶつける。ザサはそれに対して余計な言葉を挟まない。

「けど、…信用できる人達なのか?というか、そもそもその二人は天樹を倒せるのか?」

男は内に秘めた疑問を解消できない。
それもそのはず男や村人達にとって、天樹を倒すということは非現実的な行為そのものなのだ。
それは不可能であると、天樹から受けた凄絶な恐怖が示している。

「言っただろう。あの二人は大国から来た人達だって。私はあの二人を信じたよ。」

「…ッ⁈いや、わからない。大国から来たってだけで信じれる根拠はどこにある?」

男はザサに言及する。目を見開き、ザサの言葉を待った。自分を納得してくれるだけの言葉を。

「あの二人は強い。だから信じた。」

「…強いって。実際、戦ってるとこを見たわけじゃねえだろ?」

「…そうだ。見てない。」

「っ⁈だったらなおさら!」

「…魅せられたんだ。」

「…ぇ?」

男は思わず息を詰める。
ザサは男に柔らかな眼差しを向けながら、告げた。男は思いもよらぬ言葉をいきなり聞かされ、その場に呆然としてしまう。

「天樹の恐ろしさを知っているだろう?」

ザサは男に問いかける。男はザサがその質問をする意味は分からなかったが、コクリと首を縦にふる。

「あぁ、当たり前だ。そんなのこの村のみんな知っていることだろ」

「そうだね。」

「それが今、何の関係があるんだ?」

「……」

ザサは少し下を見る。
二人との屋内での会話を思い出す。
類い稀ない雰囲気をぶつけられた瞬間を。

「私は、あの二人に見せつけられたんだ。戦意ってやつかな。それを見せられ、圧倒されたんだ。萎縮したし、正直、恐怖もした。」

「……」

「身動きできなかったんだ…。まるで天樹の恐怖を身に染みた時みたいにね。」

「…何?」

男は怪訝な顔を向ける。
なぜなら今のザサの発言は見過ごせないものだったために。

あの二人の戦意が天樹の恐怖と同等?それはいささか言葉が過ぎるのではないだろうか。
村が受けた天樹の恐怖は簡単に言葉で言い表されないものなのだ。

しかし、ザサが言うとなると、文句は出てこない。ザサ自身も天樹からの恐怖をその身に受けているのだから。

「それが、信じた根拠か?天樹とあの二人が同格だと?」

「分からない。そう私は信じた。しかし、根拠と呼べるほど大層なものじゃない。君が懸念するのもわかる。」

「それは、…。くそっ。じゃあ、俺たちはどうすれば。」

男の苦悩。このやり場のない気持ちはどうすれば良いのだろう。
天樹を倒すことが出来たのならそれはそれで良いのだが、天樹が討伐されるという想像が少しもできない。
もし、あの二人が負けて、殺されるなんてことがあるのなら、必ずこの村は崩壊する。
天樹に見境はない。怒りをともし、村を襲撃するだろう。

男は煩悶する。自分達が今するべきことは何なのかを。

ザサは、その様子を見るや静かな声音で、

容赦なく言い放つ。

「何もできないよ。」

「っ……」

ザサは非情な目を向け男に告げた。自分達が無力だということを皆にも自身にも認識させるために。
そして言葉を加えて告げる。

「それでも、今までのままでは何も変わらないんだよ。だから、あの二人に変えてもらうことに決めたんだ。今までのこの村の存在の仕方は決して正しくはなかったんだから。」

「この村の命運を余所者に託すと?」

「私たちじゃ変えられないだろう?」

「……」

ザサの言うことに男は何も言い返せない。
ザサの言葉は決して間違っておらず、それでいて自分達の無力さを痛感するには十分だった。
ザサは集まった皆に言い放つ。

「あの二人が救世主となるか、ならないかはあの二人次第だ。私たちじゃどうもできない。」

村人達に伝えるザサの言葉はとても柔らかい声音だった。
これは賭けなのだ。ザサが感じた二人の戦意がどこまで天樹に通用するかは未知数だ。

村は救われるのか、それとも崩壊させられるのか。
今、それは誰にも分からず、不安が心を常に過ぎる。

だが、ザサはラザクとカウラがこの村の存在定義を変えてくれる者達だと信じたのだ。

もう、天樹に怯えて暮らす日々はうんざりで、哀しみを胸に秘めながら生きることは止めにしたい。

あの二人が天樹を討伐してくれることを信じるしかない。

「…お願いします。」

ザサは天に向かってそう言い放つ。
そう、あくまで信じることしかザサ達はできないのだ。

光ある未来が来るかどうかは、ラザクとカウラに懸かっている。

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