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VIII 追憶-救い- -II
しおりを挟む結果は同じ。赤子の泣き声だけは聞こえるものの、人の足音や食器がぶつかる音などの生活音が一切聞こえてこない。
まさか、日付を間違えてしまったのだろうか。手に握った地図に視線を落とすが、紙の左上には間違いなく今日の日付が書かれていた。日付は、毎日露店の店主に聞いて回っている為間違いは無い。
では、マリアの身に何かが起こったのだろうか。
じわじわと不安が沸き上がり、辺りを見渡した。玄関扉の前から離れ、近くの窓に駆け寄ってみるがカーテンが閉められている為家の中を覗く事は出来ない。
再び玄関扉の前に戻り、深く深呼吸をした。地図と花束を強く握り締め、ドアノブに手を掛ける。
中流階級の邸宅に、無断で孤児が入り込むなんて事はあってはならない。実際その様な問題を起こす孤児は少なく無いが、見つかり次第その屋敷の人間に罰として痛めつけられる、もしくは警察に突き出されるかのどちらかだ。決して孤児の言い分を聞いたりなどしない。中には、激しい暴行の末に命を落としてしまった孤児も居るのだとか。そんな噂を、聞いた事がある。
今の私を他人が見たら、きっと同じ様に警察へ突き出すだろう。ホームパーティーに招待された、という私の言葉など信用されず、「孤児がアッカーソン家に盗みに入ろうとした」と事実を捻じ曲げられてしまうに違いない。
そんな事を考えていると、急に首元にぞわりした感覚が走り、慌てて辺りを見渡した。ドアノブを握ったまま隅々まで視線を走らせ、人の目が無いかを確認する。
そして人の気配が無い事が分かり、改めて扉に向きなおった。小さく息を吸い込み、そのまま呼吸を止める。そしてそっと、ドアノブを捻った。
カチャ、と小さな音を立てて、扉が僅かに開く。門扉と同じく、施錠されていなかった様だ。
まさか開いてしまうとは思っておらず、先の事を考えていなかった。このまま、中へ入っても問題無いだろうか。だが今日は、マリアにホームパーティーに招待されているのは事実だ。
「――マリアちゃん、入るね」
勝手に中に入る事が憚られ、彼女の耳には届かないと分かっていながらも小さく呟いた。
そのまま扉を大きく開き、覗き込む様に屋敷の中へ目を遣る。
「――……」
屋敷の中に広がった光景を見て、言葉を失った。手から小さな花束と、マリア手製の地図が滑り落ち、床に落ちる。
――何故。どうして。
――一体何が。
そんな事は、一切浮かばない。まるで物語に入り込んでしまったかの様に広がる光景に、私は必死に頭を捻らせた。どうすれば、“彼女を救える”のか。
――私は天使だ。人を、救わなければならない。
頭の中でそう何度も繰り返し、家の中へ足を踏み入れ後ろ手で扉を閉めた。
その拍子に、花屋で作って貰った小さな花束を踏みつけてしまったらしい。足に、ぐしゃりと嫌な感触が伝わった。
しかし今は、そんな事どうだって良い。花束など、どうだって良いのだ。
「――マーシャ……」
私の姿をその瞳に捉え、認識した上で呼んだのか。将又、意識の混濁により発せられただけか。
赤黒い液体に塗れ床に座り込んだマリアが、呟く様に私の名を呼んだ。そんな彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでおり、既に頬には無数の涙痕が付いている。
「マーシャ」
再び、彼女が私の名を呼んだ。彼女の双眸は私をしっかりと見据え、助けを乞う様に繰り返し私の名を呼ぶ。
彼女の両手は短剣の柄をしっかりと握り締めており、その刃先はマリア自身の首元に突き付けられていた。マリアの手は酷く震えていて、その所為で刃先が彼女の喉元を掠り白い肌に赤い線の様な切り傷が付く。
短剣の刃先は、既に赤黒い液体で染まってる。それは彼女の――マリアの血液では無い。
マリアの目の前に転がる、“人だった物”の血液だ。
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