DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

文字の大きさ
21 / 222

VIII 追憶-救い- -II

しおりを挟む

 結果は同じ。赤子の泣き声だけは聞こえるものの、人の足音や食器がぶつかる音などの生活音が一切聞こえてこない。
 まさか、日付を間違えてしまったのだろうか。手に握った地図に視線を落とすが、紙の左上には間違いなく今日の日付が書かれていた。日付は、毎日露店の店主に聞いて回っている為間違いは無い。

 では、マリアの身に何かが起こったのだろうか。
 じわじわと不安が沸き上がり、辺りを見渡した。玄関扉の前から離れ、近くの窓に駆け寄ってみるがカーテンが閉められている為家の中を覗く事は出来ない。
 再び玄関扉の前に戻り、深く深呼吸をした。地図と花束を強く握り締め、ドアノブに手を掛ける。
 中流階級の邸宅に、無断で孤児が入り込むなんて事はあってはならない。実際その様な問題を起こす孤児は少なく無いが、見つかり次第その屋敷の人間に罰として痛めつけられる、もしくは警察に突き出されるかのどちらかだ。決して孤児の言い分を聞いたりなどしない。中には、激しい暴行の末に命を落としてしまった孤児も居るのだとか。そんな噂を、聞いた事がある。
 今の私を他人が見たら、きっと同じ様に警察へ突き出すだろう。ホームパーティーに招待された、という私の言葉など信用されず、「孤児がアッカーソン家に盗みに入ろうとした」と事実を捻じ曲げられてしまうに違いない。
 そんな事を考えていると、急に首元にぞわりした感覚が走り、慌てて辺りを見渡した。ドアノブを握ったまま隅々まで視線を走らせ、人の目が無いかを確認する。
 そして人の気配が無い事が分かり、改めて扉に向きなおった。小さく息を吸い込み、そのまま呼吸を止める。そしてそっと、ドアノブを捻った。

 カチャ、と小さな音を立てて、扉が僅かに開く。門扉もんぴと同じく、施錠されていなかった様だ。
 まさか開いてしまうとは思っておらず、先の事を考えていなかった。このまま、中へ入っても問題無いだろうか。だが今日は、マリアにホームパーティーに招待されているのは事実だ。

「――マリアちゃん、入るね」

 勝手に中に入る事が憚られ、彼女の耳には届かないと分かっていながらも小さく呟いた。
 そのまま扉を大きく開き、覗き込む様に屋敷の中へ目を遣る。

「――……」

 屋敷の中に広がった光景を見て、言葉を失った。手から小さな花束と、マリア手製の地図が滑り落ち、床に落ちる。
 ――何故。どうして。
 ――一体何が。
 そんな事は、一切浮かばない。まるで物語に入り込んでしまったかの様に広がる光景に、私は必死に頭を捻らせた。どうすれば、“彼女を救える”のか。

 ――私は天使だ。人を、救わなければならない。

 頭の中でそう何度も繰り返し、家の中へ足を踏み入れ後ろ手で扉を閉めた。
 その拍子に、花屋で作って貰った小さな花束を踏みつけてしまったらしい。足に、ぐしゃりと嫌な感触が伝わった。
 しかし今は、そんな事どうだって良い。花束など、どうだって良いのだ。

「――マーシャ……」

 私の姿をその瞳に捉え、認識した上で呼んだのか。将又、意識の混濁により発せられただけか。
 赤黒い液体に塗れ床に座り込んだマリアが、呟く様に私の名を呼んだ。そんな彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでおり、既に頬には無数の涙痕が付いている。

「マーシャ」

 再び、彼女が私の名を呼んだ。彼女の双眸は私をしっかりと見据え、助けを乞う様に繰り返し私の名を呼ぶ。
 彼女の両手は短剣タガーの柄をしっかりと握り締めており、その刃先はマリア自身の首元に突き付けられていた。マリアの手は酷く震えていて、その所為で刃先が彼女の喉元を掠り白い肌に赤い線の様な切り傷が付く。

 短剣タガーの刃先は、既に赤黒い液体で染まってる。それは彼女の――マリアの血液では無い。
 マリアの目の前に転がる、“人だった物”の血液だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...