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IX 追憶-再会- -II
しおりを挟むぽんと頭に浮かんだのは、マリアの旧姓はウィルソンで、この舞台女優とやらがマリアの過去なのではないか、という憶測。あまりに突飛しすぎていて、何処か現実的な話だ。
しかし、そんな有名人が自身の友人だっただなんて、流石に考えすぎだ。自嘲する様に笑い、声に出して否定する。
それからというもの、自身の気が引かれる様な記事は無かった。新聞をペラペラと適当に捲っては文字に目を走らせてみるものの、その場で頭から抜けて行ってしまう様な些細なものばかりだ。
つまらない。新聞をぐしゃぐしゃに丸めてしまいたくなる衝動に駆られながらも、雑に新聞を畳み椅子に座ったまま積まれた新聞の方へそれ等を投げた。当然、積まれた新聞の上に綺麗に乗る事は無く、壁に激突した後跳ね返って床に新聞の束が散らばる。
きっと、このぶちまけられた新聞を先生が見たら驚くだろう。そして私を叱るに違いない。戻ってくる前に、片付けなければ。
どの道椅子から立ち上がらなければならないのなら、最初から投げなければ良かった。そう後悔しながらも、だらだらとした動きで立ち上がり、床に散らばった新聞に手を伸ばす。
先生が戻って来たのは、私の手が一枚目の新聞に触れた時だった。
「マーシャ」
名を呼ばれただけなのに、先生が妙に上機嫌なのが分かる。
いや、上機嫌というよりも高揚だろうか。振り返り彼の顔に目を遣ると、その頬は僅かに赤らんでいた。
「実はね、この診療所で看護婦として働いてくれる人が見つかったんだ」
「えっ……」
随分と唐突な言葉に、腰を屈め新聞を手にした体制のまま固まる。肩からはらりと落ちた髪が視界を塞ぎ、先生の顔が隠れた。目の前を覆う、ブロンド。そこで漸く思考がまともに働き、新聞を拾っている場合では無いと身体を真っ直ぐに戻した。
「どういう事?」
此処からではカーテンに隠れ顔が見えないが、先生の後ろに人が立っているのが分かる。看護婦、という事は女性だろう。
この診療所に、先生では無い別の人物が出入りする事になる。私と先生の会話の時間が減る。その看護婦とやらが、常に私達の間に入る事になる。
それを考えた今の感情を一言で表すのなら、絶望的な程の嫌悪感だった。
「行く当てのない女性が、僕を訪ねて来たんだ。実は、僕一人で診療所を管理するのは結構大変でね。僕は、此処の二階を借りて生活をしているだろう? 同じ部屋にはなってしまうが、生活する場所も提供できる。生活をする場所を提供する代わりに、看護婦として働いてくれないかと交渉をしたら、二つ返事で了承してくれたんだよ」
言っている意味が、まるで分からなかった。
先生は普段から、「行く当ての無い人に手を差し伸べる事は簡単だけど、全ての人に手を差し伸べていたらきりがないよ」と言ってた。それは彼の口癖の様な物だった。だというのに、何故先生は訪ねて来た女性にその様な提案をしたのだろう?
そんな疑問を抱くが、答えは直ぐに見つける事が出来た。
所謂、一目惚れという物なのだろう。先生は、出逢って間もないその女性に、此処を訪ねて来た女性に恋をした。それは、彼を見ていたら直ぐに分かった。
先生は神様、だなんて思っていたが、唯の男性だったという事だ。彼への尊敬や崇拝がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じながらも、「で? その女性は?」と不愛想に尋ねる。
彼がカーテンの後ろに居る女性に目配せし、女性がそっとカーテンの隙間から顔を覗かせた。
――その女性を見て、私は目を見張った。
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