DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

文字の大きさ
33 / 222

XIII 追憶-交渉- -I

しおりを挟む
 診療所から職場までの道中、私はずっとマリアとセドリックの事を考えていた。
 セドリックに交渉すると言ったは良いが、セドリックが私の話を真面に聞いてくれるとは限らない。交渉のテーブルに着く事すら出来ない可能性だって大いにあり得るのだ。
 それに、交渉が成立したとしても良い引き取り手が見つからなければ意味が無い。
 マリアとノエルには、残された時間が少ない。借金取りがいつ、ノエルを連れ去ってしまうか分からないのだ。出来れば今日、明日にでも、マリアの面談をして貰いたいところだ。

 辿り着いた職場の前。扉の鍵穴に鍵を差し込み、小さく息を吐いた。
 ぐるぐると思考は悪い方向へと向かっていってしまうが、今はとにかく悩む前に話をすべきだ。差し込んだ鍵を回して解錠し、玄関扉を勢い良く開いた。

 ホールに、セドリックの姿は無い。
 現時刻を壁時計で確認するが、彼が仕事を終えるにはまだ早い時間だ。それに、シャンデリアには明かりが灯っている為外へ出ている事も考えられない。彼はこの屋敷の何処かに居る筈だ。
 普段はホールで寛いでいるというのに、肝心な時に居ないなんて、と内心毒づきながら、屋敷に足を踏み入れ扉を後ろ手で閉めた。

 ――何処から聞こえる、人の話し声。片方は、セドリックのものだ。もう片方は――依頼者だろうか。
 ホールの奥に位置する客室から聞こえるそれ等の声に、セドリックは現在依頼者との面談中だという事を悟る。
 この様な場合は、面談が終わるまでホールで大人しく待つべきだ。お気に入りの紅茶を淹れて、心を落ち着かせるのも良いかもしれない。
 しかし、脳裏に張り付いているのはマリアの泣き顔とあの言葉。こうしてる間にもぐるぐると頭の中を回り、面談が終わるまで落ち着いて座っていられる自信は全くない。

 こんな事を、してはいけない。セドリックと交渉のテーブルに着くには、今は彼の機嫌を損ねる事はするべきじゃない。それは分かっている。
 だが私の心は焦燥感に駆られたまま落ち着く事は無く、吸い寄せられる様に客室の方へ足が向いた。

 客室の前に立ち止まり、扉の杢目もくめをじっと見つめる。
 セドリックの声は相変わらず落ち着いているが、依頼者であろう男性は上機嫌で会話に興じている。取引を通して引き取った子供が、想像以上に良い娘だった様だ。本当の娘の様に、愛情を込めて育てていこうと思う、といった言葉が漏れ聞こえてくる。
 顔も見た事の無い彼の言葉を、全面的に信じる訳では無い。だが、彼の言葉に嘘は無い様に思えた。
 彼の様な男性にノエルを引き取って貰えたら、ノエルは幸せになれる筈だ。マリアも、安心出来るだろう。少なくとも、競売に掛けられるよりかは何倍もマシだ。
 漏れ聞こえてくる声を聴く限り、依頼者は気さくな人の様だ。緊急の案件だと言えば、分かってくれるだろう。セドリックはあまり良い顔をしないだろうが、今はもうこうするしかない。
 深く息を吐き、扉をノックしようと握り締めた手を持ち上げた。

「――あ」

 カチャ、と耳に心地よい音が響き、ノックをするよりも先に扉が開いた。予想外の展開に思わず声が漏れ、ノックしようとした手は宙に取り残される。
 扉を開いたのは、長身で短く刈った赤毛の髪が印象的な貴族の男だった。顔立ちは整っている方だとは思うが、あまり女性受けしなさそうな見た目だ。しかし、高級ブランドの装飾品を身に着けておらず、金持ちだという事をひけらかすタイプでは無い所に好印象を持つ。

「失礼」

 男と見つめ合う事数秒。セドリックが男にそう囁き掛ける様に告げ、私を客室の前から強く押し退けた。
 
「可愛らしいお嬢さんじゃないか。君も彼と同じ仕事を?」

「あ、えっと」

 男に話を振られるが、咄嗟の事に言葉が出て来ない。
 それを見て、彼は何を思ったのか此方に手を差し出した。そして自己紹介をされるが、今の私の脳内はマリアとノエルの事で埋まっており、彼の名を記憶する事は出来なかった。
 差し出された手を無視する訳にもいかず、ぎこちなく握り返し「どうも」と短く告げる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...