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XVI 令嬢の行方-III
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「……お嬢様は、今何処に?」
「それは言えない」
「……安全な場所に、居られるのですか?」
「そうだね、安全ではあるかな。少なくとも、この屋敷よりかは」
彼の表情は変わらない。だが、私を苛んでいた耳鳴りと頭痛がふわりと軽くなった。
彼は少なからず、安堵している。きっとエルの身を、案じていたのだろう。耳鳴りは次第に小さくなり、そして終いには完全に聞こえなくなった。
「私は彼女の敵じゃない。貴方が彼女の敵じゃないなら、教えて欲しい」
彼が私の瞳を見つめ、息を呑む。彼の額に滲んだ汗の粒が次第に増えていき、遂にぽたりと一滴彼の膝の上に落ちた。
「……恐らく、ですが」
彼が口を開き、声を震わせながらも言葉を紡ぐ。
「旦那様は、お嬢様の捜索をされていません。捜索願を警察に提出した痕跡も無く、更には誰かを雇って探させている様にも見えません。それに――」
彼が一瞬、口籠る。その瞬間、ビリ、と耳奥を裂かれた様な耳鳴りがした。
「旦那様が昨晩、私達使用人を集め――」
――その後の彼の言葉は、少なからず私に衝撃を与えた。
貴族のする事は粗方予測出来ていたが、エインズワース家の当主、及びエルの父親は相当気が狂った男の様だ。
エルから伝わって来た、エインズワース家への嫌悪感も納得が出来る。
「お嬢様は使用人からとても慕われておりました。旦那様の命令に従う者は、この屋敷には居ないでしょう。勿論私も、命令に従うつもりはありません。ですが、万一の事は想定しておいてください」
「――分かった」
「それと、お嬢様の事をどうかよろしくお願い致します」
彼が浅く、私に頭を下げる。彼も他の使用人と同様、エルを慕っていたのだろう。未だ、その心の内ではエルの身を案じている様だった。
「教えてくれて、ありがとう」
ぎこちない事は自身でも分かっていたが、彼になんとか笑顔を見せジャケットのポケットに忍ばせていた金貨5シリングを手に取った。そしてそれを、彼の手に握らせる。
「私が来た事、誰にも言わないで。勿論、他の使用人にも。どれだけ信頼している相手であっても、ね」
「……こんな物、頂かなくても僕は誰にも話しませんよ」
「でも、それは受け取って。口止め料だけじゃなくて、お礼も含まってるから」
柵から一歩離れ、彼に気付かれないよう小さく息を吐いた。
そして再び彼に笑顔を見せ、右手をひらりと振った。
「じゃあね、ありがとう」
私が彼に背を向けるのと同時に、彼も柵の近くから腰を上げる。
少し経ってから振り返ると、彼はもう持ち場に戻っていた。恐らく彼なら、今日の事を他言したりはしないだろう。嘘も、ついていない。
――耳奥に木霊する、彼の先程の言葉。
不安は煽られるものの、彼は「命令に従うつもりは無い」と言っていた。心の内を視る限りでは本心だ。それに彼が言うには、エルは使用人から大層慕われていた様である。故に、“あの言葉”が現実になるとはとても思えない。
セドリックには、今日の話をどこまで伝えるべきだろうか。
まだはっきりとは読めていないが、セドリックはエルに相当執着している様に見える。今日の事をそのまま伝えてしまえば、彼は不安を抱きエルを家の中に永遠に閉じ込めてしまうかもしれない。
エインズワース家の当主は、エルの捜索を行っていない。それは、確かだと言って良い筈だ。
ならば、エルを連れ去ろうとしている人物は今の所居ない、と曖昧にぼかしてしまっても良いだろう。
それに、いざという時は私がエルを守ればいい。
セドリックにはついでに、もう暫く様子を見て何も問題が無ければ、エルを街に出しても良いのではないか、とでも言っておこうか。人間、籠城生活を続けると精神を病みかねない。エルの為にも、籠城生活はなるべく早く終わらせてやるべきだ。
そんな事を1人考えながら、セドリックが居るであろう職場へと急いだ。
「それは言えない」
「……安全な場所に、居られるのですか?」
「そうだね、安全ではあるかな。少なくとも、この屋敷よりかは」
彼の表情は変わらない。だが、私を苛んでいた耳鳴りと頭痛がふわりと軽くなった。
彼は少なからず、安堵している。きっとエルの身を、案じていたのだろう。耳鳴りは次第に小さくなり、そして終いには完全に聞こえなくなった。
「私は彼女の敵じゃない。貴方が彼女の敵じゃないなら、教えて欲しい」
彼が私の瞳を見つめ、息を呑む。彼の額に滲んだ汗の粒が次第に増えていき、遂にぽたりと一滴彼の膝の上に落ちた。
「……恐らく、ですが」
彼が口を開き、声を震わせながらも言葉を紡ぐ。
「旦那様は、お嬢様の捜索をされていません。捜索願を警察に提出した痕跡も無く、更には誰かを雇って探させている様にも見えません。それに――」
彼が一瞬、口籠る。その瞬間、ビリ、と耳奥を裂かれた様な耳鳴りがした。
「旦那様が昨晩、私達使用人を集め――」
――その後の彼の言葉は、少なからず私に衝撃を与えた。
貴族のする事は粗方予測出来ていたが、エインズワース家の当主、及びエルの父親は相当気が狂った男の様だ。
エルから伝わって来た、エインズワース家への嫌悪感も納得が出来る。
「お嬢様は使用人からとても慕われておりました。旦那様の命令に従う者は、この屋敷には居ないでしょう。勿論私も、命令に従うつもりはありません。ですが、万一の事は想定しておいてください」
「――分かった」
「それと、お嬢様の事をどうかよろしくお願い致します」
彼が浅く、私に頭を下げる。彼も他の使用人と同様、エルを慕っていたのだろう。未だ、その心の内ではエルの身を案じている様だった。
「教えてくれて、ありがとう」
ぎこちない事は自身でも分かっていたが、彼になんとか笑顔を見せジャケットのポケットに忍ばせていた金貨5シリングを手に取った。そしてそれを、彼の手に握らせる。
「私が来た事、誰にも言わないで。勿論、他の使用人にも。どれだけ信頼している相手であっても、ね」
「……こんな物、頂かなくても僕は誰にも話しませんよ」
「でも、それは受け取って。口止め料だけじゃなくて、お礼も含まってるから」
柵から一歩離れ、彼に気付かれないよう小さく息を吐いた。
そして再び彼に笑顔を見せ、右手をひらりと振った。
「じゃあね、ありがとう」
私が彼に背を向けるのと同時に、彼も柵の近くから腰を上げる。
少し経ってから振り返ると、彼はもう持ち場に戻っていた。恐らく彼なら、今日の事を他言したりはしないだろう。嘘も、ついていない。
――耳奥に木霊する、彼の先程の言葉。
不安は煽られるものの、彼は「命令に従うつもりは無い」と言っていた。心の内を視る限りでは本心だ。それに彼が言うには、エルは使用人から大層慕われていた様である。故に、“あの言葉”が現実になるとはとても思えない。
セドリックには、今日の話をどこまで伝えるべきだろうか。
まだはっきりとは読めていないが、セドリックはエルに相当執着している様に見える。今日の事をそのまま伝えてしまえば、彼は不安を抱きエルを家の中に永遠に閉じ込めてしまうかもしれない。
エインズワース家の当主は、エルの捜索を行っていない。それは、確かだと言って良い筈だ。
ならば、エルを連れ去ろうとしている人物は今の所居ない、と曖昧にぼかしてしまっても良いだろう。
それに、いざという時は私がエルを守ればいい。
セドリックにはついでに、もう暫く様子を見て何も問題が無ければ、エルを街に出しても良いのではないか、とでも言っておこうか。人間、籠城生活を続けると精神を病みかねない。エルの為にも、籠城生活はなるべく早く終わらせてやるべきだ。
そんな事を1人考えながら、セドリックが居るであろう職場へと急いだ。
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