68 / 222
XXII 予期不安-I
しおりを挟む
普段より早起きをして、駆け込む様に訪れたのは職場の書斎。
今朝も相変わらずシーラは私に悪意を振り撒いていたが、今日の私はそれ等に一切の関心を示さなかった。書斎で私を待っている、大切な物に心を奪われていたからだ。
そんな私を見て、普段と違う事を覚ったのだろう。これ以上何を言っても無駄だとでも思ったのか、途中からシーラは冷たい視線だけを私に向け、口を噤んだ。
アームソファから見て右側の棚、並んだ本が数冊僅かに出っ張っている場所がある。ぱっと見ただけでは気付かない程度のものだが、よく見てみればそれは不自然で、本の裏側に“何かが隠されている”のが明らかな見た目をしていた。
この書斎に、私以外の人物が足を踏み入れる事は無い。仮にあったとしたら、セドリック位である。しかしそのセドリックでさえ、この書斎に足を踏み入れた事は過去に一度も無かった。
こうする事に、なんの意味も無い事位分かっている。だが、これはあくまで保険だ。大切な物を見える場所に置いておきたくない、という心理から来るものである。
出っ張った本を棚から取り出し、雑に床に積み上げる。ぽっかりと棚に空いた空白の所為でパタパタと本が倒れてくるのをなんとか片手で押さえ、もう片方の手をその空白の奥へと突っ込んだ。
指先に触れる、硬い紙の箱の感触。誰もこの書斎に足を踏み入れていないのだから、それがそこにあるのは最早当然の事ではあるのだが、変わらずそこに存在している事に僅かながら安堵を覚えた。
それをしっかりと片手で掴み、空白の中から引っこ抜く。そして取り出した黒い小箱――マリアから贈られたピアスを、大切に胸に抱いた。
手を退けた事で、パタパタと本が倒れていく。しかしそんな本達に目もくれず、私はその小箱を胸に抱いたままソファに浅く腰掛けた。小箱をそっと開き、覗き込む様に箱の中へと視線を落とす。
小箱の中には、数ヵ月前と変わらず、美しい光を放つガーネットのピアスが仕舞われていた。漸くこのピアスを着用できる日が来た、と期待に胸を膨らませながら、蓋を開いたままの小箱をサイドテーブルに慎重に乗せる。
――私の両耳に着けられた地味な金属のピアスは、通称“ファーストピアス”と呼ばれるものらしい。昨晩仕事帰りに診療所へ寄り、マクファーデンにピアスホールを見せたところ、良くも悪くも呆気なく、「もうファーストピアスを外して、例のピアスを着用してもいいですよ」と彼は言った。
最早耳と一体化してしまっている様にすら感じるファーストピアスを、外す瞬間というのは非常に緊張する。あれ程外したかった物だと言うのに、今は何だか、外してしまう事に寂しさを覚えていた。
耳朶の裏に指を這わせ、針状のピアスを固定しておく為の金具――キャッチを摘み、そっとピアスから外した。そして丁寧に、ピアスホールに埋もれる様に嵌められていたピアスをホールから引き抜く。
不思議と、ピアスを外した感覚は無かった。
するりと抜けたそれには血液等も付着しておらず、マクファーデンの言う通りホールが安定したのだという事を覚る。
――傷口に、金属を嵌め込んだら。
一般的な知識だけで考えれば、そのまま金属を飲み込む様にして傷が塞がってしまう事を想像する。ピアスなんて、針程に細い。尚の事、皮膚と同化してしまいそうだ。だと言うのに、ピアスはすんなりと耳朶から外れ、そして綺麗な穴だけを残した。
どのようなメカニズムなのだろう。耳朶に空いた小さなピアスホールを、事前に用意しておいた手鏡で見つめながら考える。
毎日、仕事が終わった後診療所へ通い、穴を開けた耳朶が膿んでしまわぬ様にと消毒をしてもらっていた。当然、自身では耳元を見る事が出来ない為、どんな処置が施されているかは分からない。だが、触れられている感覚だけで言えば、消毒以外の事はしていなかった様に思える。
今朝も相変わらずシーラは私に悪意を振り撒いていたが、今日の私はそれ等に一切の関心を示さなかった。書斎で私を待っている、大切な物に心を奪われていたからだ。
そんな私を見て、普段と違う事を覚ったのだろう。これ以上何を言っても無駄だとでも思ったのか、途中からシーラは冷たい視線だけを私に向け、口を噤んだ。
アームソファから見て右側の棚、並んだ本が数冊僅かに出っ張っている場所がある。ぱっと見ただけでは気付かない程度のものだが、よく見てみればそれは不自然で、本の裏側に“何かが隠されている”のが明らかな見た目をしていた。
この書斎に、私以外の人物が足を踏み入れる事は無い。仮にあったとしたら、セドリック位である。しかしそのセドリックでさえ、この書斎に足を踏み入れた事は過去に一度も無かった。
こうする事に、なんの意味も無い事位分かっている。だが、これはあくまで保険だ。大切な物を見える場所に置いておきたくない、という心理から来るものである。
出っ張った本を棚から取り出し、雑に床に積み上げる。ぽっかりと棚に空いた空白の所為でパタパタと本が倒れてくるのをなんとか片手で押さえ、もう片方の手をその空白の奥へと突っ込んだ。
指先に触れる、硬い紙の箱の感触。誰もこの書斎に足を踏み入れていないのだから、それがそこにあるのは最早当然の事ではあるのだが、変わらずそこに存在している事に僅かながら安堵を覚えた。
それをしっかりと片手で掴み、空白の中から引っこ抜く。そして取り出した黒い小箱――マリアから贈られたピアスを、大切に胸に抱いた。
手を退けた事で、パタパタと本が倒れていく。しかしそんな本達に目もくれず、私はその小箱を胸に抱いたままソファに浅く腰掛けた。小箱をそっと開き、覗き込む様に箱の中へと視線を落とす。
小箱の中には、数ヵ月前と変わらず、美しい光を放つガーネットのピアスが仕舞われていた。漸くこのピアスを着用できる日が来た、と期待に胸を膨らませながら、蓋を開いたままの小箱をサイドテーブルに慎重に乗せる。
――私の両耳に着けられた地味な金属のピアスは、通称“ファーストピアス”と呼ばれるものらしい。昨晩仕事帰りに診療所へ寄り、マクファーデンにピアスホールを見せたところ、良くも悪くも呆気なく、「もうファーストピアスを外して、例のピアスを着用してもいいですよ」と彼は言った。
最早耳と一体化してしまっている様にすら感じるファーストピアスを、外す瞬間というのは非常に緊張する。あれ程外したかった物だと言うのに、今は何だか、外してしまう事に寂しさを覚えていた。
耳朶の裏に指を這わせ、針状のピアスを固定しておく為の金具――キャッチを摘み、そっとピアスから外した。そして丁寧に、ピアスホールに埋もれる様に嵌められていたピアスをホールから引き抜く。
不思議と、ピアスを外した感覚は無かった。
するりと抜けたそれには血液等も付着しておらず、マクファーデンの言う通りホールが安定したのだという事を覚る。
――傷口に、金属を嵌め込んだら。
一般的な知識だけで考えれば、そのまま金属を飲み込む様にして傷が塞がってしまう事を想像する。ピアスなんて、針程に細い。尚の事、皮膚と同化してしまいそうだ。だと言うのに、ピアスはすんなりと耳朶から外れ、そして綺麗な穴だけを残した。
どのようなメカニズムなのだろう。耳朶に空いた小さなピアスホールを、事前に用意しておいた手鏡で見つめながら考える。
毎日、仕事が終わった後診療所へ通い、穴を開けた耳朶が膿んでしまわぬ様にと消毒をしてもらっていた。当然、自身では耳元を見る事が出来ない為、どんな処置が施されているかは分からない。だが、触れられている感覚だけで言えば、消毒以外の事はしていなかった様に思える。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる