DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

文字の大きさ
97 / 222

XXXI 借家-I

しおりを挟む
「おかえりなさい」

 ――23時半。
 流石のシーラももう床に就いた頃合いかと思い、こっそりと音を立てずに借家まで戻ってきたが、玄関を開けた先には寝間着姿のシーラが立っていた。

「あ、えっと、ただいま……です」

 足音を立てぬ様にと家の前で靴までをも脱いだというのに、それも全て無駄な行動だった様だ。両手に持った靴を背後に隠し、愛想笑いをシーラに見せる。

「――今月のお家賃、まだ頂いておりませんわ」

「あ、あぁ……あの、何とかします、直ぐに」

「そう、この前も同じ事を仰っていましたが……。払えないのなら、出て行って頂いて構いませんのよ」

「……」

 家賃は、決して高くはない。セドリックより収入の低い私でも、毎月決められた日に支払う事ができ、趣味の化粧品や洋服、紅茶に手を出してもまだ余裕がある程の額だ。
 しかし今の私には、一切の余裕がない。その理由は言わずもがな、“あの女”の所為だ。
 2、3日に1度姿を見せては、漸く手にした収入をごっそりと持っていかれる。その為未だ、シーラに今月分の家賃の支払いが出来ていなかった。
 それだけでは無い。最近金銭的に余裕がない所為で飢えを凌ぐ程度でしか食事がとれておらず、体調の優れない日が続いていた。この生活が続くのならば、此処を出て行く事も考えなければならない。
 セドリックに事情を話せば、屋敷で寝泊まりをする事を許して貰えるだろうか。そんな事を考えながら、シーラに向かって深く頭を下げた。

「ごめんなさい、直ぐに何とかします。何とか出来なかったら、その時は此処を出て行きます。なので、もう少しだけ待ってください」

 シーラも、私が此処まで素直に頭を下げるとは思わなかったのだろう。驚く様な、形容しがたい感情が伝わってくる。それは、シーラから初めて感じ取ったものでもあった。

「……あと少し、ですからね」

 彼女が溜息交じりに呟き、そのまま踵を返す。頭を上げると、一瞬此方を振り返った彼女と目が合った。

「今回は意地悪で言っている訳ではありませんから。貴女とは相性が合わないと常々感じておりましたが、これは大家としての注意です。私情は挟んでおりません」

「分かってます」

 普段から意地悪を言っている自覚はあったのか、なんて思いつつも、彼女に再び頭を下げる。
 彼女の足音が遠ざかり、扉が閉まる音が聞こえ、漸く深く息を吐いた。

 私は彼女――シーラ・ガードナーが大の苦手だ。いや、“嫌い”なのかもしれない。
 そんな彼女に、頭を下げる事は屈辱的な事でもあった。
 しかし今回の事は、シーラに非はない。悪いのは私だ。それでも、あの女が脅して来たりなどしなければこうなる事は無かった。

 ――情けない。

 あの女の脅しで、素直に従ってしまう自分が何よりも情けない。
 本当なら、自身の手でセドリックの事もエルの事も守ってやりたかった。弱みを握られて、無様にも金を渡してしまうだなんて、情けない事極まりない。

 ゆっくりと頭を上げ、顔に掛かった髪を手で払う。そして靴を手に持ったまま、階段を上がった。
 今手に持っているこの靴も、貴族から買い取ったものだ。申し分ない程良質であり、売ればそれなりの金になるのは分かりきっている。
 デザインも気に入っていて、履き心地も良い靴ではあったが、自身は服や靴を多く所持している。この一足が消えたところで何も困る事は無い。
 心にぽっかりと穴が空いた様な虚無感を抱きながら、自室の前で立ち止まり、冷えた手で扉を解錠した。隣の部屋の住居者は、確か今ぐらいの時間に仕事に出ていると言っていた筈だ。不在ならば、少しくらい物音を立てても許されるだろう。
 扉を開き、部屋を一周見渡した後、再び溜息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...