DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

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XXXII 忠告と犯意-II

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 彼はしっかりと、例の事件を把握していた様だ。その事実に安堵していると、徐に煙草を口に咥えたセドリックが言葉を続けた。

「一昨日この街で、6人目の被害者が出たと今朝ライリーから聞いた。被害者は……、確かアリア・ベックフォードといった名前だったと思う。あの酒場パブで、踊り子として働いてた女らしい。深夜街を巡回してた警察官が、酒場の裏のゴミ溜めで倒れているのを発見したんだとか。だがまぁ、その女は娼婦としても商売していた様で、他の被害者みたいに精神的なショックは無いと聞いてる」

「そっか……、警察は当てにならないなぁ」

 そう嘆く様に言うと、彼が溜息と共に煙を吐き出した。

「エルちゃん、凄い美人だから狙われそうで怖いね。あの子警戒心無いし、知らない男でも優しい事言われたらすぐ信用しちゃいそう」

「……やめろ、お前が言うと洒落にならない」

「まぁ、犯行時刻は大体深夜だし、大丈夫だとは思うけど」

 言った通り、犯行時刻は全て深夜だ。6人目の被害者については良く知らないが、話を聞く限りでは彼女――アリア・ベックフォード――も狙われたのは深夜だろう。
 深夜はセドリックが必ず家に居る時間であり、エルが勝手に外を出歩くとも思えない。
 そんな事を悶々と考えていると、私の思考を邪魔する様に甘い紅茶の香りが鼻腔を抜けた。ほぼ無意識的に、香りがする方へと視線を向ける。
 手書きの看板が扉の前に立てられたその店は、個人経営の紅茶専門店だ。店主と顔見知りになる程、私が何度も足を運んでいる店である。
 今日は紅茶を買うつもりは無く、更には金銭的に余裕があるとは決して言えない状況だが、この店の茶葉は然程高くない。少し見ていく事位は許されるだろう。それに、店主とも久々に話がしたかった。

「ごめん、ちょっと寄りたいお店あるから待ってて」

 隣のセドリックを一度も見ること無く、ふらふらと店に近付く。虹色のステンドグラスが埋め込まれた木の扉をゆっくり開くと、カラリと鈴の音に似たドアベルが響いた。

「あ、マーシャちゃん! 久しぶりだね!」

 カウンターの奥から顔を出したのは、この店の女店主――アシュリー・エイデンだ。頬に散ったそばかすが印象的で、臨月を迎えたばかりの妊婦である。
 アシュリーが経営するこの店は街でも評判高く、この街の人達は皆出産を今か今かと楽しみにしていた。勿論私も、その1人だ。
 
「最近来れてなかったからね。アシュリーさんも、元気そうで良かった」

「私より、お腹の子の方が元気だよ。毎朝、中からお腹を蹴られて起きるんだ、本当に大変で困っちゃうよ」

「あはは、それはちょっと大変そう」

 他愛の無い会話を交わし、並べられた茶葉をゆっくりと見て回る。此処へ来ると、いつも気持ちが楽になる。沢山の茶葉は視覚を充足させるだけでなく、心迄をも癒してくれる。

「マーシャちゃん、顔色があまり良くないね」

「あぁ、今仕事帰りなの。今回ちょっと大変で」

「あんまり根詰めすぎないようにね。あぁ、そうだ。診療所のマクファーデン先生の所に行ってみるといいよ。あの先生はカウンセリングもしてくれるらしくってね、話を聞いて貰って心が楽になったって子が結構多いんだ」

「……そうなんだ」

 カウンセリングと言ってはいるが、一体どれだけの患者が心の病を患っていたのだろう。カウンセリングを求め、彼の元に多くの女性患者が訪ねてきていたのは知っていた。しかし、その殆どがマクファーデン目当てであり、とても悩み事がある様には見えなかった。

「マーシャちゃんは、あの先生が嫌い?」

「え? なんで?」

「あまり、良い顔をしなかったから」

 顔に出したつもりは無かったが、アシュリーは勘が鋭く人の顔色の変化に良く気付く女性だ。私がマクファーデンの事で複雑な思いを抱えている事を、少なからず感じ取ったのかもしれない。

「……先生の事は、好きでも嫌いでも無いよ」

 実際、彼の事が好きな筈だった。彼の行動、言動、仕草に惹かれて、いつの間にかずっと傍に居たいと思う様になっていた。
 しかし今、本を渡された事もあってか自身の気持ちが分からなくなっていた。彼には想い人が居る。私では無い別の誰か。彼を好きでいても、何の意味も無い。
 それに彼は、本を読み終わるまで診療所に来るなと言った。それは、私を遠ざけたかったからだろう。だが彼が最後に言った言葉。心を読めなくて残念だと、あの言葉にはどんな意味が籠っていたのだろうか。考えれば考える程、頭が痛くなって分からなくなる。

「今度、カウンセリング行ってみるね」

 しかしこれは、私自身の問題だ。臨月の妊婦であるアシュリーに余計な心配を掛ける訳にもいかず、精一杯の笑顔を作って穏やかにそう告げた。
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