119 / 222
XXXV 傷痕-III
しおりを挟む
「アリア、何をしているの? お客様と喧嘩なんてしては駄目よ。それに、他の子達もまだ眠っているのだから、少し静かにね」
先程の、女主人の声だ。その声に我に返ったのか、アリアが扉を一瞥した後私の肩から手を離した。
「ご、ごめんなさいママ。少し、取り乱してしまって」
扉に向かって返答するアリアからは、もう乱れた感情は伝わってこない。大分落ち着いた様だ。安堵に胸を撫で下ろし、掴まれた事でよれてしまった服を手早く直した。
「突然掴みかかってしまって、ごめんなさい。驚いたよね」
「大丈夫だよ。確かにちょっと、驚いたけど……。でも、エルちゃんが貴女にとって大切だってのは分かった」
今度は私が彼女の肩を掴み、ゆっくりと押してベッドに座らせた。そして自身もその隣に腰掛け、アリアの背を優しく摩る。
「ゆっくりで良いから、1から順番に何があったか教えてくれる?」
躊躇いがちにも頷いたアリアが、一度深く深呼吸した後口を開いた。
「私ね、この店に来る前、此処から離れた街で街娼をしてたの。親に捨てられた私は愛を知らなくて……、金で買われた、たった一晩だけの関係でも、愛されてる気がして嬉しかった。だから、娼婦で居る事を嫌だと思った事は無かった。――でも、ある時他の娼婦たちが話しているのを聞いた。『私達娼婦に、幸せになる未来は無いんだ』って。私が愛だと思っていたものは全て偽りで、愛なんかじゃないってその時改めて分かった。寂しくて、悲しくて、現実が受け入れられなかった時に出会ったのがあの男、アルフレッド・ガーランド。あの男は私を買って、私に優しくしてくれた。娼婦ってだけでさ、人間として扱われなくて、暴力振るわれたり、行為の最中に髪を手綱みたいにして掴んだりされる事もあったんだよ。でも、あの男は優しくしてくれて、人として扱ってくれて、凄く嬉しかったのを覚えてる。それから、フレッドは私を何度も買う様になった」
ぽつりぽつりと話すアリアからは再び哀愁が伝わってきて、元居た街での出来事は彼女にとってとても悲しいものなのだという事がよく分かった。
「最初は、気に入ってくれてんのかなって思う位でしか無かった。でもある日突然、『僕の生活が安定したら、君を迎えに行きたい。だから待っていてくれ』なんて言われちゃって。私恋愛した事無いし、馬鹿だからさ……、その言葉、信じちゃって……好きに、なっちゃって」
アリアが両手で、顔を覆う。伝わるのは羞恥や罪悪感、そして後悔。
今にも泣き出しそうな彼女にかける言葉が見つからず、ただ背中を撫で続けた。
「あいつは私に、『生活の為だとはいえ、他の男に君を触らせたくない』とか『辛い思いさせてごめんね』とか、都合の良い言葉を吐き続けた。それを、私は信じてしまった。その言葉に惹かれて私は、お金は要らないから抱いて欲しいって言って……あの男と恋人になった。私、フレッドの為にも、結婚資金の為にも、ご飯も食べずに頑張ってお金貯めて……、娼婦の私でも幸せになっていいんだって信じて、本当に、頑張って……」
彼女の瞳から、一粒涙が零れ落ちる。その涙を指先で拭ってやると、アリアが誤魔化す様に笑った。
「でもね、全部、嘘だった」
「嘘……?」
「そう……。あの男には、私以外の恋人が沢山居た。同じ街の娼婦の中にも、フレッドと恋人関係になってる子が居た。それで、私、裏切られたんだって……やっぱり娼婦の私は幸せになれないんだって分かって……、普段以上に客を取った。仕事だって割り切って。でも、心は荒んでいく一方で、そんな時に昨日のおにーさんと出逢ったの」
「その街で? セドリックと?」
「うん。貴女達、この街の人でしょ? 今思えば、なんであの街に居たのか分かんないんだけど……自暴自棄になってた時に、たまたま通りかかったおにーさんに迫ったの。まぁ、案の定相手にされなかったんだけどね」
彼女が自嘲気味に笑い、そして小さく息を吐いた。
先程の、女主人の声だ。その声に我に返ったのか、アリアが扉を一瞥した後私の肩から手を離した。
「ご、ごめんなさいママ。少し、取り乱してしまって」
扉に向かって返答するアリアからは、もう乱れた感情は伝わってこない。大分落ち着いた様だ。安堵に胸を撫で下ろし、掴まれた事でよれてしまった服を手早く直した。
「突然掴みかかってしまって、ごめんなさい。驚いたよね」
「大丈夫だよ。確かにちょっと、驚いたけど……。でも、エルちゃんが貴女にとって大切だってのは分かった」
今度は私が彼女の肩を掴み、ゆっくりと押してベッドに座らせた。そして自身もその隣に腰掛け、アリアの背を優しく摩る。
「ゆっくりで良いから、1から順番に何があったか教えてくれる?」
躊躇いがちにも頷いたアリアが、一度深く深呼吸した後口を開いた。
「私ね、この店に来る前、此処から離れた街で街娼をしてたの。親に捨てられた私は愛を知らなくて……、金で買われた、たった一晩だけの関係でも、愛されてる気がして嬉しかった。だから、娼婦で居る事を嫌だと思った事は無かった。――でも、ある時他の娼婦たちが話しているのを聞いた。『私達娼婦に、幸せになる未来は無いんだ』って。私が愛だと思っていたものは全て偽りで、愛なんかじゃないってその時改めて分かった。寂しくて、悲しくて、現実が受け入れられなかった時に出会ったのがあの男、アルフレッド・ガーランド。あの男は私を買って、私に優しくしてくれた。娼婦ってだけでさ、人間として扱われなくて、暴力振るわれたり、行為の最中に髪を手綱みたいにして掴んだりされる事もあったんだよ。でも、あの男は優しくしてくれて、人として扱ってくれて、凄く嬉しかったのを覚えてる。それから、フレッドは私を何度も買う様になった」
ぽつりぽつりと話すアリアからは再び哀愁が伝わってきて、元居た街での出来事は彼女にとってとても悲しいものなのだという事がよく分かった。
「最初は、気に入ってくれてんのかなって思う位でしか無かった。でもある日突然、『僕の生活が安定したら、君を迎えに行きたい。だから待っていてくれ』なんて言われちゃって。私恋愛した事無いし、馬鹿だからさ……、その言葉、信じちゃって……好きに、なっちゃって」
アリアが両手で、顔を覆う。伝わるのは羞恥や罪悪感、そして後悔。
今にも泣き出しそうな彼女にかける言葉が見つからず、ただ背中を撫で続けた。
「あいつは私に、『生活の為だとはいえ、他の男に君を触らせたくない』とか『辛い思いさせてごめんね』とか、都合の良い言葉を吐き続けた。それを、私は信じてしまった。その言葉に惹かれて私は、お金は要らないから抱いて欲しいって言って……あの男と恋人になった。私、フレッドの為にも、結婚資金の為にも、ご飯も食べずに頑張ってお金貯めて……、娼婦の私でも幸せになっていいんだって信じて、本当に、頑張って……」
彼女の瞳から、一粒涙が零れ落ちる。その涙を指先で拭ってやると、アリアが誤魔化す様に笑った。
「でもね、全部、嘘だった」
「嘘……?」
「そう……。あの男には、私以外の恋人が沢山居た。同じ街の娼婦の中にも、フレッドと恋人関係になってる子が居た。それで、私、裏切られたんだって……やっぱり娼婦の私は幸せになれないんだって分かって……、普段以上に客を取った。仕事だって割り切って。でも、心は荒んでいく一方で、そんな時に昨日のおにーさんと出逢ったの」
「その街で? セドリックと?」
「うん。貴女達、この街の人でしょ? 今思えば、なんであの街に居たのか分かんないんだけど……自暴自棄になってた時に、たまたま通りかかったおにーさんに迫ったの。まぁ、案の定相手にされなかったんだけどね」
彼女が自嘲気味に笑い、そして小さく息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる