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XLVII 唯一無二-IV
しおりを挟む「――いえ、大した事では。ただ、甘い香水の香りがして……、それと、カーテンの向こう側に人影が見えたので」
追加で紡がれたエルの言葉に、マクファーデンは私の名前を出しては居ないのだと察する。それに、エルは人影と言った。目が合ったと認識しているのは私だけで、エルは私の存在には気付いていない様だ。
「――匂いは、大丈夫なのですが……ただ少し、気になった香りで……」
更に紡がれた言葉。“気になった香り”という単語にドキリと心臓が跳ね上がる。
私は香水等の化粧品が好きでよく依頼者から買い取っていたが、結局使う香水はいつも同じだった。「使わないのに買い取ってどうするんだ」と、セドリックに怒られる位である。
男性であれば香りだけで人物を特定するのは難しいだろうが、女性であるエルならどうだろうか。確か昔、エルは屋敷に居た頃に気に入っていた香水があり、それを頻繁に使っていたと言っていた筈だ。化粧品に、詳しい可能性だってある。
しかし、そんな事を悶々と考えているうちにエルは興味を失くしてしまったのか、将又エルの気を引く別の何かがあったのか、誰かとの喋り声が聞こえた後彼女の気配が遠ざかっていった。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、深い溜息を吐く。
――何故、マクファーデンとの仲を彼女達に知られたくないのか。どれだけ考えてみても、自分では分からない。考えれば答えが出る、という訳でも無さそうだ。
抑々、私とマクファーデンの仲とは一体なんなのだろうか。昨晩あんな事をしたというのに、私達の関係性は何も分からないままだ。
相思相愛だから、何だというのか。身体を重ねたからと言って、何になるのか。性交をした相手が恋人になるのなら、この世の娼婦達は恋人がごまんと居る事になってしまう。
幾らお互い想い合っていようと、私達の間に“恋人になろう”だなんて話は出ていない。彼には「無理矢理にでも自分のものにするつもりだった」なんて言われたが、それが恋人という関係になる、という訳では決して無いだろう。
現に、彼が言っていたでは無いか。家賃を、身体で払えば良いと。
彼にとって私は、所詮その程度でしかない。私は彼の心が読めないのだ。彼の“私のカルテに恋をした”や“私を愛している”という言葉が真実なのかを確かめる術は無い。
やはり私は、恋愛に向いていないのだ。セドリックにあれだけ偉そうな事を言っておいて、自身はこんなにも恋愛に苦戦しているなんて笑ってしまう。
幸せな結果を引く事は出来たが、あの時セドリックに無理強いをしてしまった事を、今になって少し後悔した。
「うわ、何やってるんですかそんな所で」
診察を終えたらしきマクファーデンが、私を見つけ一歩後退った。まだ私を警戒している様だ。
「2人は?」
「……貴女の幼馴染さんとその奥様の事ですか。今しがた帰られましたよ」
「そう……」
彼からふいと顔を逸らし、“先程の事”を思い浮かべる。
これが良い方向へ進む可能性もあれば、どつぼにはまる可能性だってある。しかし、このまま、という訳にもいかない。
「さっきの話、考えてあげてもいいよ」
彼から顔を逸らしたまま、呟く様に告げる。
「……さっきの話、とは?」
しかし彼は察しが悪く、私の言葉の意味を理解していない様だった。彼を一瞥すると、困惑の表情を浮べた彼と一瞬視線が交わる。
「――身体で家賃払う、って話」
「えっ」
彼は私の言葉に大層驚いた様で、更に一歩後退り何かを考えこむ様な顔をした。
彼が今何を考えているのかは一切読めないが、彼の事だ。どうせ余計な事ばかり考えているのだろう。
「別に先生が嫌ならいいし。その時はどうにかお金作ってくるけど」
「……いえ、お金は結構です。僕これでもお金には困っていないですし、家賃も無償同然なので」
「じゃあ、何に悩んでんの」
「悩んでいるんじゃありません。あれだけ怒っていたのに、一体何があって心変わりしたのか考えていただけです」
「精神科医様の見解は?」
「……僕は精神科医ではありませんが。そうですね、妥協、もしくは金銭的不都合……、あとは、性的快楽が恋しくなった、とか?」
彼の返答に、思わず唇を噛む。
ずっとこのままという訳にはいかない、と思い承諾した次第だが、“性的快楽が恋しくなった”との言葉に反論出来ない自分も居た。
彼は昨晩、私と心も交わりたいと言っていた。しかしそれも、彼の過去の言葉同様確かめる術は無いのだ。私は、心が交われないのならばせめて身体だけでも交わっていたい。
何故、恋や愛とはこんなにも精神を不安定にさせるのだろうか。私は昔から人の心が読めた。故に、男も簡単に攻略できるものだと思い込んでいた。
何故、何故、何故。
何度も心の中で問う。何故、心の読めない唯一無二の存在であるエドワード・マクファーデンを愛してしまったのだろうと。
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