181 / 222
LII 堕落-VI
しおりを挟む「――僕は」
蚊の鳴く様な声で、彼が言葉を漏らす。
「僕は、この愛が異常でも、間違っていたとしても、貴女を離すつもりはなかった」
涙を堪えている様な、将又恐怖に震えている様な声音に、私は何も返答出来ず口を噤んだ。
「もし僕等の愛が異常なら、間違っていたなら、貴女は僕から離れましたか? ライリーさんの言葉が無かったら、貴女は僕の愛を受け入れてはくれなかったんですか?」
「――そんな、事は……」
彼の言葉に、はっきりと否定を示す事が出来ない。
この関係が間違っているのではないかと、悩んでいたのは事実だ。朝起きた時も、仕事をしている時も、街を歩いている時も、彼と身体を重ねている時でさえも、それが頭から離れた事は無かった。
しかしライリーと話す前から、私は彼との関係が改善すべき事柄だったとしても、自ら動く事が出来ないと分かっていた。動く事が出来ない理由までをも、理解していた。
故に、仮に間違っていたとしても私が彼から離れる事は無かっただろう。私の心が、不安に苛まれ続けていたとしても。
「貴女は僕を、不安の無い人間だと思っていたんですか? 貴女に対して、不安が無いと思っていたのですか?」
「……」
「実際は、不安しか無かった。恐怖しかなかった。貴女を失う事が怖くて、ただ、それだけが怖くて、貴女が僕から離れていかない様に、時に恐怖や不安でその心を縛り付けて僕に依存させようとした。僕が狂っているというのなら、貴女の事も狂わせてしまえばいいと思った。そうすれば、貴女は僕から離れていかない。そう、思っていたのですが……」
彼の言葉が、止まる。私の身体を抱く腕に力が籠り、彼が震えた息を吐いた。
「愛と、死は、表裏一体……ですか。確かに、そうかもしれませんね。僕には死を選ぶ覚悟が無かった。貴女を残して死ぬ事も、貴女を失った後1人で死ぬ事も、考えた事が無かった。あの時、貴女を路地裏で見つけた時、僕が医者で良かったと思っただけだった。貴女が消えてしまうのではないかと不安を抱いていましたが、本当に貴女が消えてしまった後の事は考えられなかった。きっと、僕に“死の覚悟”が無かったから、こんなにも僕は狂ってしまったんでしょうね」
「先生……」
「すみません、話し過ぎました。忘れてください」
随分と、無茶な頼みだ。そう思うも、今の彼を見ていたら普段の様に返答する事が出来なかった。
「――少し、このままで居ていいですか。5分で、なんとかします」
彼がぐりぐりと、顔を首元に押し付ける。その拍子に眼鏡のテンプルが首に当たり、ひやりとした感触が自身を襲った。
普段ならきっと、その冷たさから逃れる様に身を捻っていた事だろう。しかし、今はその冷たささえも逃したくはない。今此処で彼の手を払ったら、きっと彼は消えてしまう。
そんな儚さを、今の彼には感じていた。
「――だから今は、今だけは、黙って傍に居てください」
彼の、縋る様な言葉。
それに応える様に、ただそっと私を抱く彼の腕に手を添えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる