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LIII 2体の人形-II
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「赤ちゃん、見てもいい?」
彼女の返事が分かっていながらも、潜めた声で問う。
「勿論よ。良かったら、抱いてあげて」
顔を綻ばせた彼女が、両腕に抱いた赤子の顔を嬉しそうに見せてくれた。柔らかな御包みから覗く2人の赤子の眠った顔は、マクファーデンが言ったようによく出来た人形の様である。
誰もが振り返る程に、秀でた容姿を持つエルとセドリックの間に産まれた子供だ。想像通り、天使の様に美しい顔立ちをしていた。2人はきっと、容姿だけで人を黙らせられる程に美しく育つのだろう。そんな姿が、ありありと目に浮かんだ。
「泣いちゃったりしないかな」
そうぽつりと独り言の様に漏らし、エルの腕の中から赤子を1人、そっと抱き上げる。
「大丈夫よ。その子は大人しいから」
私が腕に抱いた瞬間、赤子の瞳がぱちりと開いた。母親の腕に抱かれていた筈なのに、目を覚ましたら別の女性だった、なんて事になったら流石に大人しくとも泣き出すのではないか。そんな不安が過ぎるが、彼女は私の顔をじっと見つめた後、徐に小さな手を此方に伸ばした。
「ほら、大人しいでしょう?」
「……うん。泣くかと思ったのに」
此方に伸ばされた手は、何も掴むこと無く彷徨う様に動いている。手を、握ってやるべきだろうか。それとも、何か玩具でも与えるべきだろうか。そんな事を考えているうちに飽きてしまったのか、赤子が伸ばした手を引っ込めた。
「――名前は?」
そこでふと、2人の名前を聞いていなかった事に気付いた。腕に抱いた赤子と視線を交わらせながら、エルに問う。
「貴女が抱いている子が、姉のルイ。そしてこっちが、妹のレイよ」
「可愛い名前だね」
自身の腕の中に抱いた、ルイと呼ばれた赤子をまじまじと見つめる。口元についた小さなほくろは、エルと同じものだ。そして、私をじっと見つめる双眸は、セドリックと同じローズレッド。
エルとセドリックの娘だという事がはっきりと分かる容姿に、思わず笑みが零れる。
不意に、エルの方から小さな唸り声が聞こえた。ルイから視線を外し、エルの腕に抱かれたレイに視線を向ける。どうやら、従容たる眠りから覚めてしまった様だ。その愛らしい顔は歪み、エルと同じイエローブラウンの双眸は、まるで縋る様に自身を抱く母親の顔に向けられていた。
ピリ、と赤子が泣く直前の、焦りにも似た緊張感が走る。しかしエルは一切物怖じせず、まるで泣き叫ぶ我が子ですら可愛い、とでも言う様な穏やかな表情でレイに優しく語り掛けた。
「あらあら、もうお目覚めかしら。Cute my baby《可愛い私の赤ちゃん》」
ゆらゆらとレイの身体を揺らし、額と額を触れ合わせ幸せそうにエルは微笑む。そんな母の姿を見たレイは、その険しい表情を解き嬉しそうな声を上げて笑った。
「凄い……」
思わず漏らした自身の言葉に、背後に立っていたセドリックが「流石は母親だな」と答える様に呟いた。
エルの姿を見て、ふと昔の事を思い出した。あれから5年程が経っただろうか。正確な時期は、もう覚えていない。
あの診療所で、マリアがノエルを産んだ時も今と同じ様な光景を見ていた。ノエルを抱いて微笑むマリアは、今のエルと同じ顔をしていた。
ふわりと煙が立ち上る様に、私の心の中に不安が渦巻く。
――幸せなこの笑顔は、いつか、いつの日にか壊れてしまうのではないか。
――また、私は大切な物を守れず喪ってしまうのではないか。
じわじわと広がっていく不安は止まらず、先程迄の穏やかな気持ちを侵食していく。そんな時、何かが私の横髪をくい、と引っ張った。視線を下げ、髪を引っ張った正体に目を向ける。
「……?」
私の髪を引っ張っていたのは、紛れも無く腕に抱いていたルイだった。その小さな手の何処にそんな力が隠されていたのか、引っ張る力は思っていた以上に強い。しかし痛みを感じる程では無く、まるで私を悪い思考から引きあげてくれている様だった。
今現在、ルイが何を思い私の髪を引っ張っていたか。それが読み取れる程、赤子の思いは強くない。故に、その理由は分からない。
それでも、彼女の曇りのない双眸は私をしっかりと捉えていて、私に何かを訴えている様だ、と無意識的に感じた。
「どうしたの、ルイちゃん」
なるべく穏やかに、腕の中の彼女にそう尋ねてみると、髪を掴んでいた手がぱっと離された。
「――お前の髪が揺れてたから、気になって掴んだだけじゃないのか」
ベッドに腰掛け、私を眺めていたセドリックがぽつりと言った。
「そうかも。赤ちゃんは好奇心旺盛だからね」
ルイの頬を指先で突く様に撫でると、彼女が鬱陶しそうに眉間に皺を寄せた。生まれたばかりの新生児でもこんな表情をするのかと驚きながらも、それが微笑ましくて頬を緩ませる。
今は、悪い事を考えるのはやめよう。折角この場には穏やかな空気が流れているというのに、私の不安が子供達に伝わって、まだ赤子の2人を不安な気持ちにさせてしまっても困る。
それに、私はもうマリアの様な人は出さないと、2人の事は何があっても私が守り抜くと誓った。不安になる位なら、2人に災いが訪れない様に行動すべきだ。
瞳を閉じて息を吐き、出来る限りの笑顔を浮かべ再びルイと視線を交わらせた。
彼女の返事が分かっていながらも、潜めた声で問う。
「勿論よ。良かったら、抱いてあげて」
顔を綻ばせた彼女が、両腕に抱いた赤子の顔を嬉しそうに見せてくれた。柔らかな御包みから覗く2人の赤子の眠った顔は、マクファーデンが言ったようによく出来た人形の様である。
誰もが振り返る程に、秀でた容姿を持つエルとセドリックの間に産まれた子供だ。想像通り、天使の様に美しい顔立ちをしていた。2人はきっと、容姿だけで人を黙らせられる程に美しく育つのだろう。そんな姿が、ありありと目に浮かんだ。
「泣いちゃったりしないかな」
そうぽつりと独り言の様に漏らし、エルの腕の中から赤子を1人、そっと抱き上げる。
「大丈夫よ。その子は大人しいから」
私が腕に抱いた瞬間、赤子の瞳がぱちりと開いた。母親の腕に抱かれていた筈なのに、目を覚ましたら別の女性だった、なんて事になったら流石に大人しくとも泣き出すのではないか。そんな不安が過ぎるが、彼女は私の顔をじっと見つめた後、徐に小さな手を此方に伸ばした。
「ほら、大人しいでしょう?」
「……うん。泣くかと思ったのに」
此方に伸ばされた手は、何も掴むこと無く彷徨う様に動いている。手を、握ってやるべきだろうか。それとも、何か玩具でも与えるべきだろうか。そんな事を考えているうちに飽きてしまったのか、赤子が伸ばした手を引っ込めた。
「――名前は?」
そこでふと、2人の名前を聞いていなかった事に気付いた。腕に抱いた赤子と視線を交わらせながら、エルに問う。
「貴女が抱いている子が、姉のルイ。そしてこっちが、妹のレイよ」
「可愛い名前だね」
自身の腕の中に抱いた、ルイと呼ばれた赤子をまじまじと見つめる。口元についた小さなほくろは、エルと同じものだ。そして、私をじっと見つめる双眸は、セドリックと同じローズレッド。
エルとセドリックの娘だという事がはっきりと分かる容姿に、思わず笑みが零れる。
不意に、エルの方から小さな唸り声が聞こえた。ルイから視線を外し、エルの腕に抱かれたレイに視線を向ける。どうやら、従容たる眠りから覚めてしまった様だ。その愛らしい顔は歪み、エルと同じイエローブラウンの双眸は、まるで縋る様に自身を抱く母親の顔に向けられていた。
ピリ、と赤子が泣く直前の、焦りにも似た緊張感が走る。しかしエルは一切物怖じせず、まるで泣き叫ぶ我が子ですら可愛い、とでも言う様な穏やかな表情でレイに優しく語り掛けた。
「あらあら、もうお目覚めかしら。Cute my baby《可愛い私の赤ちゃん》」
ゆらゆらとレイの身体を揺らし、額と額を触れ合わせ幸せそうにエルは微笑む。そんな母の姿を見たレイは、その険しい表情を解き嬉しそうな声を上げて笑った。
「凄い……」
思わず漏らした自身の言葉に、背後に立っていたセドリックが「流石は母親だな」と答える様に呟いた。
エルの姿を見て、ふと昔の事を思い出した。あれから5年程が経っただろうか。正確な時期は、もう覚えていない。
あの診療所で、マリアがノエルを産んだ時も今と同じ様な光景を見ていた。ノエルを抱いて微笑むマリアは、今のエルと同じ顔をしていた。
ふわりと煙が立ち上る様に、私の心の中に不安が渦巻く。
――幸せなこの笑顔は、いつか、いつの日にか壊れてしまうのではないか。
――また、私は大切な物を守れず喪ってしまうのではないか。
じわじわと広がっていく不安は止まらず、先程迄の穏やかな気持ちを侵食していく。そんな時、何かが私の横髪をくい、と引っ張った。視線を下げ、髪を引っ張った正体に目を向ける。
「……?」
私の髪を引っ張っていたのは、紛れも無く腕に抱いていたルイだった。その小さな手の何処にそんな力が隠されていたのか、引っ張る力は思っていた以上に強い。しかし痛みを感じる程では無く、まるで私を悪い思考から引きあげてくれている様だった。
今現在、ルイが何を思い私の髪を引っ張っていたか。それが読み取れる程、赤子の思いは強くない。故に、その理由は分からない。
それでも、彼女の曇りのない双眸は私をしっかりと捉えていて、私に何かを訴えている様だ、と無意識的に感じた。
「どうしたの、ルイちゃん」
なるべく穏やかに、腕の中の彼女にそう尋ねてみると、髪を掴んでいた手がぱっと離された。
「――お前の髪が揺れてたから、気になって掴んだだけじゃないのか」
ベッドに腰掛け、私を眺めていたセドリックがぽつりと言った。
「そうかも。赤ちゃんは好奇心旺盛だからね」
ルイの頬を指先で突く様に撫でると、彼女が鬱陶しそうに眉間に皺を寄せた。生まれたばかりの新生児でもこんな表情をするのかと驚きながらも、それが微笑ましくて頬を緩ませる。
今は、悪い事を考えるのはやめよう。折角この場には穏やかな空気が流れているというのに、私の不安が子供達に伝わって、まだ赤子の2人を不安な気持ちにさせてしまっても困る。
それに、私はもうマリアの様な人は出さないと、2人の事は何があっても私が守り抜くと誓った。不安になる位なら、2人に災いが訪れない様に行動すべきだ。
瞳を閉じて息を吐き、出来る限りの笑顔を浮かべ再びルイと視線を交わらせた。
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