DachuRa 3rd story -天使と讃えられたのは、悲劇に堕ちた哀れな教唆犯-

白城 由紀菜

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LVI 小さな命-I

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 ――時が経つのは、人間が想像している以上に早い。
 春になり、夏になり、そして冬が訪れる。それを繰り返しているうちに、気が付けばもう9年の月日が経過していた。
 この9年間で、変わった事は殆ど無い。マクファーデンとの仲も良好で、喧嘩や衝突も無く平穏な日々を送っている。
 診療所の二階にある私と彼の部屋には、沢山の物が増えた。主に私の趣味で揃えた物だが、窓には明るい色のカーテンを掛け、可愛いインテリアなんて物も置く様になった。
 そして危惧していたエルの母親、シャーロット・エインズワースとも、この9年間で再び接触する事は無かった。あれは一体何だったのだろうか、そう思えば思う程、幻の出来事の様に感じてくる。今やもう、彼女の顔を思い出す事もさえも出来なくなっていた。

 今日は、親友であり妹の様な存在であるエルとその子供達に会いに行く日だ。
 子供達の為に、街で美味しいと評判の店でお菓子も買った。姉のルイには、オレンジのアイシングがたっぷり掛かったボイルドオレンジケーキを、妹のレイには、ほろ苦い大人な味付けのコーヒー&ウオールナッツケーキを選んだ。
 ルイは、甘い物好きな私が驚く程の甘党で、紅茶にも山ほど砂糖とミルクを入れる。身体に悪影響を及ぼすのではないか、と心配になる程だ。それに、それだけの糖分を取っていたら太ってしまうのでは、とエルもセドリックも心配していた。しかし、ルイのスタイルは同い年の子供達よりも良い方で、見ていて惚れ惚れする程である。一体その糖分は身体の何処へ吸収されているのだろうか、と一度エルとセドリックの3人で真剣に話し合った事がある位だった。
 反対に妹のレイは、あまり甘い物を好まない。セドリックの様に苦手という訳では無い様だが、自ら進んで甘い食べ物に手を伸ばす事は無かった。それに、紅茶にも砂糖やミルクを入れているのを見た事が無い。少し渋めの紅茶が好きな様で、私が彼等の家で紅茶を淹れていると「少し濃いめに淹れて欲しい」との要望を受ける事があった。もしかすると、レイの口には紅茶よりもコーヒーの方が合うかもしれない。今回はコーヒーの味付けがされたケーキを選んでみたが、機会があればコーヒーストールにでも連れていってみよう。そして彼女の反応を見て、今後紅茶を淹れるかコーヒーを淹れるかを決めても良い気がした。

 辿り着いた家の前。ドアノッカーを4度叩くと、家の中から声が聞こえた。

「――きっとマーシャだわ。レイ、扉を開けてあげて」

 キッチンにでも立っているのだろうか。珍しく少し張った彼女の声は、相変わらず透明感があり綺麗だ。くすりと笑みを零し、扉が開くのを待つ。
 カチ、と心地よい音が耳に届き、扉が大きく開かれた。出て来たのは、予想通りレイだ。

「マーシャ!」

 レイが私を見るなり、花を咲かせた様に愛らしく顔を綻ばせた。

「マーシャ、会いたかったよぉ!」

「会いたかったって、ついこの前会ったばかりでしょ?」

 私に抱き着き、お腹にぐりぐりと顔を擦り付けるレイの頭を撫でながら諭す様に告げる。すると彼女が頬を膨らませ、「この前って、一週間も前じゃん!」と嘆いた。
 じとりと此方を見る目は、セドリックにそっくりだ。それが何よりも愛らしくて、思わず声を上げて笑ってしまった。

「笑い事じゃないよ!」

「ごめんごめん。ほら、お菓子買って来たから許して」

 “お菓子”という言葉に、テーブルに着いて読書をしていたルイがいち早く反応する。本から顔を上げ、此方に視線を向けたルイの瞳は心成しか輝いている様に見えた。

「――こら、レイ。マーシャは忙しい仕事の合間にこうして会いに来てくれているのよ。我儘言わないの」

 キッチンから顔を覗かせたエルが、レイにぴしゃりと言い放つ。その言葉に、レイがしょんぼりとした顔で「だって……」と漏らした。その姿はまるで叱られた子犬の様で、アッシュブロンドの頭に透明な垂れた犬耳が見える。

「お菓子……」

 いつの間にか席を立っていたルイが、吸い寄せられる様に此方に近付いて来た。そんな彼女にお菓子が入った紙袋を手渡す。
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