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LVI 小さな命-III
しおりを挟む「2人共、お勉強はどう? ちゃんとパパとママの言う事聞いてる?」
紅茶が淹れ終わり、4人でケーキと紅茶が並べられたテーブルを囲む。お待ちかねのティータイムだ。
ケーキを子供達2人の前に出すと、真っ先にルイが手を出した。フォークで器用にスポンジの上に掛けられたアイシングを剥がし取り、それだけを嬉しそうに食べている。そんな姿を見ていると、彼女は本当に甘い物が好きなのだと実感した。
反対のレイは、ケーキには手を付けず、砂糖もミルクも入れていない紅茶をちびちびと飲んでいる。
「ルイちゃんはまぁ、ちゃんとやってると思うけど……、レイちゃんはおてんばだからね、お勉強とかも真面目にやってないんじゃない?」
紅茶を飲みながら揶揄う様に告げると、レイがやや怒ったように「そんなことないもん!」と声を上げた。だが、否定したは良いが彼女は言い訳を用意していなかったらしい。ティーカップに口を付けたまま、もごもごと口籠っている。
そんなレイに、透かさずルイが口を挟んだ。
「レイは全く、勉強に真面目に取り組んでいないわ。この前なんて、パパが出した問題を自分で考えもせずに、私のノートの答えを丸写ししていたのよ」
「ちょ、ちょっとルイ! それ以上言わないで、ママに怒られちゃう!」
2人の会話に、エルがくすりと笑みを零す。そして、聖母の様に優しく美しい声で凍てつく様な言葉を発した。
「大丈夫よ、レイ。ママはもう既に怒っているわ」
エルはその事実を知らなかったのだろう。彼女は笑顔を浮かべているが、ピリ、と空気に緊張感が走り、地響きでも鳴り出しそうな程の怒りが沸き上がるのが分かった。
「後でパパに報告して、お説教かしら」
「なんでよぉ! ルイがバラしたんだから、お説教はルイも一緒ね!」
「屁理屈を言わないの。貴女がパパに出された問題を自力で解かなかったのが悪いのでしょう?」
微笑ましい家族の会話を眺め、1人ふふ、と笑みを零す。
私の知ってるエルは、儚く、誰かに守られるべきお姫様の様な子だ。しかし、この9年間で彼女は少しずつ変わっていった。今は、誰かに守られるだけじゃない、大切な子供達を守る母親だ。お姫様というよりも、聖母の様だと言う方が近しいかもしれない。
そういえば、ここ数年でエルの話をする男達が増えた様な気がする。中には略奪愛を狙っていた輩も居た様で、子供が出来てしまった事でもう望みは無いと嘆き悲しむ男もいた。その逆もまた然り、子供が出来た事で美しさに磨きがかかったと言って今迄以上にエルを目で追う男も増えた。
「エルちゃん、変わった事は無い?」
この9年間、遊びに来る度にそう問い続けている。
最初の頃は、彼女も私の言葉に疑問を持ち、「何か気になる事でもあるの?」と深刻そうに捉えていたが、今では軽く受け流される様になってしまった。
「もう、その質問も慣れてしまったわ。相変わらず、平和で変わりのない毎日よ」
紅茶の水面に視線を落とした彼女が、柔らかく笑う。
「退屈だと、思う事も無いとは言えない。でも、変わりのない毎日が一番の幸せなのよね」
「……うん、変化だけが幸せじゃないよ」
彼女がこの様に、含みのある言葉を零すのは珍しい。何かあったのだろうか、と彼女を見つめるが、今の彼女からは何も読み取ることが出来なかった。
――穏やかな時間は続く。
子供達2人は仲睦まじくケーキを一口ずつ交換し合い、私とエルは近況報告などをし合う。特別な事は何も無い、ただ普段通りのティータイムだ。
しかし今はそれが何よりも幸せで、この日常を壊してしまわない事だけをただ願った。
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