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LX 衝突-I
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書類室の床に蹲り、どれ程の時間が経っただろうか。頬に付いた涙痕を手の甲で乱暴に拭い、身体を起こす。
こんな事をしている場合ではない。空き部屋がどれだけあるかを確認して、生活が出来る様に掃除を始めなければ。きっと、部屋は埃まみれだ。
それに、ベッドも無ければソファも無い。もしかするとアームチェアの1つ位はあるかもしれないが、子供達やエルが眠れる様にカウチ位は運んだ方が良いだろう。何処かの部屋に、使っていないカウチがあった筈だ。ホールに置かれているソファを運ぶには流石にセドリックの手を借りないと厳しいが、2階にある物なら自力で運ぶことが出来る。
壁に手を付き、ゆっくりとその場に立ち上がった。長い事蹲って泣いていた為、体中が酷く痛む。小さく息を吐いて、薄暗い書類室を出た。
丁度、空き部屋の方へ足を向けた時。1階のホール、それも玄関の方から物音が聞こえた。それは、確かに玄関扉を開閉する音だ。
「……セディ! エルちゃん!」
きっと、セドリックが3人を連れて戻ってきたに違いない。踵を返し、彼等の名を叫びながら慌てて階段を駆け下りた。
「――……」
しかし、階段を降りる足は途中で止まる。
玄関扉の前に立って此方を見つめているのは、全身ずぶ濡れの女性。長い白髪に、何処か修道着を連想させるドレスを身に纏っている、美しい人だ。
彼女の顔を見た瞬間、あの黒の手紙が脳裏を過った。明確なものは何一つないのに、彼女こそがあの手紙の差出人であると確信する。
何故そう思ったか、と問われても勘だとしか答えられない。だが、自身の中に存在する第六感がそう告げているのだ。間違いなく、あの予言者は彼女だと。
「――お目当ての人物じゃなくてごめんなさいね」
透き通る様な声で、女性が告げた。決して大きくない、繊細な声だ。なのに、ホールに響いて反響する程の力強さを持つ不思議な声をしていた。
「貴女の幼馴染さんが、此処で休んでいけばいいって言ってくれたの。それと貴女が、タオルと着替え、温かい紅茶を用意してくれると聞いて」
「……あ、」
そこで漸く、彼女がずぶ濡れだという事を脳が理解した。出来る事なら部屋の確保を優先したいが、濡れている彼女を放っておく訳にもいかない。「少し待っていて」と告げ、階段を上り仕事部屋へと向かう。
彼女位の女性が着られるドレスなら、幾らだってあった筈だ。その中でなるべく、今彼女が着ているドレスに近い物を選んで持ってこよう。
ポケットからキーリングを取り出し、仕事部屋の扉を解錠する。そしてドアノブを捻り、体重を掛けながら重い扉を開けた。
相変わらず、私の仕事部屋の扉は重い。内側から誰かが押さえているのかと錯覚する程であり、それはもう15年以上前からのものであった。
やや埃っぽく感じる部屋の中に入り、積み上げられた服の山に近付く。それ等は全て、買い手の付いていない服だ。その山の隙間から見えている黒い布を引っ張り出すと、バサバサと音を立てて服の山が崩れ落ちた。仮にもブローカーなのだから商品管理はしっかりしろ、と昔セドリックに叱られた事を思い出しながら、引っ張り出した黒のドレスを広げる。
黒い生地に白い襟が付いたシンプルなドレス。裾と胸元にゴールドの綿糸でアラベスク模様のコード刺繍が施されたものだ。想像していた物で間違いない。これなら彼女にも似合うだろう。
これから大事が起こる――いや、もう起こっているかもしれない時に、何を呑気に似合う服を見繕っているのだろう。そんな事を思いながらも、無意識的にその人物に似合うであろうドレスを選んでしまうのは職業故のものか。
不思議な位冷静になった頭で自分自身の行動に呆れながら、ドレスを片手に仕事部屋を後にした。しっかりと部屋の扉を施錠し、彼女が待つホールへと向かう。
「……こんな物で良ければ」
そう一言告げ、彼女にドレスを手渡した。
「タオルは洗面所に積んであるからそれを使って。着替えもそこで」
「えぇ、ありがとう」
「私は、その間に紅茶いれてくるから」
彼女の顔を1度も見ること無く、早口でそう告げて踵を返した。彼女が洗面所の方へ消えていくのを気配で感じながら、キッチンの扉を押し開く。
そこではたと気付いた。私は彼女に、洗面所の場所を教えていない。何故、彼女は場所が直ぐに分かったのだろうか。
言い知れぬ気味悪さに肌が粟立つのを感じながら、手早く紅茶の支度を始めた。
こんな事をしている場合ではない。空き部屋がどれだけあるかを確認して、生活が出来る様に掃除を始めなければ。きっと、部屋は埃まみれだ。
それに、ベッドも無ければソファも無い。もしかするとアームチェアの1つ位はあるかもしれないが、子供達やエルが眠れる様にカウチ位は運んだ方が良いだろう。何処かの部屋に、使っていないカウチがあった筈だ。ホールに置かれているソファを運ぶには流石にセドリックの手を借りないと厳しいが、2階にある物なら自力で運ぶことが出来る。
壁に手を付き、ゆっくりとその場に立ち上がった。長い事蹲って泣いていた為、体中が酷く痛む。小さく息を吐いて、薄暗い書類室を出た。
丁度、空き部屋の方へ足を向けた時。1階のホール、それも玄関の方から物音が聞こえた。それは、確かに玄関扉を開閉する音だ。
「……セディ! エルちゃん!」
きっと、セドリックが3人を連れて戻ってきたに違いない。踵を返し、彼等の名を叫びながら慌てて階段を駆け下りた。
「――……」
しかし、階段を降りる足は途中で止まる。
玄関扉の前に立って此方を見つめているのは、全身ずぶ濡れの女性。長い白髪に、何処か修道着を連想させるドレスを身に纏っている、美しい人だ。
彼女の顔を見た瞬間、あの黒の手紙が脳裏を過った。明確なものは何一つないのに、彼女こそがあの手紙の差出人であると確信する。
何故そう思ったか、と問われても勘だとしか答えられない。だが、自身の中に存在する第六感がそう告げているのだ。間違いなく、あの予言者は彼女だと。
「――お目当ての人物じゃなくてごめんなさいね」
透き通る様な声で、女性が告げた。決して大きくない、繊細な声だ。なのに、ホールに響いて反響する程の力強さを持つ不思議な声をしていた。
「貴女の幼馴染さんが、此処で休んでいけばいいって言ってくれたの。それと貴女が、タオルと着替え、温かい紅茶を用意してくれると聞いて」
「……あ、」
そこで漸く、彼女がずぶ濡れだという事を脳が理解した。出来る事なら部屋の確保を優先したいが、濡れている彼女を放っておく訳にもいかない。「少し待っていて」と告げ、階段を上り仕事部屋へと向かう。
彼女位の女性が着られるドレスなら、幾らだってあった筈だ。その中でなるべく、今彼女が着ているドレスに近い物を選んで持ってこよう。
ポケットからキーリングを取り出し、仕事部屋の扉を解錠する。そしてドアノブを捻り、体重を掛けながら重い扉を開けた。
相変わらず、私の仕事部屋の扉は重い。内側から誰かが押さえているのかと錯覚する程であり、それはもう15年以上前からのものであった。
やや埃っぽく感じる部屋の中に入り、積み上げられた服の山に近付く。それ等は全て、買い手の付いていない服だ。その山の隙間から見えている黒い布を引っ張り出すと、バサバサと音を立てて服の山が崩れ落ちた。仮にもブローカーなのだから商品管理はしっかりしろ、と昔セドリックに叱られた事を思い出しながら、引っ張り出した黒のドレスを広げる。
黒い生地に白い襟が付いたシンプルなドレス。裾と胸元にゴールドの綿糸でアラベスク模様のコード刺繍が施されたものだ。想像していた物で間違いない。これなら彼女にも似合うだろう。
これから大事が起こる――いや、もう起こっているかもしれない時に、何を呑気に似合う服を見繕っているのだろう。そんな事を思いながらも、無意識的にその人物に似合うであろうドレスを選んでしまうのは職業故のものか。
不思議な位冷静になった頭で自分自身の行動に呆れながら、ドレスを片手に仕事部屋を後にした。しっかりと部屋の扉を施錠し、彼女が待つホールへと向かう。
「……こんな物で良ければ」
そう一言告げ、彼女にドレスを手渡した。
「タオルは洗面所に積んであるからそれを使って。着替えもそこで」
「えぇ、ありがとう」
「私は、その間に紅茶いれてくるから」
彼女の顔を1度も見ること無く、早口でそう告げて踵を返した。彼女が洗面所の方へ消えていくのを気配で感じながら、キッチンの扉を押し開く。
そこではたと気付いた。私は彼女に、洗面所の場所を教えていない。何故、彼女は場所が直ぐに分かったのだろうか。
言い知れぬ気味悪さに肌が粟立つのを感じながら、手早く紅茶の支度を始めた。
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