210 / 222
LXI 真実-II
しおりを挟む
「あの後、どうなったの?」
ソファに座るや否や、身を乗り出して彼に問う。彼を見ていれば、ある程度の察しというものは付く。故に、彼が自ら話始める迄黙っているべきだったのかもしれない。だが、それでも私はこの時間までずっと彼等の身を案じていたのだ。真実が知りたい、と思うのは間違った感情では無いだろう。
しかし彼は、私からそう問われる事を分かっていた様で、眉1つ動かす事は無かった。
「――エルが買い出しに出ていた数十分の間に、娘2人が何者かに連れ去られた様だ」
淡々とした、彼の言葉。彼は俯いていて、視線が交わる事は無い。
彼の中にあるのは迷い、悲しみ、葛藤、焦燥感、自己嫌悪、怒り、そして僅かな安堵感。その安堵が何によるものなのかは分からなかったが、私が感じた安堵と同じものの様な気がしていた。
「確証は無いが、恐らく2人はスタインフェルド家に居る」
「……スタインフェルド家?」
口の中で、その名前を繰り返し呟く。そして記憶を巡らす事数秒後、ある記憶とその名が一致した。
その家は間違いなく、私の友人であるマリア・ウィルソンが取引した家だ。もう15年以上も前の事になるが、その両者の仲介を、セドリックが行った。
一体何故、そんな昔の取引相手が今更彼の家族に干渉するのだろうか。理解が追い付かず、両手で頭を抱える。
「この前此処に来た男、覚えてるか。客室でカップを割って、暴れた男だ」
「……うん、覚えてる。あの男が今回の事に関わって――」
そこまで言って、やっと気付く。あの男が、スタインフェルド家の人間――それも取引を行った張本人なのではないか。
「まさか、あの男が……」
「あぁ、そうだ。あの男が契約者であるラルフ・スタインフェルド。何らかの方法で娘2人を誘拐したんじゃないかって思ってる」
「待って、待って。って事は、精神異常者の……養女って……」
「お前も知ってるだろ。マリア・ウィルソンの娘、ノエル・スタインフェルドだ」
鈍器で頭を殴られた様な。そんな衝撃が、自身を襲う。
ノエルが精神異常者? そんな訳が無い。確かに彼女は物静かで表情豊かな子では無かったが、それでも怖がりで、心配症で、常に母親――マリアの事を気に掛けていた。絵本を読んでやると凄く喜んで、絵を描く事も好きだった。紙とコンテを渡した時、彼女がまだ拙い絵で一生懸命私とマリアの絵を描いてくれた事を今でも覚えている。
そんな彼女が、精神異常者。
有り得ない。理解が出来ない。納得も出来ない。きっと、周りの環境がそうさせたに決まっている。周りの環境が、スタインフェルド家の人間が、ノエルを変えてしまったに決まっている。きっとそうだ。そうじゃなければおかしい、説明が付かない。私が見ていたノエルはまだたったの3つだったが、それでも彼女に精神異常は無かった。見つからなかった。心の中だって純粋で、無垢で、穢れが無かった。透き通った子だった。
「わ、分からない。分からないの。なんで、なんで? なんでノエルちゃんが精神異常者なの? あの子は何をしたの? 何処が精神異常だったの?」
「……昔、スタインフェルド家の嫡男、キース・スタインフェルドが此処を訪ねてきたことがあった。その時彼は俺に、『君の娘は鏡に向かって話しかけたりするか?』と言って来た。はっきりとは言わなかったが、養女――ノエルはそんな不可思議な行動をとっていた様だ」
「……鏡に? そんな、ただの見間違いじゃ……」
「本人も、確かそう言っていたよ。見間違いかもしれない、って。でも、精神異常は強ち間違っていなかったのかもしれない」
「……どういう事?」
心臓が早鐘を打ち、視界がぐらぐらと揺れ、歪みだす。彼の言葉にそう問うておきながら、彼のその先の言葉が読めてしまった。
違う。これはただの、憶測だ。決して彼の心を読んだ訳では無い。そうであったのかもしれない、という推測でしかない。
そう自身に言い聞かせるが、残酷にも彼はその先の言葉を包み隠さず告げた。
ソファに座るや否や、身を乗り出して彼に問う。彼を見ていれば、ある程度の察しというものは付く。故に、彼が自ら話始める迄黙っているべきだったのかもしれない。だが、それでも私はこの時間までずっと彼等の身を案じていたのだ。真実が知りたい、と思うのは間違った感情では無いだろう。
しかし彼は、私からそう問われる事を分かっていた様で、眉1つ動かす事は無かった。
「――エルが買い出しに出ていた数十分の間に、娘2人が何者かに連れ去られた様だ」
淡々とした、彼の言葉。彼は俯いていて、視線が交わる事は無い。
彼の中にあるのは迷い、悲しみ、葛藤、焦燥感、自己嫌悪、怒り、そして僅かな安堵感。その安堵が何によるものなのかは分からなかったが、私が感じた安堵と同じものの様な気がしていた。
「確証は無いが、恐らく2人はスタインフェルド家に居る」
「……スタインフェルド家?」
口の中で、その名前を繰り返し呟く。そして記憶を巡らす事数秒後、ある記憶とその名が一致した。
その家は間違いなく、私の友人であるマリア・ウィルソンが取引した家だ。もう15年以上も前の事になるが、その両者の仲介を、セドリックが行った。
一体何故、そんな昔の取引相手が今更彼の家族に干渉するのだろうか。理解が追い付かず、両手で頭を抱える。
「この前此処に来た男、覚えてるか。客室でカップを割って、暴れた男だ」
「……うん、覚えてる。あの男が今回の事に関わって――」
そこまで言って、やっと気付く。あの男が、スタインフェルド家の人間――それも取引を行った張本人なのではないか。
「まさか、あの男が……」
「あぁ、そうだ。あの男が契約者であるラルフ・スタインフェルド。何らかの方法で娘2人を誘拐したんじゃないかって思ってる」
「待って、待って。って事は、精神異常者の……養女って……」
「お前も知ってるだろ。マリア・ウィルソンの娘、ノエル・スタインフェルドだ」
鈍器で頭を殴られた様な。そんな衝撃が、自身を襲う。
ノエルが精神異常者? そんな訳が無い。確かに彼女は物静かで表情豊かな子では無かったが、それでも怖がりで、心配症で、常に母親――マリアの事を気に掛けていた。絵本を読んでやると凄く喜んで、絵を描く事も好きだった。紙とコンテを渡した時、彼女がまだ拙い絵で一生懸命私とマリアの絵を描いてくれた事を今でも覚えている。
そんな彼女が、精神異常者。
有り得ない。理解が出来ない。納得も出来ない。きっと、周りの環境がそうさせたに決まっている。周りの環境が、スタインフェルド家の人間が、ノエルを変えてしまったに決まっている。きっとそうだ。そうじゃなければおかしい、説明が付かない。私が見ていたノエルはまだたったの3つだったが、それでも彼女に精神異常は無かった。見つからなかった。心の中だって純粋で、無垢で、穢れが無かった。透き通った子だった。
「わ、分からない。分からないの。なんで、なんで? なんでノエルちゃんが精神異常者なの? あの子は何をしたの? 何処が精神異常だったの?」
「……昔、スタインフェルド家の嫡男、キース・スタインフェルドが此処を訪ねてきたことがあった。その時彼は俺に、『君の娘は鏡に向かって話しかけたりするか?』と言って来た。はっきりとは言わなかったが、養女――ノエルはそんな不可思議な行動をとっていた様だ」
「……鏡に? そんな、ただの見間違いじゃ……」
「本人も、確かそう言っていたよ。見間違いかもしれない、って。でも、精神異常は強ち間違っていなかったのかもしれない」
「……どういう事?」
心臓が早鐘を打ち、視界がぐらぐらと揺れ、歪みだす。彼の言葉にそう問うておきながら、彼のその先の言葉が読めてしまった。
違う。これはただの、憶測だ。決して彼の心を読んだ訳では無い。そうであったのかもしれない、という推測でしかない。
そう自身に言い聞かせるが、残酷にも彼はその先の言葉を包み隠さず告げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる