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LXI 真実-III
しおりを挟む「ノエルが、嫡男であるキースを刺し殺して逃げているらしい」
――呼吸が、止まる。
人を刺し、逃げた? 誰が? ノエルが?
そんな筈無い。ノエルはそんな事をする子では無い。きっと何かの間違いだ。
そう、叫びたかった。小さな子供が癇癪を起こす様に、泣き喚いて「そんなわけない」「間違っている」と、そう言いたかった。
だが、そんな事は出来ない。
守るべきものは何だ? 救うべきものは何だ? どれだけ悲しかろうと、苦しかろうと、今私が守るべきものは、救うべきものはノエルじゃない。セドリックとエルの、娘2人だ。
マリアは居ない。もう、この世に居ない。ノエルまで失いたくないという気持ちは大きいが、それよりも私は、セドリックとエル、そして娘達の4人を守り抜くと誓ったのだ。私は誓いを守れなかった。しかし、守れなかったと嘆き悲しむ訳にはいかない。守れなかったのなら、今度は救い出さなければならない。
「あの男が言った“責任”は、きっと息子を殺した女を寄越した俺への言葉だったんだろう。娘2人を誘拐して何をするつもりかは分からないが、子を失う苦しみを俺にも味わわせたかったんだろうな」
「……そう、だとしても、それをセディに言うのはおかしいでしょ! だって、契約書にサインもしてるんだよ!? もう15年も経ってるんだよ!? セディは無関係じゃん!」
「サイン、してないんだ」
「……は?」
彼の言葉に、思考が止まる。
サインをしていない? そんな事は有り得ない筈だ。サインが無ければ、契約終了にならない。彼はこう見えて仕事は慎重だ。そんな初歩的なミスを犯したりなどしないだろう。
「マリア・ウィルソンが持ってきた最後の書類――取引完了確認書には、契約者であるラルフ・スタインフェルドの名前が無かった。代わりにあったのは、令室のローズ・スタインフェルドの署名のみ。あの書類をマリア・ウィルソンから貰った時、丁度エルを屋敷から連れ去った時と被ってたんだ。エルの事で頭が埋め尽くされていて、俺はスタインフェルド家に、ラルフ・スタインフェルドにサインを貰いに行くのを忘れてしまった」
「そんな……、そんなの……!」
――そんなの、マリアのミスじゃないか。
亡くなった人を、大切な友人を、悪く言いたくはない。それでも、少なくてもセドリックのミスでは無いだろう。
頭を抱える手が震える。
おかしい。こんなの間違っている。全てが狂っている。
幾ら自身の息子を殺されたからといって、その責任をセドリックに押し付けるなんて。罪の無い子供まで巻き込むだなんて。抑々、ノエルが無意味に人を刺す筈がない。嫡男であるキースが、ノエルに何かをしたのではないか。家庭内暴力など、決して珍しい事では無い。
刺される様な事をしたのは、キース・スタインフェルドの方ではないのか。
頭が痛い。何も考えたくない。あの男は彼等の娘2人を攫って、殺すつもりなのだろうか。
「……早く、助けに行かないと。2人が危ない。明日にでも私が、スタインフェルド家に忍び込んで2人に接触出来れば……」
「駄目だ」
「なっ……なんで……! このままじゃ、2人は殺されちゃうかもしれないんだよ!?」
彼が顔を歪め、両手で顔を覆った。
「……メイベル・バルフォアを、知っているか」
「!」
彼の口から、あの女の名前が出た事に少なからず動揺する。しかし、あの女は確かに“少しだけセドリックと話した”と言っていた。彼があの女の事を知っているのは当然だろう。なにも不思議な事は無い。
それに、此処で彼女の名を出すという事は、彼も何かしらの予言を受けたのだろう。彼の言葉に「知ってる」と一言だけ返し、続きを話すよう促した。
「あの女曰く、今の所人の死は見えていないらしい」
「……じゃあ、2人は」
「殺される事は、無いんだと思う。今は、な」
「今は、って、何……。それが覆る可能性もあるって事?」
顔を手で覆ったまま、彼が苦しげな、今にも消えてしまいそうな声で「わからない」と一言漏らした。
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