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LXIII 変化したもの-I
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ローズ・スタインフェルドと接触した話は、その日のうちにセドリックに伝えに行った。
しかしセドリックはそれに対して何も言う事は無く、ただ「そうか」と相槌を打つだけだった。絶望に打ちひしがれるセドリックからは、何も伝わってくるものは無い。ただそこにあるのは、深い後悔だけだった。
それから、約1ヵ月程だろうか。一通の手紙だけを残してブローカー業を辞めてしまったセドリックの代わりに、私は彼の依頼者の処理に追われた。一部の依頼者には、子供の取引はもう行っていないと何度伝えても分かって貰えず、非常に苦労したものだ。セドリックを求めて訪ねてくる依頼者は誰もが闇を抱えていて、こんな大変な仕事を彼1人で行っていたのかと感心する程だった。そしてその処理に疲れてしまった私は、17歳の頃に彼と2人で買ったこの屋敷を早々に売却してしまった。
売却を決めた理由は、処理に疲れただけでは勿論無い。ライリーから聞いた話だが、セドリックとエルはライリーの友人――セシリアが勤める教会に引っ越すらしい。2人は聖職者として働く事になるそうだ。そしてライリーから、「2人が心配だからあんたも一緒に働いてやってくれ」と懇願され、屋敷はもう私達に必要ないと判断し売却に至った。
「疲れた、疲れたよ先生」
「……それは散髪に対してですか?」
屋敷の売却が無事終わり、セドリックとエルの娘達が戻って来ていない事以外全てが片付いた14時。私は診療所の定位置で、身体に白い布を巻き付けて座っていた。
背後からは、ジャキジャキと大胆に髪を鋏でカットする音が聞こえてくる。その音に若干の恐怖心を抱きながらも、私は遠目に見える小窓の外を見つめていた。
「なんか、この1ヵ月色々大変だったなって。今になって疲れが出てきたというか」
「疲労は後から来ますからね」
「歳取ったんだなって実感する」
他愛のない会話をしながら、はらりと膝の上に落ちて来たブロンドの髪を床に払った。
断髪を決めた事に、特別な理由は無い。ただ純粋に、マクファーデンと出逢った当時よりも大分髪が伸びて邪魔であり、髪を結うのが下手なだけに教会で働く様になったら毎日苦労すると思った為。それだけだ。
本来であれば理髪店へ行くべきなのだろうが、マクファーデンが「僕が切りますよ」と申し出た為に、思い切って彼に任せてみる事にした。しかし、マクファーデンの腕を信頼していない訳では無いのだが、女性の髪を切るのは初めてだという彼の言葉に一抹の不安を抱く。
それでも、何処か他人事の様に捉えている自分が居た。それはこの1ヶ月の疲労から来るものなのか、それとも歳を重ねた事により自身の外見に無頓着になってしまったからなのかは分からない。ただ、失敗したらしたでその時はその時だ、なんて楽観的に考えていた。
はらりと、背後で切った髪が床に落ちる音がする。
今回の一件に関して、マクファーデンは沈黙を貫いていた。自身が口出しをして良い問題では無い、と言って、話は聞いてくれるものの意見を出してくれる事は無かった。
彼等の娘2人を連れ戻した方がいいのか、私にできる事はないのか、私の所為でこうなってしまったのではないか。毎日同じ様な話ばかりする私に、彼は何も言う事は無かった。だが、同じ話ばかりする私を咎める事も無かった。
「週に1度、って約束にはなっているけど、私にシスターなんて出来るのかな」
「職業はシスターになるんですか?」
「うぅん、それが良く分からないんだよね。聖職者って事は確かなんだけど、シスターになるとは言われていない……かも」
「曖昧ですね」
「曖昧なんだよ、全てが」
エルやセドリックは教会の一室で暮らし、毎日孤児院の子供達の世話をする。しかし私は、あくまでこの診療所の二階を住処とし、この診療所から教会へと通う。そしてそれは毎日では無く、週に1度だけだ。言わばお手伝いの様なものである。そんな私がシスターを名乗って良いものか、と頭を悩ませるばかりだった。
「終わりましたよ」
背後から彼の声が聞こえ、思考が遮断される。
彼の手によって体に巻いていた白い布が外され、事前に用意していた手鏡を渡された。まるで理髪店の様な待遇だ。手鏡を覗き込み、顔を左右に振り髪の長さを確認する。
「うん、いい感じだね」
一件、然程長さは変わっていない様にも見える。しかし、顔の横でふわふわと揺れるブロンドが、髪が短くなった事を表していた。
しかしセドリックはそれに対して何も言う事は無く、ただ「そうか」と相槌を打つだけだった。絶望に打ちひしがれるセドリックからは、何も伝わってくるものは無い。ただそこにあるのは、深い後悔だけだった。
それから、約1ヵ月程だろうか。一通の手紙だけを残してブローカー業を辞めてしまったセドリックの代わりに、私は彼の依頼者の処理に追われた。一部の依頼者には、子供の取引はもう行っていないと何度伝えても分かって貰えず、非常に苦労したものだ。セドリックを求めて訪ねてくる依頼者は誰もが闇を抱えていて、こんな大変な仕事を彼1人で行っていたのかと感心する程だった。そしてその処理に疲れてしまった私は、17歳の頃に彼と2人で買ったこの屋敷を早々に売却してしまった。
売却を決めた理由は、処理に疲れただけでは勿論無い。ライリーから聞いた話だが、セドリックとエルはライリーの友人――セシリアが勤める教会に引っ越すらしい。2人は聖職者として働く事になるそうだ。そしてライリーから、「2人が心配だからあんたも一緒に働いてやってくれ」と懇願され、屋敷はもう私達に必要ないと判断し売却に至った。
「疲れた、疲れたよ先生」
「……それは散髪に対してですか?」
屋敷の売却が無事終わり、セドリックとエルの娘達が戻って来ていない事以外全てが片付いた14時。私は診療所の定位置で、身体に白い布を巻き付けて座っていた。
背後からは、ジャキジャキと大胆に髪を鋏でカットする音が聞こえてくる。その音に若干の恐怖心を抱きながらも、私は遠目に見える小窓の外を見つめていた。
「なんか、この1ヵ月色々大変だったなって。今になって疲れが出てきたというか」
「疲労は後から来ますからね」
「歳取ったんだなって実感する」
他愛のない会話をしながら、はらりと膝の上に落ちて来たブロンドの髪を床に払った。
断髪を決めた事に、特別な理由は無い。ただ純粋に、マクファーデンと出逢った当時よりも大分髪が伸びて邪魔であり、髪を結うのが下手なだけに教会で働く様になったら毎日苦労すると思った為。それだけだ。
本来であれば理髪店へ行くべきなのだろうが、マクファーデンが「僕が切りますよ」と申し出た為に、思い切って彼に任せてみる事にした。しかし、マクファーデンの腕を信頼していない訳では無いのだが、女性の髪を切るのは初めてだという彼の言葉に一抹の不安を抱く。
それでも、何処か他人事の様に捉えている自分が居た。それはこの1ヶ月の疲労から来るものなのか、それとも歳を重ねた事により自身の外見に無頓着になってしまったからなのかは分からない。ただ、失敗したらしたでその時はその時だ、なんて楽観的に考えていた。
はらりと、背後で切った髪が床に落ちる音がする。
今回の一件に関して、マクファーデンは沈黙を貫いていた。自身が口出しをして良い問題では無い、と言って、話は聞いてくれるものの意見を出してくれる事は無かった。
彼等の娘2人を連れ戻した方がいいのか、私にできる事はないのか、私の所為でこうなってしまったのではないか。毎日同じ様な話ばかりする私に、彼は何も言う事は無かった。だが、同じ話ばかりする私を咎める事も無かった。
「週に1度、って約束にはなっているけど、私にシスターなんて出来るのかな」
「職業はシスターになるんですか?」
「うぅん、それが良く分からないんだよね。聖職者って事は確かなんだけど、シスターになるとは言われていない……かも」
「曖昧ですね」
「曖昧なんだよ、全てが」
エルやセドリックは教会の一室で暮らし、毎日孤児院の子供達の世話をする。しかし私は、あくまでこの診療所の二階を住処とし、この診療所から教会へと通う。そしてそれは毎日では無く、週に1度だけだ。言わばお手伝いの様なものである。そんな私がシスターを名乗って良いものか、と頭を悩ませるばかりだった。
「終わりましたよ」
背後から彼の声が聞こえ、思考が遮断される。
彼の手によって体に巻いていた白い布が外され、事前に用意していた手鏡を渡された。まるで理髪店の様な待遇だ。手鏡を覗き込み、顔を左右に振り髪の長さを確認する。
「うん、いい感じだね」
一件、然程長さは変わっていない様にも見える。しかし、顔の横でふわふわと揺れるブロンドが、髪が短くなった事を表していた。
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